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七夕前夜(3)(完)【短編】

創作短編『七夕前夜』の続き。こちらで完結します。
※フィクションです。実在の人物、土地、出来事とは関係ありません。

概要

終夜 彼らの反旗


『誕生日おめでとう。今年は直接会って祝えなくてすみません。残念です。
 これからどうなっていくか分からない、相変わらずの毎日ですね。それでも、こんな俺と繋がっていたいと思ってくれてて、本当に嬉しいです。
 お陰でしんどい時も頑張れてます。ありがとう。詩織が、好きです。』

 何度も書き直したような、下書きの跡だらけの便箋に綴られた、数行のメッセージ。
 彼の想い全てが、目から頭、そして心の奥まで一気に伝わる。身体が芯から震え、詩織はその場に座り込んだ。目頭が痛くなり、気がついた時には、一筋の滴が頬を伝っていた。
 次第に視界が霞み、書かれていた文字がぼやける。そんな自分に気づいた瞬間、我を忘れ、子供に戻ったように、全身全霊で――泣いた。


 師走しわすに入り、季節は冬になった。クリスマスムードが、例年より控えめに日本中に漂う中、龍彦から一通のメールが届いた。
 通信アプリのメッセージでも手紙でも無い、久しぶりのメール。開いた瞬間、詩織は目を疑った。痛いほどに、心が揺さぶられる。

『内定、決まりました。会ってくれますか?』

 迷いなんて、ない。すぐにでも飛んで行きたい。けど、いいのだろうか。大丈夫だろうか。様々な思いが、脳内をぐるぐる駆け巡る。

 ──就職内定なんて、一大事。こんな時なら、一度だけなら、祝いに会いに行っても、世間も……神様も、赦してくれる……?

 そんな願いを、繰り返し何度も、目に見えないに、い続けた。


 去年、いつも待ち合わせしていた場所で、約一年ぶりに、二人は外で顔を合わせた。夜更けの公園に人気ひとけはあまり無い。

「久しぶり……ですね」
「……うん。就職、おめでとう。良かった……」

 二人きりに近い状況にもかかわらず、先程から共にぎこちなく、なかなか言葉が出て来ない。落ち着いてくれない心を抑えながら向かい合ったものの、妙な懐かしさに緊張しているためか、なかなか次の言葉を発せないでいる。
 ビデオ通話で顔だけは見ていたのに、全然知らない人のように見える反面、いきなり一年前にタイムスリップしたようにも感じられる事が、不思議だった。

 キン、と冷え込む、真冬の澄んだ空気の中、そんな歯がゆい、妙な感情をいだきながらも、ようやく覚悟を決め、龍彦は……切り出した。

「詩織」

 はっ、と彼を凝視した。名前だけで呼ばれるのは、手紙以来。それも、で、だ。

「一緒に、暮らしませんか。……籍も入れて」
「…………!!」

 詩織が生まれて初めて聞く、耳慣れないけれども、確固たる、愛の意思表示。

「七月六日、に届け……出しましょう」
「いいの? 私で、いいの……!?」

 信じられない、と言わんばかりに、掠れた声を震わせる彼女に、変わらず冷静に、龍彦は続ける。

「あんま金無いんで……狭い部屋しか借りられないすけど……」

 ぶんぶん、と勢いよく、詩織は首を左右に振る。誕生日にもらったオーデコロンの、甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、勇気を吹き込む。

「指輪とかも、今すぐ用意できないし……」
「……いい。龍くんが側にいるなら……喧嘩もするかも、しれないけど…… こうして会って話せるなら、それで、いい……!!」

 喉から絞り出すように叫び、訴える彼女を、人気は無いとはいえ、外の公共の場で、思わず龍彦は抱き寄せる。考えるより、先に身体が動いた。

「私も働くし、一緒なら、どうなっても……頑張っていける……」
「シオ」
「だって、式の時は、神様に誓うんでしょ?」

 少し眉をひそめ、不思議そうに見返す彼に、涙混じりの顔で、しっかりと詩織は説いた。

「『病める時も、健やかなる時も』」

 驚いたように、龍彦の瞳孔が開いた。そんな彼に、まじないをかけるように続ける。

「『れを愛し、此れを敬い』」

「「『死が二人を別つまで』」」

 高低音の二種の声が重なり、どこか神聖な静寂の空間に、やわく、響く。

「……この先、どうなるか分からないけど、生きよう。万が一、の時は……」

 少し俯き、口ごもった彼女の後に、龍彦は続ける。

「……その時も、一緒」

 覚悟を新たにするように、詩織は彼の背中を抱きしめ、泣き顔のまま、笑った。

「うん。

 相手の命を救えるなら……と、諦めて別れる事もいつも互いに考えていた。自分の気持ちがそこまであたいするのかと、躊躇ちゅうちょしていた。
 だが、他の理由で無くすのなら、大切な人のが死ぬのなら、何が何でも側にいて、助け合って、息をして……ギリギリまで生き抜いてやる。
 もしも、これが終わらない夜なのならば、二人でささやかな光を灯していく。そんな風に、今は……想う。

 これは彼らの誓いであり、万物ばんぶつすがままにする世界への、精一杯の抵抗で……“反旗はんき”だ。

【完】

 #創作大賞2023 

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