VINTAGE⑦【CDからMDへ……そして音楽はどこへ行く】

【時代設定を理解していただくため、あらかじめこのお話は2002年ごろでございます】

日曜の午後、VINTAGEのカウンターには自分とミュージシャンのSさんがいた。夏がさっぱり隠れる様子もなく、9月中旬だというのに、外はまるでフライパンの上。Sさんはホットコーヒーを飲んでいる。自分はというと……アイスコーヒーだ。銘柄当てはいったん休憩。とにかく冷たい飲み物で体の中から冷やしたいのだ。

「SさんはCD出さないんですか」

素朴な質問だが、聞いてみた。

「う~ん。どうかなぁ。作ってはいるんだけどね」

そこで、いろいろ話をしていくうちに、音楽を録音して持ち歩くことについて話が及んだ。

「昔はLPだった。家で聞くもんだったけど、やがてCDになって…」

画像2

Sさんは淡々と話し始めた。少し寂しそうな顔をしていたのが印象的だった。

「でもレコードでもちょっと外で聞く頃ができるものもありましたよね?スピッツの『ロビンソン』PVで見たことありますよ」

画像1

「でも、ほとんどは家に置かれていたタイプじゃないかな。レコードを持ち歩いたところで、針は安定しないから音飛びで聞けないよ。ポータブルだって、結局はどこかに置いて、針を落として、音楽を楽しむっていう感じで、結局は家の中で聞いているのと変わらないよ」

なおもSさんは淡々と話す。

「ウォークマンになって、カセットになってから、音楽と人の関係が変わりましたよね。音楽をBGMにして何か別のことをやるっているスタイルになったというか……それはMDになった今も変わってなくて、『音楽を持ち歩く』ていうスタイルはウォークマンのときからずっと引き継がれている感じですよね。MDでは4LPで音を圧縮して、自分たちには分からないくらいの違いで4倍録音できるようになって、色々変わっていきますよね」

画像3

それまで静かに話を聞いていたSさんが

「でも、それって上の部分と下の部分を切ってるから、実際の演奏をコンサートで聞くのとはやっぱり違うのかな」

おそらく音域の話だろう。

Sさんが堰を切ったように話し始める。

「音楽ってやっぱり足を運んで、聞きに来てくれるお客さんに演奏して、そのときにどう感じるのかだと思うんだよなぁ。なんかヒーリングCD買って、それを自宅で聞いて、『癒される~』とか、ほんとはありえないわけじゃん。高音域は切ってるわけだからさ。やっぱりヒーリング効果を期待するなら、コンサートに行って、生演奏聞かないとね」

「でも、最近のライブって、録音してるもの使っている場合が多いじゃないですか。ヒップホップとか、スクラッチは実際やって、歌ってるだけみたいな」

「う~ん。自分がやってる音楽ってそういうのじゃないからねぇ。実際音楽作ってる者の気持ちとしてはやっぱり生音は聞いてもらいたいよね」

彼はまた少し寂しげな顔を見せた。

この店で流れているBGMでさえも場面を飾る花でしかない。音楽がメインになる場所がどんどん狭まって聞く。CDやMDで音楽の本当の力が削がれた上で持ち歩き、その音楽の『雰囲気』だけを味わう世の中が長らく続いている。彼のように寂しさを感じるクリエイターは少なからずいるだろう。しかし、音楽を取りまく状況は年々厳しいものになっている。CDを販売してもレンタルでMDに落とされ、それが幾人にも広がっていく。音楽家に入ってくる収入はCDの売り上げ面で見ると、どんどん小さくなっている。

TK時代、月に何曲ものミリオンセラーが出たときとはもう違うのだ。しかも、それはもっと悪化していくだろう。インターネットを使った違法ダウンロード問題だ。MXやwinnyに代表される共有ソフトは音楽業界のみならず、ソフトウェア業界にも大きな打撃を与えている。

Sさんはコーヒーを飲みほした後に店の片隅にあったギターを弾き出した。楽しそうにいくつかのリフを弾くものだから、自分も少し笑顔になってしまう。そんな何気ない休日が終わっていく。音楽の未来を憂いて、今夜の刹那の音楽界を僕らは楽しんでいたのである。





福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》