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【読書日記46】『羊飼いの暮らし』

以前、友人が
すぐ近くに山がないのって
関東と尾張くらいなんだよね
と話していました。
確かに、関東は関東平野が広がっていますし
私が暮らす尾張には濃尾平野があります。

言われるまで
ほとんど意識したことはありませんでしたが、
たとえば、山を背にする新神戸駅とか
新幹線で広島あたりを走ってるときとか
生活のすぐ背に山のある土地が
日本には多いことに気づきます。

そして、濃尾平野で育った私は
すぐ近くに山があることのもたらす感覚を
持たない
のです。
そう考えると
生活圏に山がある/ないというのは
意識しないほど小さなものではあるものの
きっとそこに暮らす人の価値観に
何らかの「異なり」を齎しているのだろう
と。
そんな気付きを与えてくれたのが
こちらの本です。

■『羊飼いの暮らし』について

□ジェイムズ・リーバンクス著
□濱野大道訳
□ハヤカワ・ノンフィクション文庫
□2018年7月
□920円+tax

本書は、
「600年以上つづく羊飼いの家系に生まれ、
オックスフォード大学に学んだ著者が、
一家の歴史をたどりながら、
厳しくも豊かな農場の伝統的な生活、
そして湖水地方の真実を」
綴ったものです。

・ ・ ・

羊飼いと聞いて、すぐに思いついたのが
『アルプスの少女ハイジ』の
ペーターだったあたり
想像力の貧相さを遺憾なく露呈していますが
(しかも、ペーターはヤギ使い)。
そんな貧弱な想像力しか持たない私にも
本書は力強く、また、ありありと
羊飼いの暮らしにある過酷さや幸せを
伝えてくれます。

それは、「動物を飼う」とか
「命を預かる」とか
そんな生易しいものではありません。
タイトルにある通り、
「羊飼いの暮らし」としか表現できない
豊饒さと厳しさを兼ね備えたものなのです。

■観光することの本質

本書は初めに
筆者が感じた訪問者への違和感を語ります。

筆者が暮らす湖水地方は
ロマン派詩人ウィリアム・ワーズワースによって
「発見」されました。

「発見」?

ずっと昔から
自分たちはここで暮らしてきたのに?
歴史と文化を連綿と次世代へと繋ぎ
同じ仕事を続けてきたのに?

自分たちにとっては
現実以外ナニモノでもないこの場所が
訪問者たちにとっては
「現実から逃避するための場所」であることに
筆者は戸惑います。

これって、
「観光」の本質を突いていますよね。
「都会/田舎」という二項対立があるとして
都会に暮らす者が田舎へ憧憬を持つ。
ここまではいいとしても
その憧憬やイメージを「田舎」に押し付け
その枠内だけで理解しようとする。
それって、
ある種の暴力性をも含み持つのではないかと
思ったりするのです。

自分たちにとって
「非日常」の場所であっても
そこに暮らす人にとっては
「日常」であることに思いを致す想像力。

実際にその土地に生きる人々を見、
理解し、尊敬することこそが
彼らの文化や生き方を評価し、
維持することにつながる。

このことを忘れてはいけないと思うのです。
また、自分たちの持つ風景を
観光地化するにあたっても
この視点を失えば
それは失敗する未来しかないのだろうと
そんなことを強く思うのです。

■歴史の一部であることの充実感

本書では、筆者自身が
湖水地方の歴史の一部であることの
充実感や大きな誇りが繰り返し語られます。

・この土地の真の歴史は名もない人間の
歴史であるべきなのだから。

・牧畜を営む多くの家族には
このような物語―いまの状況に至るまでの
自分たちだけの神話―が存在する。

羊飼いの仕事を通じて
祖父、父、自分、息子と
歴史や文化が繋がっていくことを
日常的に刻み付けられ続けるということ。

翻ってみると
街で生まれ育った私の中にも
そういったモノがあるはずなんですよね。
核家族化し、分断されたなかで生きてると
なかなか見えないし気づきもしないけれど、
それは確実にある。

でね、思ったんです。

ほかでもない「私自身」が
今ここで生きていることそのものが
脈々としたもののなかに在ることの
いちばんの証左なんじゃないかって。

筆者のように、歴代続く仕事とか
一族郎党での生活とか
少なくとも私には
それらは縁遠いものだったのですが。
そうであろうとも、
私自身は大きな流れの一部である。
根拠とか許しとかそんなもんは必要なくて
ただ居る、だけでいいと知れた。

それはとても豊かで
じわじわと温かさをもたらす考えでしたし、
本書を読んで初めて得た気づきだったのです。

■まとめ

自分の育った土地や場所が
自分に栄養を与えている。
本書を読んで
痛烈に思い知ったのはこのことでした。
そのことに自覚的になればこそ
土地への愛着も湧く。

本書は、湖水地方の厳しくも豊かな自然を
抒情的に描き
そのなかで営まれる羊飼いの生活も
気持ちの上がり下がりも含め
丁寧に語られています。

それはおとぎ話ではなく
現実にある生活。
それを垣間見ることによって得られる豊饒さが
とても心地よい作品でした。

■これもおススメ

□川上弘美選『精選女性随筆集 一 幸田文』

#読書の秋2022

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