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短編小説【覚醒前夜】

ある朝目を覚ますと、綺麗さっぱり、完全完璧に私は諦めていた。気持ちは明浄で爽やか、頭の中はキシリトール後の口腔内のようにクールだった。長年の独裁政権から解放を勝ち取った革命軍の雄叫びのようなものではなく、(行ったことはないが)人っこひとりいないフィヨルドの小高い丘の上から、凪の北海を眺めている私となった。景色は壮大で、静かで、空気の分子も止まっているようで、全てが新鮮でクリアだった。だが、そのような風景も無心で1時間見つめていれば「そろそろ帰ろう」と思うように、起きて1時間もすれば私もそろそろ帰らなきゃという焦燥に押された。しかもマズいことに、今私が座っているリビングこそまさに私の帰るべき家だった。

私は春の陽気に包まれる土手に出かけることにした。散歩というやつだ。ただ歩く、という非生産的なことを一体どのくらいの年単位で行っていないだろう。私は半ば無意識で、半ば狭い視野の及ぶ可能な限りの意識で、家の目の前の通りをワンブロック迂回して真裏の土手に上がった。その土手を左に折れてただまっすぐ歩く。周囲に人はいない。ずっと歩いているとジョギングをしている男性とすれ違った。瞬きが重く歩みは鈍い。頭はやや日常に戻りつつある。頭と違って体はうまく眠れていないのか少し重い。私は赤ワインは肉と共に、白ワインはよりさっぱりとした何かの料理と共に食べる派だ。ワインとは食中酒であって、単独ライブで活躍するシンガーではない。歩き続けているとワインだけを飲んだときのように、何かが不足していてイマイチな感じがする。その気持ちは加速する一方だった。

それはつまり、私自身が不足しているということなのだろう。目覚めと共に諦めたものは、同時に私を私たらしめた何かだったのだ。それこそが私の歴史であり、経験であり、これまでを培い生長させてきたモノの正体だった。私はその正体ある無形、半身半心たる私をやめた。すなわちワインを食中に飲むのをやめ、バンドから独立してひとりで音を奏でることにしたのだ。細心の注意を払って言うのなら、しかし大胆でありながら正確に表現するなら、これはつまり解脱だった。解脱とは煩悩から解き放たれ、ひとつ上の位に上昇するもの・・・だとばかり思っていた。実際には違った。子供の手を離れ、不安定な軌道を描きながら向かう先も当てもなく漂い流される風船だった。決して心地の良いものではなかった。

風船の私がいい加減これ以上歩き続けるには疲れたそのとき、私たちのことなど全てお見通しであろう高次の存在が私の目の前にベンチを出現させた。人はこのようなことを奇跡と呼ぶのだろうが、あちら側の存在はコーヒーに砂糖を入れるかのようにいとも容易くこのような所業を行うのだろう。私は奇跡のベンチに腰を下ろした。

あたりは静かだった。鳥の鳴き声すらしなかった。しばらく座っていると犬の散歩をしたおばさんが通り過ぎた。通り過ぎるとまたすぐに静寂が戻った。ふと足元を見るとスニーカーの靴紐がほどけていた。だけどそれを結び直す気になれなかった。柔らかな風がたまに吹いた。空は曇っていたが気候は穏やかだった。だがそれも座って10分ほどの話で、たちまち雲行きが怪しくなり小雨が降り始めた。心地よい静寂と微風はやや冷たい雨に代わり、真綿でゆっくりと首を絞める逃れようのないスローモーションのように私の髪と服を濡らしていった。孤独と虚しさが私の頬を濡らしたが、それが雨水なのか涙なのか私にもはっきりとわからなかった。

しばらく冷たく重い体と空っぽの心で座っていた。命はリアルタイムで動いている。お腹がグーっと鳴り私は我に返った。終了の合図を告げられたようだった。だがこの時間が終了したところで、諦めた何かと半身半心がどうなるものではなかった。

私は家に帰り、熱めのシャワーを浴び、倦怠感に抱かれながらコーヒーを淹れた。今日はまだ始まったばかりだ。窓から雨を眺めながらマフィンを二口食べた。それ以上はもういらなかった。コーヒーをゆっくり飲んだ。iPhoneをブルートゥースの小型スピーカーにつなぎソロのピアノ曲を流した。曲名は知らない。椅子に両脚を乗せ体育座りをする。ふと私は私が存在していることを確認するかのように右手で右頬を撫でた。次に左の乳房を強めに握り締めた。最後に右足首を掴んだとき、双眸からとめどなく涙が溢れた。だが気持ちは空っぽだった。何も感じていなかった。

いつしか音楽は止み、時刻は午後になっていた。どれほどの時間そうしていたのかわからない。私はノロノロと立ち上がり、両手を組んで伸びをした。だけど体に力が入ることはなく、軽いめまいで膝が崩れそうになった。テーブルにもたれかかることで自分を支えたそのとき、あとほんの少し残っていたコーヒーのマグを倒した。黒い液体がゆっくりとテーブルを侵食する。私はマグを手に取り、渾身の力を振り絞って投げた。まるで焼き菓子の原材料を正しい分量混ぜ合わせるかのように、憎しみと怒りと、悲しみと自己憐憫をマグに託した。マグは粉々になると思ったが、把手と飲み口の一部が欠けただけだった。それが私を不完全な気持ちにさせた。雨は止んでいた。

iPhoneに登録している一切の連絡先を消した。仕事はその日のうちに辞めると連絡した。マンションの賃貸契約の解約を伝えた。コンビニではじめてタバコを買い、家に戻ってガスコンロの火でタバコに火をつけ吸った。一口で気分が悪くなり、それでも吸った二口目で吐き気をもよおした。箱ごとゴミ箱に捨てた。ふと脚に目をやるとパンストが伝線していた。伝線しているラインに指を這わせてゆっくりなぞった。膝から太ももにかけて一通りなぞり終えると両手の指でゆっくりと引きちぎった。脱いで先ほどタバコを捨てたゴミ箱に放り込んだ。

大切な誰かが亡くなったのではなく、旦那の浮気が発覚したのでもない。といって結婚しているわけではないのだが、つまりは何か事件が起こったことで私の大事なものに変化が起きたのではない。朝目覚めたらそうなっていたのだ。そういうこともきっとあるのだろう。

あまり不満なく生きてきたように思う。好きなこともそれなりにできてきた。平均的なこれまでかというとそうではないかもしれない。だが破天荒な人生だったわけでもない。何かを我慢してフラストレーションが溜まっているわけでもなく、人間関係のストレスに苛まれているでもない。平凡だとは思わないが特殊ではない。この現状を説明できるほどの言葉を私は持ち合わせていない。達観しておらず動揺していない。だからといってニュートラルな気持ちではない。誰かに相談したいとは思わないが、ひとりで抱えているのは居心地が悪い。

生きているとこのようなことは何度かあるのかもしれない。いや、もしくは今朝の私が特別なことで、他の誰にもこんなことは起こらないのかもしれない。姿見に映る自分を胡乱な目で見ながらため息をついた。マグとその欠片を拾ってタバコとパンストの仲間に加えた。飛散し乾き切った茶色は軽く拭くに留めた。テーブルに流れた液体は、自分でも気がつかないうちにどうにかしていたようだ。そのキレイになったテーブルが目に入ったことで頭が重くなり、胸の奥の辺りから何かがはち切れんばかりに湧いてきた。こういうときタバコを吸える人は少し楽なのだろうと、根拠薄弱なことを思いながら、痛む胸に手を当て膝をついてソファにもたれかかった。そしてそのまま深い闇に落ちていった。


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