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【映画感想文】みなに幸あれ

KADOKAWAが主催するホラーに特化した一般公募の映画コンペ『日本ホラー映画大賞』の第一回大賞を受賞した短編映画を監督自らが、古川琴音さんを主演に迎えて長編化したホラー映画『みなに幸あれ』の感想です。

世界の幸せの定量は決まっていて、自分が幸せになる為には他の誰かを不幸にしなければならないという世界線。というか、現存するこの世界がそういう仕組みだったらという異世界を舞台にしていて、もしも的なSF要素もありつつ、”幸せとは”、”世界とは”という哲学的なテーマも入ってたり、しかも、現実的には田舎の同調圧力とか高齢化社会とか社会的な問題も含まれていたりで、新しいホラーを作ってやるっていう監督の気概も感じますし、なかなかこれまでのJホラーにはなかった恐怖の描き方でそこは本当にグッと来たと言いますか、ついに日本のホラーも新しい扉を開くかと。ただ、それには、これが今の日本の社会の中でリアリティを獲得して、ちゃんと恐怖に繋がっているかってことが重要だと思うんです。

で、かなり頑張ってやれてると思うんですよ(偉そうで申し訳ないですが、今回は、ホラーファンとして日本の新たなホラーの今後に期待してるからこそ少し厳しめにいかせて頂きます!)。えー、ホラーに社会性はいらないという意見もありますし、バカな若者を何の意味もなく惨殺していく映画の爽快感も分かります(というか、もちろん、そういうのも大好きです。)。ただ、自分たちと地続きの世界でことが起きているというリアリティが物語を怖くさせているという点ではホラーはかなり社会性の強いジャンルだと思うんです(かつての『リング』だって『呪怨』だって、その時代の日本の日常の中で起こっているのが恐い映画でした。最近のJホラーが面白くないのって、この辺りをちゃんと描いてないからじゃないかと思うんですよね。)。例えば、『ゾンビ』にしたって、『悪魔のいけにえ』にしたって、物語の根底にあるのは、その時代の社会問題であったり地域の社会性だったりしたわけで、その社会性という部分を物語の裏側ではなく前面に押し出したのが最近のアリ・アスターとかジョーダン・ピールの最新式のホラーだと思うんです。

で、そのバランスでJホラーをやろうとしてるのが今回の『みなに幸あれ』だと思うんです。さっきも書いたようにその気概は買っているんですが、たぶん、これ、短編を長編化した弊害だと思うんですけど、その各要素が物語上で繋がっていないように見えるんですよね。例えば、主人公の古川琴音さんが田舎の祖父母の家に何日間か泊まりに行くって設定なんですけど、その祖父が気づくと廊下で立ち止まり口を開けて惚けていたり、祖母が何の脈絡もなく祖父の指をしゃぶり始めたり、その事象自体は不快で気味の悪い行為なんですけど、物語上に置いてどういう意味があるのかは分からないんです(エグさを出す為だけのエグい行為というか。)。なのに、その祖母たちがこの世界の理みたいな(映画世界内の哲学)を語るので、ん?このジジババたちはこのルールの意味を分かってやってるのか完全にいっちゃってるだけなのかどっちなんだ?と。つまり、『ミッドサマー』的な自分たちと同じ世界の同じ人間が全く理解出来ないことをしている怖さなのか、『ビバリウム』的なこの世界とはまったく別の世界に行ってしまったという怖さなのかが曖昧で、うわっ、怖ってなる前に「ん?これどういうことだ?」ってなってしまうんです。物語の世界ではなくて映画そのものが不条理になってしまってるんですよ。だったら、これ、せっかく興味深い設定になってて、それだけで面白いんだから、意味のない不快行為とか映画内哲学を登場人物にしゃべらせるのとか全部やめたら良かったんですよ。その方がこの世界の不気味さがダイレクトに来たと思うんです。全く説明のない異世界の方が。

で、その異世界と僕らのいる現実世界とを唯一ひとりで懸命に繋いでいるのが主演の古川琴音さんなんですけど、古川琴音さん素晴らしかったと思います。古川さんがちゃんと正気を保った現実世界の常識で怖がったり反抗したりしてくれるので、そこに感情移入して、不条理に飲み込まれてしまった映画そのもの vs 古川琴音っていう構図で観れるんですよ(なので、そうなってくると映画が破堤していけばいくほど面白くなるっていうことになるんですけどね。これはギャグシーンか?ってなるくらいの、いけにえのおっさんが車に跳ね飛ばされるとか、それを見てビビる古川さんとか、あの辺のシーンが白眉です。)。なんですけど、いよいよ物語も終盤というところで古川さんが物語の不条理さに飲みこまれてしまうんですよ。だから、個人的には、ここはずっとvsの構図を保ったまま古川さんが住人皆殺しにするとか、なんなら第4の壁を破って現実世界に戻って来るとか、そのくらいしちゃっても良かったんじゃないかと思うんですよね。Jホラーとしてこれまでにない新しいものを提示するのであれば(ただ、まずはやりたいことをやりたいようにやるを選んでることに関してはとても好感が持てます。)。

あと、(不幸になる)いけにえを確保しなかった場合、家族が次々と死んで行くというのは幸福かどうかではなく生きるか死ぬかの問題なのではないかとか、そうすると、この映画で定義する幸せとはなんなのかとかそこまで行って欲しかったなと。ただですね、設定や世界観はとても魅力的だし、Jホラーにはなかったエグくて不快な表現も満載だし、古川琴音さんというホラー・ヒロインも爆誕させたしということで、監督の次回作を期待して待ちたいと思います。


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