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合理的に考え、人の役に立とうとした人――書評『岩田さん』

お会いしたことはなく、その輪郭程度しか知らない岩田聡さんについて書かれたのが本書『岩田さん』である。

大学時代からプログラミングにのめり込んだ岩田さんは、HAL研究所の創業メンバーとして働き出す。やがて同社は経営不振となり社長を務めることになった岩田さんは、5年で経営を立て直す。その後は任天堂の社長として、ニンテンドーDSやWiiの成功を導く。プログラマーとしても伝説的な話が多い。4年の歳月をかけて完成しなかった「MOTHER2」の開発に助っ人として加わり、半年で作り直した話はあまりに有名だ。

ほぼ日では度々登場していたが、この本を読んで、初めて岩田さんという人の一端に触れられた。

岩田さんという人は、普通の人が持ち得ないような多面性がある。
もともとプログラマーで、ゲーム業界では実力者として名を馳せた人のようだ。頭の使い方も、問題があるとその本質を探し解決するという思考法が高度に身についている人のようだ。極めて論理的な考え方を好む方である。

そしてリーダーとしては、ビジョンを掲げるのがうまい。任天堂の社長となり、Wiiの陣頭指揮を取った際には、「本体の暑さはDVDケース3枚分に」という目標を掲げたという。できるかいなかわからない目標を掲げ、チームをその方向に伸ばしていく、まさにリーダーである。

その一方で、1対1の面談をとても重視する人だった。HAL研究所の社長時代から、半年ごとに社員全員との面談を欠かせなかったという。短い人で20分、長い人だと3時間。ようは、相手が「スッキリした」と思ってもらえるまでやる。徹底的に目の前の人を大切にする人だ。

そして、何よりも「人に喜んでもらうのが好き」と公言してはばからない。チームに新しく入っても、これまでいた人の仕事を大切にしながら、成果を出す。困っている人がいたら助けたい。自分ができることはないかを常に考えている。いわば縁の下の力持ちのような存在を、ご自身は望んでおられたのかもしれない。

とはいえ、社長に就任し、任天堂を代表してスピーチすることなど、「自分がやるのが合理的」と客観的な判断を下せる人だ。

何より、自分の得意なこと、不得手なことを熟知されている方だったのではないか。そして、得意なことをして人に喜んでもらえるのが自分もハッピー。自分と周囲との関係が綺麗につながっている。人のために役に立てるならと、自分の力を惜しみなく周囲に注いだ人。そのやり方で数千人規模の会社を経営された。ご本人が思い描いていた人生とは思えないが、そのときどきで、岩田さんが「こうしよう」と決めたことの積み重ねこられた。その道筋ではないか。

岩田さんとの交友が深かった糸井重里さんは、本書で岩田さんのことをいい意味で「野暮」と書かれている。「その野暮さがすごくいいんです」と。「野暮」の意味をあらためてネットで調べてみると「世情や人情の機微に疎いこと」や「洗練されていないこと」という意味が出てくる。器用に立ち回りをするような人じゃなかったのではないか。糸井さんならではの形容の仕方である。

どの頁にも暖かい言葉が溢れている。サブタイトルの「岩田聡はこんなことを話していた。」の通り、直接語りかけてくれるかのように、やさしい言葉で印象的な言葉が綴られている。

例えば、「大きな組織になるほど『今回はこれにこだわると決めた!』みたいなことが必要になてくるんですよ」「本気で怒る人にも、本気でよろこぶ人にも、出会えるのが働くことの面白さじゃないですかね」「わたしはきっと当事者になりたい人なんです。あらゆることで、傍観者じゃなくて当事者になりたいんです。誰かのお役に立ったり、誰かがよろこんでくれたり、お客さんがうれしいと思ったり、なにかをもたらす当事者でいつもいたいんです」
そして最後は、「わたしが経験してきたことで、無駄だったと思うことなんてないんです」と。

岩田さんのようになりたいとはあまりにおこがましい。岩田さんのような人と一緒に仕事をしたいというのも受け身すぎるか。せめて、岩田さんのような人と一緒に仕事をできる人になりたい、と切に思った。


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