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豊穣物語、聖婚と王座を巡る決闘【物語元型論】

前回は、英雄の誕生について解説しました。英雄は文明の創始者です。彼の誕生により、時代は狩猟採集社会から農耕牧畜社会へと移行します。今回は、その農耕牧畜社会における豊穣神話を解説します。季節の循環を表わすこの神話には、2つの重要なイベントがあるのです。

脇役となった女神と聖婚

英雄の誕生によって、豊穣神話の主役は地母神ではなくなりました。それどころか地母神すらいなくなりました。なぜなら、彼女は分かたれ、別々の女神となったからです。つまりポジティブな面は豊穣神、ネガティブな面は冥界神や不毛神、破壊神とされたのです。

王は、英雄であり神の化身でもあります。すなわち神と同一視されるのです。彼は豊穣神である女神と結婚します。これを聖婚(ヒエロ・ガモス)と呼びます。もともとの地母神は「誰のものでもない」という意味で処女でしたが、その性質が失われ、女神は王の妻となったのです。

たとえば、エジプト神話のイシスは、天と太陽の神ホルスのでありでもあります。加えてイシスの兄オシリスと、ホルスが同一視されることもあります。よってイシスは、ホルスのかつかつでもあるのです。ヒロインよくばりセットかな?

さらに豊穣性を生み出す役割も、王のものとされるようになりました。文明の代表者である王(つまり男神)が秩序を保ち、その結果として豊穣が得られるということになったのです。王と女神が仲睦まじい限り、世界は豊かであり続けます。逆に、王と女神が不仲になったり女神が不毛神と仲良くなったりすると、世界は混沌に包まれ荒れます。

時代を下ると、豊穣神としての顔は賢者と姫として見られるようになります。賢者は良き母、姫は良き妻の面にあたります。

現王vs.新王、玉座を巡る決闘

新しい豊穣神話において冬の到来は、王の力が衰えることによって生じます。だから己の力を証明するために、王は挑戦者である王候補と争わなければなりません。争いの結果、負けた方が古い豊穣物語における永遠の少年の役割を担い、死にます。つまり女神の生贄となるのです。勝利した方は、先に述べた聖婚を行い、これにより世界は再生し、春が来ます。

ラスボスを倒すと秩序が(即座に)回復するのは、このメカニズムがあるからです。これは英雄の復活と同様に必然的なものです。

エジプト神話において、この敵に当たるのがホルスの伯父である砂漠と破壊の神セトです。彼は兄オシリスを殺害して王座についた神。ホルスはセトから王座を奪還するために争うことになるのです。

新王の誕生と文化の刷新

新旧の王はどちらも英雄と呼ぶにふさわしい秩序の担い手です。ですが、文化は日々変化していきます。新しい技術が生まれたり、古い秩序にほころびが生じたりするのです。

もし、2人の闘いで古き王が勝つのならば、それは元の秩序が盤石である証です。一方で、新しき王が勝つのならば、古い秩序の上書きする文化の刷新、あるいは革命にあたるでしょう。

この争いは「自然 vs. 文明」の争いというよりも、文明同士の「旧体制 vs. 新体制」「父 vs. 子」の争いなのです。だから英雄譚の竜は、(女性的とされる)自然よりも、男性的な面をより強く持っているのです。

おわりに

「戦って勝った英雄が、お姫様と結婚する」……って英雄譚のストーリーラインそのものじゃん。その事実に、このコラムを書いている途中で気づきました。普段と異なり、全貌を把握してから書いているわけではないので、毎回こういうことをしながら書き進めています。

というわけで、英雄譚の片割れである豊穣神話の解説はこれにて終幕です。次回は、豊穣神話のまとめです。


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