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短編小説【心地よい檻】

離婚したその月に40になった。
多くの離婚した女性がそうであるように、私も働いて家賃を払う必要に迫られている。
1LDKのマンションに引っ越した。夫・・・元夫からいくばくかの支援があり初期費用はそれで賄った。家電もいちから揃えた。それで支援金は霧が晴れるように消え失せた。
6年前からスタバで働き出した。結婚当初は自由を謳歌しようと思い、前職を退職して貯めたお金を自由に使った。といってもたいしてしたいことがあったわけではなく、少々のオシャレともう少し高めの旅行に行ったぐらいだ。
2年バイトで働き、そこから社員になった。

子供はできればできたでいいし、できなければそれなりに2人で生きていこうと話していた。・・・・そのどちらでもなくなってしまったけども。
働こうと思ったのはそろそろ暇を持て余していたということと、社会に、人に接していたいと思ったからだ。多少のお金が入るのも有り難かった。
まさか自分が40(39だけど)で離婚するとは思っていなかった。そういう人生の予定はなかった。ともあれ私は社員というポジションは維持できているわけだ。つまり家賃を払ったり、最低限の生活をしていくのに最初から困るということはなかった。

私を困らせたのはもう少し漠然とした、もっと大きなものだと思う。
ひとりで生きていくとなったとき、おそらく他の誰かもそうであるように私も「さて、どうしていこうか」と考えた。生活の困窮をどうにかするだとか、子供がいたならまた話は違ったと思う。
しかし私は中途半端にどうにかできそうなところに立っていた。
真っ先に考えたのは転職だ。はじめスタバでバイトを始めたのは、近いということと、「カッコ良い」というイメージ選んだところがある。お給料は・・・然るべくご想像に任せます。
6年も勤めているとベテランになるし、上の人よりも下の人の方が多くなる。何かと頼られる立場だし、たまに起こる困ったお客さんの対応もすることになる。
つまり、なにしろ、
私には6年のキャリアがあり、それ以前は自由に過ごしていたので何ができるわけでもない。さらにその前は若い頃の事務職だから何にもならない。
私を困らせているのは、せっかくある意味での自由になったのだから、これまでとは違うことをして、違う自分でやっていきたい。どこか違う街に引っ越すことも厭わない。だけどそんな都合の良い機会がスグ目の前に現れるわけではなく、今後もなかなか発見できないかもしれない。
この仕事はそこそこのやりがいがある。

でもそう考えていると・・・・背筋に少し寒いものが走った。

今、私にできることはこのスタバの仕事だ。言うなら上手にできることだと思う。
しかしそれ以外の何かは胸を張ってできるとは言い難い。
仕事があるだけいいじゃないか、それも上手にできるんだからと、親に言われそうなことはすでに何度か耳にしている。でも考えれば考えるほど、このまま60までスタバで働くのだろうか?いや、定年の年齢制限はないからおばあちゃんになっても理屈上はお店に立てる。私はずっとこの店で働くの?そして足腰が立たなくなったら今の住まいで年金暮らしをするのだろうか?
とてつもなく違う気がする一方で、とてもそれ以外の道を選ぶことができないような気がしてくる。

そんなことを考えながらも日々の業務は当たり前に進んでいくし、適当に仕事をこなすような性格でもない。目の前のことはちゃんとやる方だと思う。
でもこうして毎日ちゃんとしていると、それ以外のこと・・・・このままここで一生の大半を費やしていくのかな?ということを考えていられなくなる。
毎日やることはたくさんあるし、月に何度かはイレギュラーな作業も生まれる。そうして1日の仕事が終わり、家に帰ってソファに座るともう力は湧いてこない。
そしてまた同じことを思う。

「ずっとこれが続くのかな」

離婚自体は円満だった。性格の不一致。元夫とはたまにLINEで話す仲だ。
これだ。こういうことなのだ。
私を取り巻くさまざまなこと、例えば離婚や仕事、人間関係や生活は「悪くない」のだ。誰もが不満なく、むしろ「いいじゃない」と言うようなエトセトラに囲われて、それはとても良いことのように思える。
「次にいい人見つけなさい」というようなある種のお節介は、この状態でなければもらえない言葉なのかもしれない。「そこそこ良い」むしろ「なかなか良い」ことが私の苦しみを生み出す根っこであるように思う。思い返してみれば厄介なことに、子供の頃からこの傾向がある。
だからか、なのにか、
「何をどうしたいの?」と聞かれても答えることができない。考えはするが行き当たることがない。気がつけば360度平原の荒野の中に立っていて「どこがゴールですか?」と聞かれているような気持ちになる。そう錯覚してしまう。それほど私には何もないのかもしれない。それとも、この世界にそのようなものがないのかもしれない。

さて困ったな。
今日もそう思っているうちに1日が終わる。


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