恋愛短編小説

雪崩(種族シリーズ)

その雪山の麓にあるお堂に我々は住んでいた。

お堂は雪花石膏(アラバスタ―)を思わせるように滑らかに真っ白く、ひんやりと美しい。

それは氷でできたような、ガラスのような、精巧にできた飴細工のような透明な柱に支えられている。

雪景色に映えるその堂々と落ち着いた見た目は反って感傷的であり、いかにも繊細な素材で作られているばかりに、いつ崩れてもおかしくはなかった。

移民族の我々はこれまでにもさんざ

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美しい悲哀の青と誘惑の闇(種族シリーズ)

お兄さん、あなたの名前を呼ぶよ。

あなたはまことに、暗黒の夜の闇である。

しかし、悪魔と呼ぶにはあまりにも優しく軽快なユーモアのある眼差し・・その眼は長年使い古しながらも常に磨きたててある刃物のような鋭い輝きを帯び、夜霧のような深い憂鬱を漂わせながらも、非常に長い年月をかけて醗酵した黒葡萄酒のような潤いをたたえている。

そして、経験の豊富さを象徴すべく果てしない夜の底へと沈み込んでしまいそう

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家(種族シリーズ)

たとえば、ある日突然自分の身の上に不幸が起こり、その思いがけずに襲った恐怖の波に溺れそうになりながらもやっと一つの小さな気持ちの良い島に辿り着いたとする。藁にもすがるような思いでやっと手に入れたスペースなのだから、ああこの場所こそが、自分たちの求めていた場所だと半ば錯覚を起こしながらも身を擦り付けてでも動きたくなくなるだろう。しかしその唯一の場所がひび割れをし始め、非情にもどす黒い濁水が割れ目から

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儚いもの(種族シリーズ)

嵐が去った後のような気持のいい静かな夜が幾日も続いた。

しかし、その闇の中には何か重大なことを秘めているような、その沈黙を頑なに守っているかのような強固な意志が伝わってくるようで落ち着かない気持ちにさせられる。

星明かりに照らされた寝室は青味を帯び、時間帯もいつも曖昧であるだけに現実味のない夢想(ゆめ)的な空間を作っている。

その空間は、やがて半透明な膜で覆われはじめ、より一層、非現実性を増

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子どもな社会人の話③

フローリングに横になっていたらどうやら朝になってしまったようだった。体を起こすと腰が痛かった。ちゃんと布団で寝るべきだったなあ、と一瞬だけ後悔する。昨日初めて着たあたらしいTシャツがしわしわになってしまっている。

コンビニの袋から焼売弁当を出す。箸でご飯をつまんで口に運ぶ。バイト先の店の金で食べる弁当はどうだ?と自分に問う。

うん、普通に美味しい。

わたしは焼売弁当が好きだった。

ご飯を食

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依存症ー後篇

先々月に書いた短編小説の後篇です。
特に何も起こらない日常のなかの、女々しい男の子のお話です。

前篇は此方から→https://note.mu/cerennnao/n/nc420e7cc1348

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マンションに戻る。
誰もいない小さな箱部屋は、ほんの数十分で蒸し暑さにやられていた。
僕はクーラーのスイッチを入れて、手に持っていたコンビニ袋をテレビの前のテーブルの上に置い

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依存症ー前篇

先月に書いた短編小説の前篇です。
特に何も起こらない日常のなかの、女々しい男の子のお話です。

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深夜のニュースが聞こえる。
テレビの青い光だけが、暗い夜の部屋に溶け込んでいく。
体温のないベッドからその光を眺めていた僕は、まるで終わりを迎えてしまった人間のようだった。
クーラーの静かな風が耳を撫でるが、暑さも寒さも判断しづらくなったこの身体は、多分孤独というものを表現し

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【創作小説】あるいは、終わりともいえる始まり

「先生、まさかとは思いますけど……まだ1文字も書けてない、なんてことはありませんよね?」

まさに、恐る恐る、といった体で、若い男の編集者が私に尋ねてくる。

私は凝り固まった眉間を指でグリグリとほぐしながら、低く唸るように返した。

「ああ、その通りだが?」
「その通りだが?じゃないっすよまったくもう!〆切がいつだか分かってます!?明日っすよ!?」
「ふっ、案ずるな編集よ」

おろおろと情けなく

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短編小説【シティーボーイ街道】

5月10日。暖かくなりはじめ、過ごしやすくなってきた。寝ぼけた目を覚ますために、洗面台に移動する。まだ毛先が綺麗な歯ブラシで歯を磨く。この一連の動作が体になじんでいることを男は感じていた。
 4月から新天地に移り、一人暮らしをはじめた。何もなかった洗面台にはコップと髭剃りが置かれ、棚の中にはティッシュと代えの洗剤が入っている。
 必要なものも一通り揃い、周りには挨拶をしたら返してくれる人もちらほら

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短編小説【記憶】

沙織は、玄関が閉じたのを確認すると、ハイヒールを脱ぎ捨て、ベッドにそのまま倒れこんだ。
 バッグに入っているスマホは、そんな沙織を怒ったようにブーブー震えている。
―今日ぐらい、いいじゃんか
 沙織は恨めし気にバッグを見つめながら口をすぼめる。
 今日は沙織にとって最悪の一日だった。仕事はどうしても手につかず、意気込んでいたエリートとのコンパでは、やけ酒を飲んでしまい台無しにしてしまった。
 ベッ

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