初めての「スタミナ苑」訪問記

思いがけないお誘い

先日、堀内勉さんから「久しぶりにご飯に行きませんか?」という簡単な文面のメッセージをもらった。

堀内さんはいくつもの顔を持つ。バンカーとして大手不動産会社のCFOなども歴任。著書『ファイナンスの哲学』は金融論を超えた、資本主義と人間社会の幸せを問う壮大な世界観である。現在も多摩大学社会的投資研究所の副所長として、金融の力で社会課題を解決する試みをされている。

一方でリゾート開発会社の会長やアートマネジメント会社の社長、日本ガストロノミー協会の理事なども務め、文化にも造詣が深く、僕の知り合いきっての美食家でもある。その多面的な才能の一端は、書評サイトHONZの執筆者として遺憾無く発揮されていて、堀内さんが紹介する本はジャンルにこだわらずどれも読んでみたくさせる書きっぷりである。

お話は面白いし、美味しい食事も堪能できる。会食相手として最高。その堀内さんからの誘いとあらば、どこへでも馳せ煎じる。

「もちろんです」とお返事をした後に日程が決まった。すると「この店はいかがでしょう」と言って貼られていたリンクは、なんと焼肉屋の「スタミナ苑」であった。

焼肉にハマった10年前の忘れ物

スタミナ苑――。ここは、僕が最も行きたいと思っていながら行っていない店である。というのも、僕は10年ほど前、焼肉を異常なほど食べていた時期があった。

焼肉にハマったのは、知り合いに「よろにく」に連れて行ってもらったのがきっかけだった。それまで焼肉とは若者がガツガツ食べる典型的な食事だと思っていた。確かにお肉は好きだが、もう若くもないし焼肉はパワフル過ぎて胃にもたれる。そんな既成概念があったのだが、「よろにく」はそのイメージを一新させた。コースで供されるお肉の数々は、どれも洗練されていて、かつお肉だけのコースなのに全く飽きさせない。部位の違いが堪能でき、また出される順番が素晴らしく、料理はプレゼンテーションでもあるんだ、と。

この「よろにくの衝撃」以来、僕の焼肉店周りが始まった。東京が中心だったが大阪出張の際には、前泊して一人で数軒回ることもあった。店主と仲良くなると、その人のオススメの店も訪れる。気がつけば年間100回も焼肉を食べていて、自分なりの美味しい焼肉、好きなお店がわかるようになってきた。

今でも焼肉は好きだが、行く店はだいたい決まっていて、最近は新しい店を開拓する回数も減ってきた。

焼肉はいったん卒業。しかし、「スタミナ苑」と言う科目を履修していない自覚はずっとあった。「よろにく」の店長からも「行くべき」と何度も言われていたのだが、場所が東京の東でしかも駅から遠く、かつ予約を受け入れていない。行くには開店前から並ぶ必要がある。これがネックとなっていて、「いつか行くべき」をずっと放置していた。そんなスタミナ苑に行くことになったのだ。

万全を喫して、いざスタミナ苑へ

当日、ランチは10時半にサンドイッチのみ。これで夜まで持たす。
仕事は15時からのミーティングが入っていたが、16時には終わるようにお願いする(関係者の皆さん、こんな用ですいませんでした)。時間きっちりに打ち合わせを終え、走って恵比寿駅に行き堀内さんと合流。スタミナ苑に行くには就業時間後に行動するのでは難しい。堀内さんも「時間が自由になりそうな人」ということで誘ってくれたらしい。光栄です。
ここからJRで赤羽駅まで行き、そこからタクシー。運転手さんには店名だけで通じた。約15分でスタミナ苑に到着。日本トップクラスの焼肉店は、住宅街にあり、建物も「町の食堂」風情のごくごく庶民的なものだ。開店前だが既に50人ほどの人が列を作っている。人通りも多くないごく普通の住宅街にポツンとある店に行列ができている光景は異様である。

17時にお店がオープン。残念ながら僕らは1順目に入れなかったが、堀内さんとの会話が弾む。堀内さんが初めてスタミナ苑に行ったのはもう30年ほど前という。当時の銀行員時代の話から始まり、資本主義の話から、大学やガストロノミー協会の話し、さらには旅行や普段の料理の話まで。その間、徐々にお店から人が出てくる。場所が場所なだけに、店の前には呼ばれたタクシーが並ぶのだが、それがまるでホテルや高級レストランの前の光景のようで、「町の食堂」とのギャップがまた異様。

19時、いよいよ僕らが呼ばれた。お店の前に置かれたゴミ袋のようなビニール袋を取り、そこにコートなどを入れていざ入店。注文は並んでいる間に済ませていたので、席に着いてしばらくすると飲み物や料理が次々と出てくる。いよいよ本番。ちょっと変な緊張を感じたが、堀内さんも久しぶりのスタミナ苑にワクワクしている様子だ。

この日注文したお肉は、タン、ハラミ、カルビ、ミスジ、レバー、ホルモンミックス。その他、コムタンスープ、モツ味噌煮込み、サラダ、モヤシ、キムチ、それにご飯も。お肉はどれも包丁が丁寧に入れられているので、噛む楽しさが味わえる。おまけにタレがめちゃうまいので、ご飯が進む進む。堀内さんはモツ味噌煮込みに感嘆し、僕はキムチに心打たれる。ホルモン系は驚くほど新鮮で、かつどれだけ丁寧に下処理をしたのか!レバーを口に入れると歯が気持ちよくレバーの中に入っていく。しかもふわっとまとわりつかない。ハツ、センマイ、ミノも同様に噛み応えと脂の乗りが絶妙ですごい!

食べ始めると僕らの会話はほとんどなくなっていた。料理を口に入れる度に、お互いに「おおー」とか「ウンウン」と唸りながら、次々とお肉を焼き、食べていく。「美味しいよね」というやりとりしか出てこない。気がついたら二人ともご飯をお代わりしていた。
どれも絶品、お腹も一杯一杯。

「美味しい」が幸せに。

食べ終わりトイレに行く際に店を見渡すと、どのお客さんも笑顔で幸せな顔が並んでいる。
ちょうどスタミナ苑に行くことが決まった後、店主の豊島雅信さんが書かれた『行列日本一スタミナ苑の繁盛哲学』を読んだ(堀内さんもHONZで書評を書かれている)。

この本では、豊島さんはスタミナ苑で45年間に渡り、美味しい料理を出すことに専念してきたことが書かれている。いいお肉や内臓を仕入れるために納入業者との信頼関係を築くこと。そして届いたお肉を時間をかけて丁寧にした処理すること。それは細かな筋を取り除くなど、根気の賜物である。仕込みや閉店後の深夜になり、毎日15時間働くという。しかも立ち仕事なので、体が悲鳴をあげているところもあると言う。そこまでする豊島さんの思いは、お客さんに喜んでもらうこと。

こう書くと、よくある話に聞こえるが、実際にお店に行ってお客さんの顔を見ると、豊島さんの思いが結実している様子がよくわかる。サービスは店員さんにも徹底されていて、忙しい中厨房からやってくる豊島さんも、わずかなやりとりでエンターテイナーのように客を喜ばす。
お店を出る際には「ごちそうさま」ではなく、思わず「ありがとうございました」という言葉が出た。

お会計を済ませ、タクシーに乗り込むと、されまでの興奮が落ち着いてきて、満たされた安堵感が訪れた。お店で味わったことを思い返すと、それは「よろにく」以来の衝撃であった。

赤羽駅で堀内さんと別れたのは21時ごろ。「食べていた」時間は1時間ほどだが、「食事を楽しんだ」時間は5時間だ。

気の置けない人と気持ちを共有し、家では絶対に食べられないプロの料理を味わう。これが外食の真骨頂だと思った。


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岩佐 文夫

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