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〈倫理の教本〉考えるあなたのための倫理入門 (メアリー ウォーノック・元 英国 哲学者 女性男爵)を読んでの文 3

◎ 倫理(道徳哲学)の本を読んでの、感想と考えついたことを 書いていきたいと思います。

△メアリー ウォーノック氏 談、(動物の権利に ついてで)
市民社会とは、権利と義務が承認される 社会であると。(つまり、教えれば、そのような論理が理解できる動物でと)
動物が人間と対等な存在として、市民社会に迎え入れられるなどは、考えられないと。
そして 人間が他の動物より道徳的に 優先されると、進んで認めると。
(ピーター シンガーは、反対するだろうがと)

※ 私見では、前記の問題は 知能の問題だといえます。私が考えるに、人間が他の動物よりも 道徳的に優先される理由は、地球の生態系 保全ができるためが 第一の理由にした方が よいと考えます。
何かが理解できる、計算ができる、文が書けるとか のみでは、人間より知能高いもの(異星人・未来AI 等)が現れたときに、人類は何も 言えなくなってしまう。(人類は知能も低いし、生産性も低いので 、安楽死してもらう とか、 奴隷になってもらう と言われたら、どうするか?)
これは 非常に よからぬことであると、考えています。
そして、ウォーノック先生も「人間は自然を尊重し 多様性を称賛し愛する責務があると」 言っておられます。
(非常に共感できる 言葉です)

※ それから 知能が高いで、知能が低いものを残酷に扱ってはならないは、道徳心からみて 当然であると考えます。

※ この書には、ウォーノック先生の 道徳が他の概念(権利・義務・正義)に対する優位性が 示されています。
(納得のいく、素晴らしい内容です)

※ また、この書には、法的には違法でなくても 道徳的(法より優位な)には、悪である、ことがある と書かれいます。

※ 私見で、全く同感ですし、心理的嫌がらせをして、人を追い詰め 自殺させるなどは もってのほかです。(数ヶ月前にも、日本で お笑いの方が自殺に 追い込まれましたが、許されないことです)

・そしてウォーノック氏、どのような義務においても、何かの権利があるわけではないと、 はっきりと言われています。
(例として、経済力があるから ない者、子供とか 貧乏な老人 に何をしてもいい、何を言ってもいい 等)

※ ウォーノック先生は、正義に関することでも、人間心理の真を理解した 意見を述べられています。
(素晴らしい意見です、是非読んで頂きたいです)

△ウォーノック氏、我々は より身近な悪に目を向けず、政府を批判することがあるが、これはよくないことであると。あとで、自分らが困ることになると。

※ 古典でも あるように、自分ができていないことを、他者に求めることは恥ずべきことと。
そして、その国の政治のレベルは 国民のレベル。と言われてます。
(福沢諭吉 談、悪い政治・つまり悪い社会は、国民の無知からと)
(少し、みにつまされる 思いですが)
・そして 喩えとして、人の腸内でも 悪玉菌より 善玉菌が多い方が いいに決まっています。
よって人も社会も、善が多くなる様に努力する ことが必要であると、でないと悪が多くなり(油断していると 悪はすぐに大きく増える)、身体や社会がおかしくなる、または死んでしまう、があります。

・よって、善い ものごとへの努力は必須です。
そして、歴史上の賢人達が言われている通り、善には日々の努力が必要であると。
(最高法規)日本国憲法中にも、国民の権利(人権・自由等)は、国民の不断の努力によって 守らないといけないと、書かれいます。

④(倫理の源)

△公共道徳においては、個人の特性はどうあれ、皆 平等であると。
(民主主義の考えです)

△道徳判断(倫理)は、宗教のあとを継ぐものではない、ということを示す必要があると。
(しっかりとした論理がいる、説明すれば 多くの人が納得するものがいると、考えます)

△カントによると、理性が道徳の元であると。しかしウォーノック氏 、人が持つ能力や傾向性と切り離されていると。(批判的)

※ 私見では、確かにカントの言うことは、万人に当てはまる 訳ではない、道徳心 余りない者もいる。(遺伝的にせよ 経験的にせよ)
ジョン・スチュアート・ミル の言う様に、野蛮人は対象外なのかもしれない。
しかし道徳的(民主主義)に見れば、善い社会づくりも当然あるので、やはり 人々の知性と道徳レベルを上げよと、なります。(野蛮人・老害・反社・拝金主義者 等を減らす 努力も必要)

△本書中ウォーノック氏、デイヴィット ヒュームの言う様に、人間に利他心などない、我々に差異はない、という者は、放っておくべきと。
我々は事実へ戻ることにすると。
(詭弁家は論外ということです。近年 netの世界でいろいろ いるみたいですが)
・人間には、他の動物とは違い 利他心はあると。(もちろんです・一部の動物は あるみたいですが、それでも 人程では?)
※人間には、想像力・共感力・抽象的思考力があります。
そして利他心を持つ、当事者意識を持つには、ウォーノック先生の言う通り 教育が大事です。(読書体験等 含む)
あとは、他から(家族・友人 知人・メディア)の 良い情報がいると、考えられます。(人は周りに影響されやすい、神や仏と狂人でもない限り)

△ウォーノック氏、同情心(利他心とも)広ければ いいというものではないと。肝心なことが おろそかになる場合もありと。(自分が責任ある仕事とか。医療とかインフラ、公共的に関わる人等は特に)

・そして利他心も、なにかに対する深さが必要であると。

※ 私見で、このことは 他のこと(学問・科学技術・経営 等)にも いえることと考えます。
まず、その道で深く探求し(実践し)、何かの答えを出す人が必要。
あとから、専門家なり 他分野の人なりが、 ここがおかしい とかで修正・改善を申し立て、次々と善いもの、レベルの高いもの、人々の役に立つものへ
成っていくと 考えられます。
(あとから、欠点だけを あげつらうのみなら、どんな野蛮人にもできます)

△道徳は、個人が道徳的に 善いことを しようという 動機がなければ、公共道徳は、地に落ちるだろうと 言われています。
(確かに、見せかけだけの 偽善的なものになってしまう。結局 金銭のみとか、売名行為などに)

△ウォーノック氏、倫理(善 悪の判断、善い方向性へ)の仕組の必要は、人間が持つ 必要からであると。

※ 私見では、その通りと思いますし、人は大なり小なり社会(集団)がないと、まともな健康的・文化的 生活はできない、助け合い 互恵関係は必須といえます。そして 個体数 多い方が、集団で 様々なレベル上がりますし、多様性ありで 面白い世の中(物語)ができていきます。
なので、倫理の仕組は 絶対必要で、創りあげる ことがいります。

※(次へ)



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