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VINTAGE③【地球は誰のもの?】

カランカラン・・・・・・エアコンの冷たい風がアスファルトフライパンで炒められた大学生を労りながら迎えてくれる。

「さすがにアイスコーヒーです・・・・・・」

いらっしゃいの前に水分を取らないと・・・・・・

東京都の打ち水がテレビでも報道されていたが、あんなの意味あるのかな?単に不快指数を上げるだけのような気もするが・・・・・・。

「はい」  ・・・つ旦  ←(2chのAA的な)

キンキンに冷えたアイスコーヒーを愛でるように飲み干すと、トーストに舌鼓を打つ。下敷きで自分を扇ぎながら、涼んでいた昼下がり。ゆっくりと時間が過ぎていく。店内のBGMに夢現になりながら、トーストが2杯目のアイスコーヒーで流し込まれたとき、一人の老婆が入ってきた。70代くらいだろうか。白髪頭を後ろで結って、今どきかっていうほど時代錯誤なマルメガネ。魚眼レンズのように分厚い。

笑顔が板についたように自然にでる老婆だった。マスターと世間話を始めると、どうやら野良猫のことらしい。

猫好きなのだろうか。ニコニコしながら闊達に話が進む。

やがて、彼女が席を立って、会計を済ますと、足早に店を出て行った。自分は軽く会釈をして、挨拶を済ますと、杖をつきながらしっかりとした歩調で歩いて行った。。

すると、マスターが怪訝そうな顔をし始める。

「どうされたんですか?」

何気なく声をかけると、

「野良猫を虚勢に連れて行っているんだってさ。『人間の星であまり増えすぎたら困りますものね』なんていうものだからさ、頭にきちゃって。」

おお、少し社会倫理的な話だろうか。自分も猫は好きだ。故郷も猫は飼っていた。勿論去勢はしていなかったが。子孫を残すことが出来なくなることは人間にとっては辛いだろう。しかし、それはどんな動物でも同じなのだ。精神的に安定するとかそんな意見の前に後生に自分の子孫を残すことが出来ないのは生物の基本的な権利を奪う行為ではないのだろうか。

去勢に対してそれほど真剣に考えたことがなかった自を喚起したのは、マスターの静かな怒りだった。

「誰が地球は人間のものって決めたのよ?もう!」

静かな怒りは収まらない。
アイスコーヒーを啜ると自分の少年時代のことを思い返した。

遊びから帰ってくると、自分の部屋の障子が少し開いている。猫が自分で開けるのだ。嫌な予感がして、そっと部屋を覗くと、ポテトチップスの残骸が・・・・・・
「一番高いピザポテトだけ食いやがって!」
そこから小学生と飼い猫の壮絶な追いかけっこが始まる。勿論負けるのだが。

そんなおやつの戦いをしながら、知らない間に仲直りをして、夜は一緒に布団に潜っているのである。去勢せずにやんちゃなままのネコとの毎日は一匹一人とも真剣に生きていた。一生懸命に生きていた。そう、命に優劣はない。去勢して未来への継を奪う権利は誰にもないのだ。もし、奪うのであれば、それは神が奪うのであろう。我々はそのときを懸命に生きるだけだ。

マスターが物憂げな顔で煙草に火をつけると、あたりは夕暮れ。

「自分はそろそろ帰ります」

名残惜しく、店を後にし、自転車を漕ぐ。ゴミ捨て場に数匹のネコを見かけ、驚かさないよう、出来るだけ離れて走った。

そんな命の価値を知った日が今日も暮れていく。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》