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生を祝う/透明な「女として生まれた悔しさ」

※この感想はラストまでのネタバレを含みます
※好意的な感想ではありません
※苦手な方はブラウザバックして下さい

一部界隈で話題になっていた、人間の出生を題材にしたSF小説『生を祝う』を読みました。
物語の組立や文章の読みやすさ、巧みなまとめ方「さすが芥川賞作家」という上手さです。

が、この小説は、最初から最後まで「身体由来の苦しみ」が希薄
かつ、舞台設定が「物語に都合が良い」(人類の抵抗・意思が感じられない)部分が多く、正直もう少し煮詰められなかったのかな……とも思ってしまいました……。

この作家さん自体、いわゆる「教師ウケする内申点の高い生徒」みたいな行儀の良さがあるので、そういう個性なのかもしれませんが……。



舞台設定と人間描写の甘さ

作品の舞台は、出生前の胎児に「この世に産まれて来たいかどうか」の意思確認が取れるようになった近未来(?)です。
出生直前に胎児に出生確認を取り、もしもそのときに「出生しない」と告げられたら、法的に産むことができません。
胎児の決定を無視して産むこともできますが、法律違反になり、何より子ども自身の見解を無視することになってしまう……。

同性同士でも子を成せるようになった世界で、主人公・彩華は、パートナーの佳織との間に子をもうけます。
彩華の胎内で子どもは問題なく成長していましたが、臨月を迎えた頃、突然悲劇が降り注ぎ……最後に彩華が出した結論は?
……というお話で、高い文章力で上手に描かれており、あっという間に読めてしまいます。

が、よくよく読むと、あちらこちら設定が甘い

「胎児と意思疎通が可能」ほどに技術が発展したにもかかわらず、「女性が十月十日腹を痛めて産む」のはそのまま。作中では「無痛分娩が当たり前になった」らしいが、それでも妊娠した女性が十月十日命を賭すのは変わっていない
「同性同士で子どもができる」世界でも、男性カップルの場合は「代理出産」に頼るらしい。今でも批判の多い代理出産制度が変わらず残っているのか……? と首を捻ってしまいました。まぁ何らかの形で改善されてるのかもしれないけれど、やはり女性が十月十日命を宿すことに変わりない
出産直前に胎児が出生を拒否すると、親は出産を諦めることになる。しかし、「十月十日ほど命を賭す母体」への救済は特に設定されていない

今より人権が尊重されるようになった(という設定の)作中では、彩華と佳織が「かつては女性に人権はなかったなんて」などと会話しており、人権意識が進んでいることが示唆されます。
が、この世界の制度には、女性の身体が受ける苦しみに対する救済措置が殆どありません。人権進んでないやん。せいぜい無痛分娩がある程度。読み飛ばしがあったらゴメン。
とはいえ、胎児に拒絶され出産できなかった女たちによる「出生同意制度反対」を掲げた抵抗勢力団体もテロ活動を行っていたり、決して平和な世の中ではないことも描かれてはいます。それでも……
「胎児に出生意志が聞ける」「同性同士で子どもができる」のに、なんで「女性の身体が命懸けで胎児を孕む」「十月十日苦しんで『拒否』されたら堕胎」みたいな「女の体の苦しみを度外視する」制度は温存・追加されているのか……?
女たちだって「出生同意制度反対」を掲げてテロ行為まで出来るのであれば、常識的に考えて、そのずっと前に「女の体の苦しみを無視するな」という方向性で団結して抵抗するのでは?
ていうか、そんな女性の身体を無視する世の中なら、女性全体が出産を拒否するんじゃないの?

妊娠中、身体の変化や、それにまつわる苦悶を語る彩華ですが、この「女性の身体にばかり負担を強いる制度」に疑念を抱いたりはしません。
出生を拒否され子を埋めず「出生同意制度反対組織」で活動していた彩華の姉も、「出生同意制度」に反感を抱いても、「女性の身体に負担を負わせるばかりの制度」には文句を言いません。
彩華のパートナー・佳織も同じ。
とにかく「女性身体に負担のでかい制度」に従順な女しか出てこない……。

この制度自体『侍女の物語』レベルで女の体の痛みを無視している気がするので、もっと女たちが「女の体を考えられていない制度」自体に抵抗した形跡があっても良いのではなかろうか……侍女の物語だって、侍女たちは水面下でメチャ逆らっているからね……と思わずにはいられませんでした。

あと「公園で大きな黒い犬が出産」している場面を、彩華が通りすがりの親子と共に眺めるシーンがあるのですが……進化した近未来は、大きな犬が公園で出産してても自然な世界なの?!
平成以降だと、野犬もしくは脱走犬として割と大ごとになりそうなのですが……ちょっと「昭和っぽい光景だな」と思ってしまった。
何か別の意図があったり、私の読み逃しや誤読があったら申し訳ない。


『女に生まれついたこのくやしさが、かなしみが、おまいにはわからんのよ』

『生を祝う』に出てくる女性たちは、あまり身体的な苦しみを語らず、描かれもしません

同じく芥川賞作家・宇佐見りん先生による『かか』では、終始、女性の身体の苦しみが生々しく表現されています。
下記引用は、女性主人公「うーちゃん」が、弟に対して想いを吐露した一文です。

うーちゃんはにくいのです。ととみたいな男も、そいを受け入れてしまう女も、あかぼうもにくいんです。そいして自分がにくいんでした。自分が女であり、孕まされて産むことを決めつけられるこの得体の知れん性別であることが、いっとう、がまんならんかった。

女に生まれついたこのくやしさが、かなしみが、おまいにはわからんのよ。

この短く切り取った文章からも、女性の肉体が負わされた根深い無念のような疵が痛いほど伝わって来ます。

『生を祝う』に出てくる女性たちは、このような「孕まされて産むことを決めつけられるこの得体の知れん性別であることが、いっとう、がまんならん」といった怨嗟を吐かず、「女に生まれついたこのくやしさが、かなしみが、おまいにはわからん」と男性に詰め寄ったりもしない……ほんの少しだけ言ってはいるけど、実に、ほんの少しだけ。

社会制度的に追い詰められている彩華や姉たちが抱く「女に生まれついたこのくやしさ、かなしさ、我慢ならなさ」は、どこに行ってしまったのだろう……?
姉は一応「産めなかった悲しみ」を熱心に語っているけれど、この「女性身体として社会から蔑ろにされた恨み」「あかぼうもにくい」みたいな理性で抑えきれない原初的感覚がなさすぎる……。
物語が本当に上手くまとまっているだけに、この、登場人物たちの「身体の透明さ」「物語・舞台に対する従順さ」が滅茶苦茶モヤる
もっと下手な作家なら気にならなかったのかも知れないけど、ものすごく上手い作家だからこそ綻びに引っかかってしまう……かなり大きな「抜け」だと思うのだけど。


優等生的作家が弱い部分「身体」

作者の李先生ご本人のことはセクマイ当事者で台湾出身ということ以外あんまり知らないのですが、李先生に限らず(年齢性別国籍セクシャリティその他 関 係 な く)いわゆる優等生的に称揚されがちな作家さんの作品は「身体性の弱さ」が目につく場合が多い気はする……。
個人的な好みではありますが、『生』を描くのであれば、この「身体性」の層をもう少し厚くしたり、深く掘り下げて欲しかったです。
人間描写が「良い子ちゃん」過ぎるのが気になってしゃあなかった……。

李先生の作品は数冊読んでいるのですが……セクマイ文学として取り上げられるケースを見るけれど、いわゆる「異性愛男性中心社会を脅かさないわきまえたセクマイ女キャラ」描写が強い気がしている……そりゃ受け入れられるでしょうね、という所感。私自身もビアンだけど、特に共感できる部分がない(もしくは記憶から消えている)。
この手の「わきまえ良い子ちゃん系」セクマイ作家の身体性の薄さを「異性愛中心社会の価値観への反駁」に収斂する論陣もたまに見かけるけれど、この作家さんの身体性の弱さはそこではない。セクマイ作家でも身体性の強い人は割といるので、単純に良い子ちゃん特有の弱さだと感じる。

でも逆に、『生を祝う』は、薄味好きな人には良いと思います。
繰り返しになりますが、小説自体が大変上手で、多分、文章を読むのが苦手な人でもスラスラ読めてしまうはず。


『生を祝う』の『生』に物足りなさを感じた方には、宇佐見りん先生の『かか』を推薦します。
かなり読みにくい上に、多少の優等生感や青臭さはあっても、魂の掘り下げが実に熱い。中編だけど、中身は長編並みに濃厚。

似たようなテーマの作品に、男性が妊娠する未来を描いた『徴産制』があります。
こちらは(多少「物語のために動いている」キャラはいても)人間の意思や生命や身体がキチンと感じられる内容でした。
ただ、こちらも若干行儀が良く薄味な仕上がり。かつ、物語・作品として巧みなのは『生を祝う』のほうかな……。

ディストピアの中で女たちが設定に破綻なく抵抗する物語としては『持続可能な魂の利用』が個人的に大変オススメ。
この作者さんの作品は懐が広く、色んな層に受け入れられそう。他の作品もとても良きです。

『生を祝う』の李先生は、「(同じく芥川賞作家の)笙野頼子先生作品を読んだことがない」と仰っていたそうです。
笙野頼子作品はドチャクソ人を選ぶし、確かに李先生と相性が良い気もしないので、何とも言えんのですが……現実を痛烈に反映したSF作品として完成度がバカ高い笙野作品は読んだほうが良いかと……。
笙野作品は荒唐無稽な世界観なのに、設定の甘さ・脆弱性がほぼないので……。

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