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未来を灯して

あいいろのうさぎ

 夜はじわりとやってくる。

 投げ入れようとしたティッシュがゴミ箱に入らなくて、結局床に落ちたそれを拾って入れる、とか。録画番組を見ようと思ってリモコンを手に取ったらちょうど電池切れで、うんともすんとも言わなかった、とか。

 日々に転がっている夜の欠片を知らず知らずのうちに集めていて、心は段々かげっていく。

 心の夜の訪れを感じる度に思い出す。むしろ昼間に忘れている方が呑気なのは分かっているけれど。それでもこうして心の明度が落ちていく時にようやっと思い出すのだ。人はずっと元気ではいられないのだと。

 こうなってくると夜は段々と深まるもので、あれこれ良くないことを思い出すし、考える。資格の勉強が上手くいっていないこと。試験は一か月後に迫っていること。同じ資格を取ろうとしている同僚は順調そうなこと……。自嘲気味に笑ってみても夜は明けてくれない。

 いつもそうだ。深い夜が訪れた時には『私は一生このままなんじゃないか』と思ってしまう。夜はどこまでも続いていて、果てはないんじゃないかと。

 こんな時に独りでいると良くない。私はバッグに仕舞いっぱなしだったイヤホンを引っ張り出して耳に詰め込む。指がいつものようにスマホの画面を滑って、プレイリストをタップする。途端に流れ出すいつもの音。どこか追い立てられるような気持ちが消えていく。ようやく一息つけた、という心持ち。

 普通の呼吸を思い出して音楽に包まれていると、そのうち安心してくる。音楽は教えてくれる。独りじゃないってことを。同じように日々に苦悩して、それでも明日に向かって生きている人がいることを。その背中を押してくれる人もまた存在することを。

 夜明けはゆっくり訪れる。『この夜は永遠なんじゃないか』と何度も思うけれど、いつかどこかで聞いた通り、明けない夜はないのだ。この朝焼けのずっと先には、きっとまた夜が待っているのだけれど、昼の間にまた忘れるんだろう。でもずっと夜に怯えているよりは良い、のかもしれない。

 時間が経てば、良くも悪くも必ず何かが変わっていく。時間が解決してくれることも、そうじゃないとどうしようもないことも、時間によって変質してしまうことも、全部ある。

 でも、今目の前に立ちふさがっている壁は、私が動かない限り越えられない。

 朝焼けの気持ちは綺麗だ。スッキリしている。完全に不安がないと言えば嘘になってしまうけれど、進めるだけの前向きさがある。

 自分を鼓舞するように深く息を吸って、吐いて。何度も私の背中を押してくれた音と一緒に動き出す。

 夜が襲ってきても、未来に陽が昇るように。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 この作品は「朝焼け・夕日」をテーマに製作しました。かなりそのまんまです。

 心の動きと朝焼け・夕日を連動させたいと思いながら書いたのでかなり抽象的なお話になった気がします。お楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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