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【映画感想】お引越し / 東京上空いらっしゃいませ

没後20年ということで、渋谷のユーロスペースでやっていた相米慎二監督の特集上映『没後20年 作家主義 相米慎二〜アジアが見た、その映像世界』から『お引越し』と『東京上空いらっしゃいませ』を観て来たので、その2本の感想をまとめて書きます。

相米監督は、個人的に好きな監督選べと言われたら確実に3人の中には入るくらい(あとひとりはキューブリックで、もうひとりがなかなか難しいですね。)なんですが、前回、ユーロスペースでやってた特集上映(調べたら2013年でした。)の時は、まだ、子供もいなくて結婚もしてないどうにでもなる身だったので、監督作13本と、ポッキーのCMから派生したオムニバス『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』、柄本明さん監督の共同プロデュース作『空がこんなに青いわけがない』(そういえば、僕が観に行った日の『東京上空いらっしゃいませ』の回に柄本さんいらっしゃってました。)まで含めた計15本を、朝、仕事行く前の時間(僕の仕事昼過ぎからなので。)とか使いまくって全部観たんです。なので、現状、観られる作品は全部観てるんですけど、その1本1本をどのくらい観てるのかと言われると、『翔んだカップル』と『台風クラブ』と『ションベン・ライダー』はDVDを、『セーラー服と機関銃』はブルーレイを持ってるので繰り返し観られるんですけど、その他の作品はDVD化されてない(されてても廃盤になっていて値段が高騰してる)ものも多く、こういう特集上映なんかがあった場合に観に行くしかないわけで。ただ、今となっては結婚もして子供(2歳)もいるという身。生活の時間を無闇に切り詰めるわけにもいかず、ならばこの一本をということで、前回の特集上映時に観て(このDVDが廃盤で高騰してるんですよ!関係者の方ぜひリマスターで再発を。そして、あわよくば相米慎二ボックスのご検討も。監督、いろんな会社で映画撮ってるので難しいとは思いますがそこをなんとか。)衝撃を受けた牧瀬里穂さん主演の『東京上空いらっしゃいませ』を観に行くことにしました(一本に絞ろうと思ってたんですが、やはり、その前に上映される『お引越し』も観たいということで、ちょっと無理して2本観て来ました。)。

はい、で、まず『お引越し』なんですけど、クセの強いものが多い相米作品の中でも誰が観ても面白いと思える傑作だと思っていて(なんと言ってもストーリーが破堤していない。)、田畑智子さんのデビュー作で、主人公のレンコ(11歳)を演じているんですけど、このレンコがとにかく可愛いんです。離婚寸前の中井貴一さん演じる父親と桜田淳子さん演じる母親の間で何とか家族を元に戻そうと奮闘する役で、外から見てたらずっと11歳の少女なんですけど、頭と心はめちゃフル回転していて、直面した困難に立ち向かおうといろいろ考えてるのがとにかく健気で可愛いんです。両親の離婚をきっかけにして少女が大人になる過程(その瞬間)が描かれていて、その成長を物語の軸にして、家族とその時代っていうのが呼応する様に描れるんですけど、ずっと、レンコは両親の離婚をそれほど気にしてない様に見えるんですね。ただですね、友達とケンカした時に、持っていたアルコールランプをわざと落としてしまうところとか、ストーリーのふとしたところで離婚のことが影を落としていたんだという表現がされていて、そういうところの描き方がとても繊細なんです。両親の関係はもうどうしようもなく悪いのに父親とレンコ、母親とレンコそれぞれの関係は良好なのも(レンコが両親よりも大人に見えて、その分孤独さが浮び上ってくる様で)いいんですよね。あの、去年公開された韓国映画の『はちどり』というのがあるんですけど、それも14歳の少女がなんてことはない日常の中で感じる世界というのを描いていて、とても繊細でありながら斬新な映画だったんですけど、久しぶりに『お引越し』観たら、『はちどり』で僕が感じたことがほぼ全部描かれていて、ほんとに相米映画恐るべしと思いました(ちなみに、『はちどり』は94年を舞台にしていて、『お引越し』は93年公開なので、どちらも90年代という時代を精神的なところで切り取った映画なんだろうなと感じました。時代感と言えば、『お引越し』の中での両親の離婚の理由が、妊娠時に夫が妻に言った暴言と、その後、働き出した妻の方が稼ぎが多くなったことに対する夫の嫉妬だと語られていて、これも『はちどり』で語られる家父長制への言及と同じ様な、90年代から今に持ち越された問題ということで、似た描き方だなと思いました。)。

つまり、『お引越し』は少女の思春期の葛藤と大人へと成長して行く過程というのが大きなモチーフになっているんですけど(というか、これは相米映画の定番モチーフですよね。『翔んだカップル』も『台風クラブ』も『ションベンライダー』も『セーラー服と機関銃』も『雪の断章』もそうでした。)、それに、もうひとつの相米映画の定番モチーフ"死"を併せて、ポップなミュージカルにしたのが『東京上空いらっしゃいませ』なんです。

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牧瀬里穂さん演じるユウという新人キャンペーンガールが、鶴瓶さん演じる悪徳スポンサーに迫られて、乗せられた車から逃げる時に交通事故にあって死んでしまう。死人になったユウが、迎えに来た(鶴瓶さんが二役で演じてる)死神(コオロギ)をだまして人間界に戻り、マネージャーの中井貴一さん演じる雨宮の部屋に同居するという『翔んだカップル』以来のラブコメ(+ファンタジー)なんですが、この設定でありながらユウの"孤独"と"死"っていう概念を強烈に感じさせられて。なんていうか、ゆるいラブコメの殻を被った哲学書みたいな映画なんです(こういうのほんと天才だなと思います。)。というか、『東京上空いらっしゃいませ』の方が『お引越し』よりも先なので、『東京上空いらっしゃいませ』から削ぎ落して残ったものが『お引越し』に反映されたのかなと思うんですが、とにかく、『東京上空いらっしゃいませ』はクセの強い相米作品の中でも(『ションベンライダー』に次ぐくらい)むちゃくちゃやっていて、違うのは、こちらの方が楽しんでるというか遊び感覚でやってる感じがするというか(それが観ていて楽しいんですけど。)。それまでの作品では臨場感や緊張感を演出する為に使われていた長回しが、作れないハンバーガーを無理くり作るというギャグシーンとして使われていたり、完全なミスキャスト(これにはもちろん理由があります。)の鶴瓶さんの悪徳スポンサー役があったりと、観ながらツッコミを入れたくなるシーンの連続で(ここNGだろってところも使われたりしてて)。なんというか、その欠落部分まで含めて愛おしくなる様な映画なんです。僕が映画で最も"ポップ"を感じるのはこの映画かもしれません。作品のほころび部分までを愛でるという意味ではアイドル映画的なんでしょうけど(というか、相米監督の映画がアイドル映画たりえるとすれば、それはアイドル的女優を使っているってことじゃなくてこういうとこなんだと思います。)、個人的にはポップアート的でもあると思うんです(ファンタジーと恋愛の中で死を描くのは大島由美子さんの漫画っぽいんですけど、そういう意味で文学的、哲学的でもありますね。やはり。)。

あと、『東京上空いらっしゃいませ』は90年公開なんですけど、やはり相米映画というのはその時代を明確に切り取ってるなと感じていて(『お引越し』もそうでしたが。)。抽象的な言い方ですけど、80年代の相米作品て人智を超えた現象みたいなものを描こうとしてる感じがするんです(並べると『翔んだカップル 』、『セーラー服と機関銃』、『ションベンライダー』、『魚影の群れ 』、『ラブホテル』、『台風クラブ』、『雪の断章 情熱』、で、極めつけが『光る女』。人間というよりも人が巻き込まれる事象を描いてるというか。)。それが90年代になると、『東京上空いらっしゃいませ』から始まって、『お引越し』、『夏の庭 The Friends 』、『あ、春 』と、人間そのものを描いてる様に見えるんですよね。80年代の相米作品は"死"を通して"生きる"ってことの謎を描いてると思うんですけど、90年代以降は生きることそのものを描いてるというか(なのに、テーマ自体は"死"そのものになっていってるというのも面白いですね。)、人間そのものを描いてる感じがするんです。これまでは80年代の先鋭的な相米映画に魅了されていたところがあるんですけど、むちゃくちゃさとか(死とか孤独という)シリアスなテーマはそのままにポップさと分かりやすさ(ある種の正しさ)みたいなものまで描けてしまってたということは、もしかしたら、内包してるものは80年代の作品よりも更にカオスで、その複雑さが人間そのものというか、人間を描くということがそのまま"生"も"死"も描くことになっていて、それが(良いも悪いも関係なく全ての)人に対する肯定に繋がっている様で愛おしく感じるのかもしれないです。つまり、80年代の相米映画には"畏怖"を感じるんですけど、90年代の相米映画は"愛"を感じるんです(遺作となった『風花』だけ2001年の作品なんですけど、ここでまた"生きるということへの謎"に言及してるのが面白いんですよね。)。

あと、相米映画のヒロインはみんなハキハキと元気にしゃべるけど、一本調子で感情が入ってないのは、自分の感じている寂しさや孤独は人に話しても分かってもらえないという諦めを表していて、それがキャラクターとしての魅力になっているのでは(だから、続けていろんな作品を観るとそれぞれのヒロインが同一人物の様に思えてくるんです。)…ということや、撮る風景の生々しさ、というか、確かにこの場所はここにあったと感じる実存感がある…ということや、登場人物に歌謡曲を歌わせるのはその時代を封じ込めるということと同時に作品がアート化することへの反発だったのでは…という話は長くなるので別の機会にしますね。

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