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#46 誘い

「結城さん、いつもこのくらいの時間にお帰りですか?」

会社の帰りの電車で偶然同じ車両に乗り合わせた高梨さんが、まさか話しかけてくるとは思わなかったからちょっと驚いた顔をしてしまったかもしれない。慌ててヒールのかかとをきっちり合わせて高梨さんをまっすぐに見つめた。高梨さんは関連会社の営業マンだ。

「あ、はい。大体このくらいの時間です」

「そうなんですか、お疲れ様です。僕は今日はかなり早めです。ちょっと大きな仕事が取れたんで久しぶりに早くに帰ろうかなって」

「そうなんですね、それはおめでとうございます」

大きな仕事が取れたと話す高梨さんは素直にうれしそうにしていて、なんだか可愛らしい。

「ありがとうございます。今日はちょっとお祝いしたい気分だなあ」

そう言って、今度は白い歯を見せて控えめに声を出して笑った。私もつられて笑った。会社でときどき会う高梨さんはいつも明るくて爽やかで、営業マンそのもののような人なんだけど社外でもこんなふうに自然に話す人なんだと思って、もともとの良い印象がさらに良くなった。

「結城さん」

「はい」

「もしお時間があったら、一緒にお祝いしてくれませんか? 次の駅を降りたらお気に入りのイタリアンの店があって、突然食べに行きたくなりました。一人で乾杯も寂しいんで、よかったら付き合ってください」

突然の誘いに驚いて、思わず高梨さんの目をじっと見つめてしまう。それほど親しいわけでもないのにこんな気軽に誘ってくれるなんて、どうしたらいいんだろう。

迷うと同時に中山さんの顔が頭に浮かんだ。でもそこにもう一人の人影がスッと差し込んでくる。奥さんだ。疲れた様子でベッドに横たわっている奥さんのそばで中山さんが心配した表情で寄り添っている。それを見つめる私の目に黒い何かがじわっと広がる。私の心の奥には嫉妬という感情がいつもあって嫌だな。不倫なんて嫌な感情と幸せな感情が隣り合わせ。そんなことを考えてしまった。

それから高梨さんが発した「寂しい」という言葉に、私の心が共鳴している。

私は奥さんのいる中山さんを好きになったときからずっと、寂しさを抱えているから。


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どの回も短めです。よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を最初から追ってみてください。さやかの切ない思いがたくさんあふれています。

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