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戦略的モラトリアム【大学生活編】(40)

5月末
肌にまとわりつく湿気。眼前に広がる水田と田んぼ道。懐かしい土の匂いだ。もう思い出したくもない重大の潜水生活。実家の埃のかぶった自分の部屋にボクはいた。両手に荷物。スーツを数着宅配便で先送り。荷物をまとめ数週間の実家帰りだ。
あぁなんだろう、この重い気分は。
まぁ不登校だった中学校に教育実習に行くことでハッピーになるヤツなんているわけないだろ?自分も例外なくそうだ。足取りも重く学校に向かうだろう。親の話もツーツーで聞き流し。この沈んだ気持ちはどうすればいい?

夜になると、そこら中からカエル?らしき鳴き声が耳障り。
AMをかけ、無理やり眠りにつくと、夢も見ずにあっという間に朝。

トンネルから出るように、パッと景色が変わる。しかもあっという間に。

教育実習初日
周りの実習生は白シャツに小ぎれいな身なりだらけ。とはいっても3人だけだが。自分はなぜか黄色シャツに緑ネクタイ。
就活と同じになりたくなかったというのが大きな理由だが、そもそも塾での恰好そのままに、いつもと同じ気持ちで教育実習に臨もうとする些細な抵抗の現れだ。

校長室に入るやいなや、怪訝な老人たちの群れ。歯の浮くような生真面目なスピーチを数分聞かせられ、職員室に移った。

「一人ずつ挨拶お願いします」

あぁ、どうしようか。正直に言うべきか否か。迷うところだ。しかし、隠したところで特はない。第一印象でいきなりの黄色シャツだからな。もう目立たないことは無理だろう。言うしかない。

「おはようございます。自分はここが母校ですが不登校で2年間通っていません。あまり思い出がない学校ですが、頑張ります。よろしくお願いします」

職員室からどよめきが起こった。「不登校」がどうやらパワーワードだったらしい。まぁ、言ってしまったのは仕方がないが、ここまで物議を醸しだすと、自分としても多少なりとも辛さはある。まぁ、どうにかなるさ。

楽観的な教育実習の見立ては教室に入っても変わることはなかった。紹介された後、教室の生徒たちにも一言。

まぁ、同じような内容で難なく1日をこなす。
部活もある程度は見たが5時過ぎには帰宅。自転車をこいで、中学生のように帰っていく。

「どうだった?」
家族の何気ない一言

どうもこうもない。予想通りの1日で感動も何もない。もちろん悪い気分ではないが、決して楽しい一日ではなかったのさ。

よく考えてみなよ。

不登校だった生徒が喜んで教育実習行くと思うか?

行くわけないよ。今日は渋々行ったのさ。得たものは何もない。あるのは職員室への不信感ぐらいだ。教員同士の気持ち悪い雑談が否が応でも耳に入ってくる。それを心に入れないように努めた1日だった。

「ここは塾だと思えばいい」
自分にこう言い聞かせながら、数週間を過ごす覚悟を決めた。
不登校生の逆襲で教育実習に向かうんだ。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》