春日野 なぎさ

お隣に桜が見える古い家に、ねこと住んでいます。うれしい時のあっ!がっかりした時のあぁ⤵︎…

春日野 なぎさ

お隣に桜が見える古い家に、ねこと住んでいます。うれしい時のあっ!がっかりした時のあぁ⤵︎、いらっとした時のはぁ⤴︎…などなど、日々のわたしのひとりごとです。

最近の記事

新学期

 四月が始まって間もない頃でした。駅に向かう私の目の前を、3人の中学生が歩いていました。どの子も学生服は皴一つないおろしたて、袖は手の甲のあたりまでありました。ズボンも引きずりそうな丈、背中のリュックサックも、新品です。見るからについこの間入学したばかりの一年生でした。 ねぐせのついたタテガミのような髪の毛を揺らしながら。楽しげに何か話しています。  「…じゃぁ、終わったら廊下で待ってればいいかな。」   「そうだよ、待っててよ。」 (あぁ、髪の毛を直す時間がなかったのかなあ

    • 薄紅色の風

      「まあ!」 月曜の朝、播磨坂の下の赤信号で立ち止まり、思わず声を上げました。目の前には、真っ青な空の下に、 小さな花が作る握りこぶしぐらいの房が枝に連なり、坂上の春日通りまで延びています。歩き出すと、まだ、余白の多い枝の間を、限りなく白に近い薄紅色の風が頬を撫でてゆきました。 多くの企業が従来通り入社式を催した今年は、新しいスーツでこの桜の下を通る新社会人も多かったことでしょう。少し先の入学式には、見頃となりそうです。桜の下で真新しいランドセルを背負った小学生や、おろした

      • 駅ピアノ その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール #8

        ニースビーユ駅の構内にはピアノが設置され、誰かがいつも思い思いに弾いている。  今日は、ローマとパリから来たピアニストが映画「スティング」を楽しげに弾いていた。   駅ピアノは、弾く人の人生の断片が音符にのって語られる。演奏に足を止める聴衆は、名前も知らぬ人達と、数分間の時間を共有し、またそれぞれの人生へ戻っていく。 1人で旅行していると、そういう控えめなふれあいが嬉しい。ら

        • アルプスの町タンドへ その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール #7

          トラン・デ・メルヴェイユは、100年以上前に建設された、アルプスにあるタンドという町まで登る山岳鉄道です。その沿線は海岸のニースからアルプスを越え、北イタリアへ塩を運ぶ塩街道でした。 2000mを越える山々に囲まれた渓谷沿いに走るので、天気が良ければ車窓から素晴らしいアルプスの山々を眺めることができます。  終点タンドは、標高約1800mであるため、イタリアへ通りやすく、時の領主が手中におさめようとした町でした。  Niceをでると列車は山あいの町にはいり、いくつも渓谷

          ただ、ラグビーが楽しいから その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール #6

           開催国、フランスの試合は(さぞかし盛り上がるでしょう」と、フランス対ナミビア戦をニース、アルバート公園内にあるビレッジラグビーの大型スクリーンで見ました。  開始の2時間前から会場は、観戦する人がいっぱいでキックオフを待っていました。ところが、始まってみると一方的にフランスが強すぎて、前半終了前からばらばら人が帰り始めてしまいました。ブレイクに入ったところでホテルに戻ろうとすると、出口の手前のテニスコートほどの芝生で、大人たちがラグビーをやっていました。ジャージではなく、

          ただ、ラグビーが楽しいから その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール #6

          アンティーブ-路地の主 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール #5

           路地を歩く楽しみは、気ままに縛られず歩けること。碁盤目状の整備された道は、わかりやすいけれど、迷いがありません。通り抜けられると思ったら行き止まりになったり、時には道が階段で上下に交差したりする路地を、(こっちの道はどうかな、あっちの道はどこに続くかな)と、探りながら歩くのが宝探しのようです。選択肢はいくつもあって、その時の気分次第。  (あそこに出よう)、と思っていたのにとんでもないところに出る意外性も路地歩きならでは。  細い路地から、切り取られたようなサイズの開け

          アンティーブ-路地の主 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール #5

          サンドイッチにもマリアージュ その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール #4

          クロワゼット大通りを歩いていると、小雨が降り始めました。雨がやむまでゆっくり過ごすことにし、ホテルのラウンジで休むことにしました。このホテルのラウンジは広々としており、天井が高く、白い大理石の床が光を反射して、曇りの日でも明るい雰囲気です。  サンドイッチとケーキを注文しました。ラウンジでは奥のテーブルで、若い男女が5~6人楽しそうに談笑しています。男性はスーツ姿で、女性は上品なワンピースという上品ないでたちです。窓際のデーブルでは、年配のカップルがゆっくりお茶を飲ん

          サンドイッチにもマリアージュ その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール #4

          カンヌのアンヌ その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール#3

           ニースに滞在した時期は、ちょうど夏から秋への季節の変わり目で、天気は不安定だった。1日に数回、雷を伴う土砂降りが降ったかと思うと、からっと晴れ上がる。  カンヌ行きのTGVに乗った朝も、灰色の薄曇が広がっていた。この線はモナコからコート・ダジユール空港まで地中海沿いを走り、車窓からコバルト色に輝く海が見られるはずだった。 せっかく海側の席に座ったが、あいにくの曇り空で、海も不機嫌そうな鉛色をしている。数駅過ぎた頃から、雨粒が窓をつたって流れ始めた。  1人溜息をついた。(

          カンヌのアンヌ その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール#3

          ニースの空が見ていた―忘れられない小さなトライ その地はリビエラまたはコートダジユール #4

          #ラグビーワールドカップ イングランド対日本が行われる9月17日の早朝、コートダジュール空港に到着した。Niceに向かう途中のトラムの駅で、赤白のストライプのジャージをたくさんみかけ、心強くおもったものである。トラムに乗ろうと並んでいるわたしの前に、お父さんと男の子が待っていた。2人とも日本のジャージを着ている。どちらからともなく、会話が始まった。 「清水からいらしたのなら、ブルーレブズファンですね。」少年は地元のラグビースクールに所属し、どうしてもイングランド戦が見たいと

          ニースの空が見ていた―忘れられない小さなトライ その地はリビエラまたはコートダジユール #4

          マチス美術館 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #3

          南仏を代表する画家、アンリ・マティスは、70歳前後から98歳で亡くなるまで、ニースで過ごしました。マチス美術館は、マチスが住んでいたHotel Reginaの向かいの公園にありました。 シミエ地区という高台の静かな住宅街の公園の一角に、オレンジ色のかわいらしい建物が、あり、マチスの彫刻や愛用した家具も展示されていました。 美術館には、画家を目指した頃の古典的な絵からはじまり、創作期ごとに順を追って絵が展示され、画風が変わっていくのがよくわかりました。シニャックの誘いで南仏

          マチス美術館 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #3

          城壁のある丘で見たこの街の素顔 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #2

           日の出前に海で泳いだ後、マセナ広場の東側の旧市街を通り、城壁のある丘(Bellanda Tower)まで歩いた。豪華なホテルが立ち並ぶ西側に対し、東側は庶民的で、中央のサレヤ広場では毎日8時から市場がたつ。7時半には、すぐにでも開店できそうな花屋や、トラックから重そうに肉が入ったケースを運び出している肉屋、大きなトリュフを並べている八百屋で、もう活気づいていた。市場を抜けると、数十メートル先の突き当たりの崖の下に、鉄の手摺がついた狭い階段が見えた。その上が見晴らし台である。

          城壁のある丘で見たこの街の素顔 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #2

          夜明け前 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #2

          朝六時だと、夏のこの時期でも南仏はまだ夜中である。いつもの習慣で目が覚めてしまい、泊ったホテルからほんの5分ほどの海岸まで、散歩に出た。  コート・ダジュール空港からトラムでニースの中心までくると、大きなジャン・メドサン通りが町の南北に通っている。トラムの線路に沿って南に800mほど歩くと、黒と白のモザイクのタイルが敷き詰められたマセナ広場があり、そこから海が見えてくる。海岸と平行に走る通りがデ・ザングレである。この通りには、豪華なホテルが立ち並ぶ。日中のこの海岸はいろんな

          夜明け前 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #2

          出発 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #1

          出発 陰気な灰色の空から、着地しようと向かってくる飛行機は、朝なのにライトをつけている。出発時間が間近な割に、何か気持ちが浮かないのは、こんな空模様のせいだろうかと思いながら、搭乗開始を待っていた。 やがて飛行機は離陸し、ちぎれ雲の合間から、荒川流域の住宅街が広がる。日常を断ち切って、非日常へと飛び立ったが、気持ちがついていかない。眼下のいつもの生活をまだ引きずっている。 4年前にサンノゼに行った時は、こんなことはなかった。初見の街への憧憬から、玄関を出た瞬間に

          出発 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #1

          2023年5月4日の空は

          ゴールデンウィーク真ん中の2023年の5月4日は、朝からよく晴れていた。空を見上げれば、誰しもが出かけたくなるような天気だというのに、家を空けられない事情があり、相棒の猫と二人きりで家でぶらぶらしていた。 遅めの朝の食事をすませると、猫は、尻尾をピンと立て、私を直視した。  「ついてきて。」 そういわれて、  「はいはい、なんでございましょう?」 と彼女の後をついて隣の洋室に入った。休みで私が家にいると、いつもここに連れてこられる。10時ころになるとこの部屋が一番日当たりが

          2023年5月4日の空は

          夜、雨上がりの桜並木で

          夜、雨上がりの桜並木で ゴールデンウィークは各地で人が増え、外国人観光客がコロナ前の8割ほどまで回復したとか。飛行機の利用者も昨年の3倍に増えたとか。あの不思議な数年間から急速に元の状態に戻っています。  リモートワークが終わり、毎日出社に変わりました。景気も回復しているのか取引件数増加に伴い残業も増え、住んでいる文京区で過ごす時間が減っています。 リモートワークの最中は、朝1時間ランニングをし、昼にちょっと植物園まで息抜きに行き、仕事が終わったあとは、クールダウンに1

          夜、雨上がりの桜並木で

          三百坂-知る人ぞ知る手塚聖地(115の坂が語ること#15)

           文京区には、115の名前がついた坂がある. 武蔵野台地の東の周辺部に広がるこの区には、本郷・白山・小石川・小日向・目白という5つの台地が広がり、台地と谷を結ぶ坂には、江戸時代につけられた名前が今も使われている。  高田馬場に青柳という和菓子屋があります。青柳にはいつも売り切れのお菓子があります。アトム饅頭とウランちゃん饅頭でがその人気のお菓子で、ショーケースに並んでいるのを見たことがありません。一度は買ってみたいと事前に電話で予約をして、やっとお店で買うことができました。

          三百坂-知る人ぞ知る手塚聖地(115の坂が語ること#15)