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あなたはイケメン

スーツ姿の息子がこの世の終わりと言わんばかりの絶望的な表情でやってきた。
私は車内からそれを見守って、ああ、失敗したのか……。と、鞄の中から財布を取り出した。

「なんなんだよあの機械! オレっていつもこんな腑抜けた顔してるって言うの!?」

助手席に乗り込んだ途端、息子は納得できない心情を吐き出し、悔しそうに顔を歪めた。
あの機械とは、証明写真を撮影する機械のことだ。
今日中に証明写真とそのデータが欲しいと、最寄りの書店にある証明写真の暖簾をくぐった息子は、数分後には絶望的なオーラを纏い暖簾から出てきたのだった。

息子が手にした写真を見ると、確かにこの映りは私の息子ではなかった。

「本番に弱いタイプなの?」

「あの機械、取り直しが三回しかできないんだよ! 三回ともオレじゃなかったんだ! オレってこんなにも変な顔してたっけ!?」

息子はこんなはずじゃないと、憤りを押さえられないようだ。

「こんな顔はしてないよ。私に似てもっとイケメンなはず。これは寝起きのやつだわ。もう一回挑戦してきたら?」

私は財布から千円2枚を取り出し、息子に差し出した。しかし息子は受け取らない。

「またあの機械で撮ったところでこれと同じのが増えるだけだよ! あの機械はクソだ! そんなムダ金使うぐらいなら写真館でプロに撮ってもらいたいよ!」

とはいっても、辺りは暗く市内にある全ての写真館はシャッターを下ろしている。

夜中に高熱を出した小さな子供を背おって医者の家の玄関をバンバンと叩き、
「先生、どうか、どうかこの子を観てやってください!」
と泣きながら親が頭を下げる、昔の時代劇にありがちなあのヒトコマ。そんな感じで二十歳の息子を連れていき、写真館のシャッターを激しく叩きながら、
「どうか、どうかこの子の証明写真をイケメンに撮ってやってください! どうしても今日中に必要なんです!」
だなんて非常識なことは頼めない。

「とっくに閉店時間過ぎてるよ」

「じゃあこんなブサイクな写真使えっていうの? それだけはいやだ!」

「それはネタに取っといて、もう一度本来のイケメン顔を撮ってこればいいんだよ。ベストショットが撮れるまでやればいい」

「いやだ! あの機械にムダ金はこれ以上使いたくないんだよ!」

じゃあどうしろっていうの……。
そもそも取りかかりが遅すぎたのだ。もっと早い時点で分かっていれば、散髪して写真館の予約も取れたのに、今日の今日ともなると、そこら辺にポツンとある無人の証明写真の暖簾をくぐるしか方法はないじゃないか。

「じゃあ私が写真を撮ってあげるから、パソコンにデータ取り込んでみたらどう?」

「それじゃ青い背景はどうする? あの特殊な青をどうやって作る? ……無理だ。明日学校の近くの写真館へ行くか!? 都会なら写真館もそこら中にあるんじゃないか!?」

「でも明日までにないとダメなんだよね? ってことは今日中にどうしても必要なんでしょ? 明日写真館で撮る時間がなかったら? それはリスクが高いって。やっぱベストショットが撮れるまであの暖簾をくぐるしかないんだよ!」

私たちは『証明写真』とデカデカと書かれた小さな箱状のセルフ写真館を車内から恨めしく見つめた。
すでに別の母娘がそれの暖簾をくぐり、母親が暖簾の外で待機しているようだった。
辺りは暗く、書店の駐車場の隅に設置してある信用出来ない機械は、暖簾の内側から怪しげな光を発していた。

「もっかい挑戦する?」

「いやだ!」

途方に暮れた私は、市外も含めた写真館をスマホで検索し始めて、ふと閃いた。
このご時世、証明写真のアプリがもしかしたら無料であるかもしれない。

検索する。ヒットした!!

「あった! これすごい、履歴書もパスポートもなんでも行けるやつ! あの箱より優秀かも!」

私はそのアプリをインストールした。
息子は証明写真恐怖症になってしまったのか、全然乗り気ではないようで、そんなの背景の青が中途半端になるでしょ。信用ならない。と、悲観的だ。
私は構わず暗い車内で息子を試し撮りした。
背景もちゃんとした青がある。これを自宅の明るい場所で白をバックにライトを照らして撮ったらば、本来のイケメン息子が出来上がるんじゃなかろうか。

「……意外といけるかもしれない」

息子は、一筋の光が差し込んだかのように、絶望顔を微妙に明るくさせた。

自宅の白の扉の前で、上だけスーツ、下のスラックスは脱ぎ捨てていた息子は股引姿だった。私はそんな滑稽な姿の息子にスマホを向ける。白色のライトは娘が担当した。

「あなたはイケメン! あなたは最高! 口角上げて、楽しいことを考えて!」

心の状態が写真にも出ると思うから、私はプロのカメラマンのように息子の硬い表情を本来の息子の最高状態へと導いた。シャッターを切る。

「あらイケメン! これがあなたの実力だよ!」

「うわっ! まじイケメン! オレってこんなイケメン?」

「イケメンだよ。これが本来のあなた。そしてこれを映した私の腕に感謝してね」

「良かった~。ありがとう!!」

証明写真のデータはこれで無事に手に入れられた。
私が息子ぐらいの歳の時代では、ベストショットが撮れるまで信用出来ない機械と向き合うしかなかった。そこそこに撮れたなら妥協し、あとは泣き寝入りだ。
今の時代は素晴らしい。
このハイテクな時代に感謝だ。

 


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