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醜い子

 喉元にカッターを突きつけられた。高校二年の冬だった。目に涙を浮かべてこちらをまっすぐに見ていた。油絵具の匂いの充満する美術準備室で友人は狼狽えながらも私の目を見ていた。友人の手は震えていた。刃先は私の喉に確かに当たっている。このまま強く刺されたら血が噴き出すのだろうか、映画のワンシーンを眺めているみたいな気分だ。 「いいよ、刺しても」  友人の手を取って喉に刃を少しだけ奥に刺す。当たっていただけの刃が押し込まれるのが分かった。友人は小さな悲鳴を上げてすぐにカッターを床に落と

    • ながれもの

      桜木町駅近くのライブハウスで私は立っている。スポットライトは汗が滲むほどに眩しい。ギターボーカルの後ろ、キーボードは正直目立つ場所ではない。だけどもステージの上は特別だ。支えが無ければ音に厚みは出ないし引き出せるものも引き出せなくなる。曲に意味のない音など存在しない。ボーカルの音が大きいのにどこか遠くに聞こえた。 小さなライブハウスの割には人が集まっている。大学生にしてはまぁ上出来だろう。自分以外のメンバーは今日で音楽を辞める。自分一人取り残されてしまう。自分は一人でも音楽

      • どこにでもある

        「なんかそれ、もったいないね」 「じゃあ、食べる?」 「いや、いいかな」  ゴミ箱に透明フィルムを捨てる。指に着いたクリームは甘かった。 「ろうそくでも立てようか」 「んー、でも誕生日ってわけでもないし」  コーヒーと紅茶のそれぞれ入ったマグカップを小さなテーブルに置く。猫舌だからまだ飲めないな、とゆらゆら上る湯気を見ていた。 「紅茶にしなかったんだ」 「こっちの方が甘いものに合うかなって」 「そっか」  紅茶用にスティックシュガーを用意して、座椅子に座っ