見出し画像

ニースの空が見ていた―忘れられない小さなトライ その地はリビエラまたはコートダジユール #4



#ラグビーワールドカップ

イングランド対日本が行われる9月17日の早朝、コートダジュール空港に到着した。Niceに向かう途中のトラムの駅で、赤白のストライプのジャージをたくさんみかけ、心強くおもったものである。トラムに乗ろうと並んでいるわたしの前に、お父さんと男の子が待っていた。2人とも日本のジャージを着ている。どちらからともなく、会話が始まった。
「清水からいらしたのなら、ブルーレブズファンですね。」少年は地元のラグビースクールに所属し、どうしてもイングランド戦が見たいとせがまれて、家族でワールドカップを観戦にきたのだそうだ。
少年が「ビレッジラグビー、行かれる?」と尋ねた。「うーん、どうかな。時間が決まっているみたいだよ。」「そんなのがあるんですか?」「ええ、マセナ広場の近くでやってるらしいんです。」
「では、今夜スタジアムでお会いできたらいいですね。応援頑張りましょう!」
少年とお父さんは、別のトラムに乗っていった。

ホテルに荷物をあずけ、海岸を散歩する。通りに出ると、もうビーチが見える。海沿いの大通り、デ・ザングレまで行くと、ブルーガーネットとアクアマリンを溶かしたような美しい色の海が広がっている。燦々と光を注ぐ太陽と、どこまでの広がる真っ青な空を空を見上げて思い切り深呼吸した。西の山側にあるコートダジュール空港に到着する、エールフランスがその空を横切った。はるばるニースまで、日本とイングランド戦を見にやってきたんだなあ。

町中を散歩すると、行列が見えた。あの親子が話していたビレッジラグビーに入場する人の列だった。厳重なチェックを終えて入ると、ワールドカップの公式グッズを売っていたり、ビールや軽食を売っていたりする店が並び、その奥に、ラグビー体験ゾーンがあった。



屈強な体格の男たちが並んでいたのが、ラグビーボールの的あてだった。横3列、縦3列に並んだ9個の的に向かって楕円球を投げ、一分間に何回あたるかを競うゲームである。かねてから、一度あの楕円を投げてみたいと思っていた。どんなに投げにくいものなんだろう?蹴ってもみたかった。いったいどこを蹴ればいい?さらにグラウンドを端から端まで走ってみたかった。ラガーマンのすごさを実感してみたかったのである。でも、今まで自分でグラウンドの広さを実感したり、ボールに触れたりする機会はなかった。いいチャンスだ。女性は誰も並んでいず、しばらくためらって見ていたが、「もう、ニースに来ることはないだろう。後悔のないように!」と列に並んでみた。
 初めてだというと、後ろの男性が「少しスクリューさせてなげるんだよ。そう、そんな感じ」と教えてくれた。
 言われたように回転させると、まっすぐ飛んでいく。でもなかなか的にはあたらない。もうちょっと上かと思うと上すぎるし、力をゆるめると届かない。1分が終わった時には軽く汗ばんでいた。

隣に、テニスコートぐらいの芝生があり、両端に空気を入れて膨らませたゴールポストが立っている。少年3人と5歳くらいの水色のワンピースをひらひらさせた女の子がラグビーボールを前にしている。こちらではゲームをしているようだ。さて、大人も入れてくれるだろうか?
「わたしも入れてくれる?」「Oui, bien sûr, ça va.」
片側のゴールポスト下に一列に並ぶ。スタッフが二人の名前を呼び、呼ばれた二人が競って真ん中のボールを取り、ゴールまで運ぶというルールである。単なる徒競走であるが、ラグビーボールを使うというだけで気分は盛り上がる。
少年3人とひらひらワンピースの彼女と私が一列に並んだ。
隣の、5~6歳のワンピースの少女に向かって、
「ナギサ」
と、自分の胸をさしていうと、
ワンピースの子は
「ルイーズ」と言って笑った。
スタッフは、ランダムに名前を呼び始めた。ルイーズの顔からは、さきほどの笑顔が消えて、目を三角にして真ん中のラグビービーボールをにらみつけている。3回目にスタッフが呼んだ。
「ナギサアンドルイーズ!」
あの、水色ひらひらの彼女との対決である。闘志むき出しで走る彼女の姿に、笑ってしまい、ボールは持っていかれてしまった。
ルイーズは、ボールをもって得意そうにふわふわのゴールポストの下にタッチしていた。彼女に向かって、右手を挙げるとハイタッチしてくれた。ルイーズの顔は、うれしそうに笑っていた。

通りがかりの子供たちが次から次に加わり、ゲーム参加者が増えていく。
そして・・・今朝トラム乗り場であったあの少年も入りたそうな様子でみている。入りたいけど、言葉がわからないし・・・という様子だった。近寄って、話しかけた。
「やりたい?」「うん!」「よし、じゃあチームはジャパンね!」
少しためらいがちな少年の手を引いて、ゲームに加わった。 

エイジと数人の子供たちが加わり、ラインに並んだ。
「エイジアンドウィリアム!」
エイジは速い。彼より大きな相手よりも速くボールを取り、一気にゴールポストに走りこんだ。
 参加者がさらに増え、次は2チームに分かれて両方のゴールポスト下に一列に並ぶ。両方のチームから数人ずつ名前が呼ばれ、呼ばれた人が競ってボールを取って、相手のゴールポストに運ぶ。方法が変わり、ラグビーらしさが増した。
エイジのお父さんが何か叫んでいるのが見えた。イングランド戦をひかえ、そろそろホテルに帰る時間がせまっているようだった。エイジは、
「一回だけ!」
と懇願している。スタッフのそばに行って耳打ちした。
「エイジはもう、行かなくてはならないから、呼んであげて。」
さて、エイジはこのゲームでチャレンジできるだろうか?
なかなかエイジの名前は呼ばれない。お父さんが時計を気にしているのが見える。
「次が最後だからね。」
と、言われてしまった。
さて、次は呼ばれるだろうか。
「カーターアンドエイジ!」
エイジが走り出した。カーターは6年生かと思うような体格だった。もちろんカーターの手が先にボールに届いた。(ボールは取れなかったけれど、最後にゲームに参加できたから、満足してくれるといいな。)と思っていたら、エイジはカーターにタックルし、カーターが落としたボールを素早く抱えて走り、相手チームにタッチしたのだった。



エイジはすぐにお父さんのところに行き、会場を去っていった。
三年生だといっていた。12年後、日本でワールドカップが開催される頃、ちょうど20歳前後である。エイジが日本代表になっていて、何かのインタビューで
「フランスのワールドカップを見に行って、ニースでトライしたことが忘れられません。」
と言っているかもしれない。
そう思いながら、エイジ親子の後ろ姿を見送った。

まだゲームは続いている。真っ青なニースの空の下のグラウンドの緑が鮮やかだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?