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【仕事】教師は、プロセスエコノミーの視点で働こうよ。

数年前から、プロセスエコノミーという言葉が聞こえてくるようになった。

商品や制作物といったアウトプットだけではなく、それらを生み出す過程(プロセス)自体が収益をもたらすという考え方らしい。

確かに、制作物を創造していく過程をオンラインサロンなどで公開したり、オーディション番組などでアイドル輩出までの行程を放送していたり、と身近なところでも目にすることが増えた手法。
賛同したり同調したりすれば、その視聴者やファンは応援を「課金」という形で表すことができる仕組み。

私は公立校で働く教職者なので、「収益」とか「課金」て言葉はこれまで正直あまりピンと来なかった。
だから自分にはそんなに関係が深いものではないという捉え方をしていた、このプロセスエコノミー。

ここ1年、仕事における自分の熱のかけ方や方向性の微調整をしていたところ。
そんな中、ある気づきを機に、もしかしてプロセスエコノミーって、教育カテゴリーでも十分生きてくる概念なんじゃないかって思い始めた。

ここで、プロセスエコノミーの考え方を「学校」に落とし込んでみる。

私が考えた在り方は「二重構造」。

【構造の一重目】
クラスの生徒たちは、担任の私が、
・どんな指導をしていくのか
・どういうクラスを創っていくのか
を間近で見ている。

その指導観に賛同した生徒たち。
担任の思いを汲み、より良い学校生活が送れるように、または進路実現に向けて学業に打ち込めるように、同じ針路をとる。
担任が示すプロセスに生徒が「乗る」イメージ。

【構造の二重目】
上記の内側を覆う外側のプロセスエコノミーは、創り上げられていくクラスを外から見ている外野が、「頑張ってるな」と応援してくれる。
学校におけるステークホルダーは複数あるが、ここでいう「外野」は、当該クラスの保護者だけでなく、本来は身内である校内の職員たちも該当する。気持ちやサポートという形で応援を受けるイメージ。

当然、このプロセスエコノミーにて利益は可視化できない。形にできない無形利益がどのくらい価値があるのかは、人それぞれ物差しが違う以上、測れないもの。

けれど、最近の私は自分が身を置く領域で「収益」を感じ取っている。自分に共感した者が、こちらの指導を信用してくれているって意味で。

公立校勤務の教師は、どんな働き方をしても給与に影響がない。
つまり頑張っても頑張らなくても、給料が一定水準で、年功序列にて徐々に上がっていく。
だから、どんなに良いクラス経営をしたとて、どれだけ生徒の進路実現に寄与したとて、もらえるお金は一緒。

その上、世間から教師は「聖職者」という位置付けにされることもある。
その観点で言えば、「金」とか「利益」の言葉を使用すること自体低俗に思われるかもしれないし、常に潔白でいないとっていうプレッシャーがつきまとうかもしれない。

でも、その考え方は古い。
そもそも「金」や「利益」は下世話な話題の代表格ではない(日本ではそう捉えることがかつては多かったけれど)。
今は、生き生き働いてきちんと稼ぐことは、とても大切なことという考え方がデフォルトになってきた。だからこそ、利益を出すことやお金を生み出すことに対して、良い意味で前のめりになることはこの時代を生きることに不可欠であるのでは。

じゃあ、お金に直結しない仕事で利益を生み出すとは?

やはり、ステークホルダーから信頼を得ることだと考える。
学校なら、

・この先生についていきたい
・この先生の考え方が素敵だ
・この先生を信じよう

そう思ってもらえるなら、教師冥利に尽きる。が、そうなるまでは大変。
生徒との初顔合わせから数日でこの状況には絶対にならない。毎日毎日、地味だけど大切な細かいことをやり続けて、ようやくそのチリツモが効果を発揮していく。限りなくゆっくりと。漏斗から流れ出る水より、ずっとずっとスロー。

当然、教師だって人だから、生徒や保護者との相性がある。もちろん、全員からそう思われようとは欲張りな私だって全く思っていない。

しかし最近実施した生徒・保護者からの無記名評価アンケートに、私へ向けて並んだ「親身」の言葉を見ることになった。俗にいう、「利益」が生まれたことを実感した。
下品ではない、ちゃんとした「利益」。

かつて私は、他人からの評価について、こんな考えをしていた。

若い頃はプロセス重視だったけど、今は結果重視にシフト中という趣旨の内容。

でもやっぱりこの仕事において「プロセス」の持つ威力は大きいと考え直した。
投資の世界だって、少額投資・長期スパンで継続すれば、複利効果が抜群。
「結果的に」だけど、プロセスが生む利益のパワーは偉大である。

そもそも論。
人を育てる仕事にプロセスはつきもの。
利益はお金だろうと信頼だろうと、やはりプロセスの重要性は避けられない。

さらには、信頼が回り回って別の形の利益をもたらしたりもする(例えば手頃なところで言えば、先生や学校のクチコミなど)。

仕事にプライドを持つ。
胸を張って、利益を出そうという熱意を持って働く。


それは、自分が大事に思っていることを生徒に伝えること。
プロセスを示すこと、共有すること。

胡座をかかない。
ちゃんと投資する。
コツコツ積み立てていく。
すぐに結果が出なくても、来るべき時のために。

このことをテーマに考えて、自分なりに出した答えの1つがある。
それは教職従事者だからって、「他の職種と違わない」という着眼。
利益を出すことやお金を稼ぐことが当然重視される民間企業とそうでない見られ方が強い教育業種を、意図的に乖離させる必要はない。
お金・利益は手段であり、働くことの目的が持つ意義はもっともっと広域で深いもの。
そしてお金・利益そのものとの縁が強い業種は、それらと縁が強くない教育現場とも、突き詰めれば延長線上で重なり得るもの。
強いては、同じように「社会のため」であるべきもの。

だから、時代の流れで「プロセスエコノミーの波がやってきた!」ってタイミングで、「いやでも教育は無関係でしょ」っていう直感で安易に解を出しちゃいけない。
「教育は、経済の領域へ足を踏み込むべからず。」なんていう時代ではもうない!
経済のメガネで社会を視ながら、得た知見を教育に反映させるべし。

うまく言語化できないのだけれど、なんとなく考えたことを文字に綴ってみた。
年度末に近づき、教師にとって、この1年間を振り返る季節がやってきた。
今年度、私が創った轍から生み出されたものはなんだろうか。

それはきっと、生徒が教えてくれる。
あと2ヶ月。年度末まで頑張るとするか。
教師の皆さん、お疲れさま。

では、また!

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