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あなたの好きな歌

「最近好きな曲、一緒に聞く?」

パートナーがそう声をかけてくれた時、わたしは必ず頷きます。
あなたの心に流れる歌がどんな言葉で出来ているのか、どんなリズムで音を作るのかを知りたい。
紐が繋がったままのイヤホンを分け合い、不器用に相手との距離を保つ必要が無くなってしまった今でも、この気持ちは変わりません。

【鏡が全部割れたなら 作り笑いはできないし ここで息ができないなら 火星にでも引っ越そうか】

差し出されたワイヤレスイヤホンを装着した右耳から、優しい音楽が聞こえてきました。
「歌詞が特にすごく好きなんだ」
と彼が言った意味が、すぐに分かりました。

調べてみると、Helsinki Lambda Clubさんの『引っ越し』という楽曲のようでした。


その歌は私が愛のことを想像すらできなかった頃から、彼が手渡し続けてくれているそれらにとても似ていました。

【ハンカチを持たないなら 流した涙はそのままで ここで息ができないなら 海の底へ引っ越そうか】


「引っ越そうかって、良いなと思ったんだ。愛ってそういうものだと思うから」
夕飯に使った食器を洗い終え、洗い立ての布巾で手を拭きながらそう話す彼に、私はただうんうんと頷くのでした。

君が好きなものを隠す必要は無い。
人と同じである必要も無いし、名前も分類も無くて良い。
知っていて欲しいなら、その秘密、僕が持ち続けよう。
その大切そうな荷物も、重すぎるなら少しずつ捨てたって良い。
なに、この場所が生きにくいなら別の所へ一緒に行こう。
ほかの星に引っ越したって良い。


そう示し続けてくれる聡明なパートナーに、私は何を贈れるだろう。
私はどんな愛を語れるだろう。
あなたの為なら、居場所にだって、火星に向かう宇宙船にだってなってみせるさ。
夏の入り口に立ち、そんな事を思ったのでした。


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