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京都 - 都市生活のなかに自然を作ってきた文化

11月、インスタのタイムラインには京都の紅葉がひたすら流れてきます。
ちょっとうんざりします(笑)

京都の紅葉や桜はなぜ美しいか

それは、一流の雅な人々がそれを作ってきたからです。
つまり、京都の自然は人工物だからです。
いい木を集めてきて、素敵に見えるように配置して、職人がメンテする。

もみじや桜だけではなく

紫陽花、しだれ柳、南天、苔、菖蒲、桔梗・・・
京都のお寺や通りには、そういう植物が美しく配置されています。
歴史のなかで洗練されてきた植物たちが構成する世界であり宇宙です。

お寺だけでなく

町家には中庭がある家も少なくありません。
中庭にはいろいろな植物が植えられていて、庭師が手入れをしています。
家の中に自然を取り込もうとしたのですね。
中庭とか坪庭とかがあります。周りから見て美しく見えるように構成されています。

饒舌なものへのアンチテーゼ

京都という空間に住む都市生活者は、紅葉や桜のように派手で華やかな(はんなりとした)ものを好む一方で、あえてそれらを排してモノトーンに近い空間を好む流れもありました。
枯山水庭園は、水は使わずに、さらには木も植えないで石だけで構成するような庭園もあります。そこに世界や宇宙を見るのですね。

自然とともにありたい

借景庭園のように、生活空間に外の自然を取り入れるような嗜好もありました。とにかく、都市生活者の眼差しのなかに、自然が常にあったわけですね。
どうしても自然にこだわりたく、そこに安らぎや精神性を求めたかったのでしょう。

紅葉見物や桜見物で京都を訪れる方は、そうした雅な都人の思いに寄り添い、その精神性を共有すれば、さらに他のさまざまな空間に興味が湧いてくることでしょう。

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