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【読書感想】山崎ナオコーラ『リボンの男』

図書館にて借りてきた本。

妹子(あだ名、苗字が小野だから)、妻のみどり、息子のタロウ。妹子はタロウの誕生をきっかけに新古書店のアルバイトを辞めて、主夫をしている。一家の大黒柱はみどりだ。妹子の視点を軸に、家庭での役割、社会との接続といったことが描かれる。人間同士の関係性や生き方は人の数だけある。それをこの小説は示してくれる。

本作の登場人物は限りなく少ない。読者は読み進めるうちに、これが彼らの生きている世界なのだと少しずつ理解していく。歩いたことのない川沿いの道を、夕暮れを、道端に咲いている花々を見たことがあるような気がしてくる。うっかり自分の記憶のように錯覚してしまう。色々と思い出すこともあった。

自分が社会のなかで役に立っているか実感できないとき、多数派に属することができていないとき、自分だけが置いていかれたような気持ちになる。私は色々あって、大学を卒業して少しの間、アルバイトをしていた。逃げるように実家は出てしまっていたから、1Kのアパートで生きていくしかなかった。

これはその頃の思い出。

友人たちは皆、ちゃんと就職をして立派な社会人になっていった。自分だけがいまだにアルバイトで、仕事のことで話せることもなくて、正社員になれなかったことがコンプレックスだった。だから妹子のことは理解できる。

ただ、ことあるごとに「自分のやっていることは時給に換算するといくらなんだろう?」と考えてしまう妹子が目の前にいたら、あなたは立派にやっているよ、などと言ってしまいそうになる。客観的にその人を見るのと本人が感じている焦りや不安、孤独は一致しない。

生活費を頼って生きているヒモではなく、リボンの男になる。タイトルの意味がわかったとき、思わず「おお〜」と声が出た。「自分はこうなる」と決めるのは、自分の価値の気づくのは、自分自身にしかできないのだ。

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