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『チャールズ卿の事件簿~マリオ殺人事件』

僕は真野 康彦(まの やすひこ)。皆からはヤスと呼ばれている。
『ポートピア連続殺人事件』の犯人だ。
僕のことを知らない人でも「犯人はヤス」という言葉は、聞いたことがあるかもしれない。
それくらい有名な殺人犯の一人だ。

でも、それも今日で終わり。
僕は、昨日、刑務所から出て来たんだ。

事件から5年が経っていた。
懲役5年が長いのか短いのか、正直よく分からない。
ただ、僕が殺した「山川 耕造(やまかわ こうぞう)」も、相棒の川村も、相当ひどい詐欺をやっていたし、そのせいで、僕の両親が自殺したことが考慮されたと思う。
それと、妹の文江(ふみえ)は、共犯ではあるけれど、実際に手を下したわけではないから、執行猶予で済んだ。
『ポートピア連続殺人事件』は、もう終わったんだ。

そして今日は、僕の出所を祝い、かつての仲間たちが集まってくれている。
僕は会場の居酒屋に向かっていた。

(扉を開ける音)

神宮寺「おっ、主役の登場だな」

そう言いながら、タバコに火をつけたのは、神宮寺 三郎(じんぐうじさぶろう)。
新宿を縄張りにしている、神宮寺探偵事務所のボスだ。
これまでに「新宿中央公園殺人事件」や「横浜港連続殺人事件」などを解決している凄腕の探偵だ。

ヤス「神宮寺さん、お久しぶりです」
神宮寺「ヤスも元気そうだな。少し痩せたか?」
ヤス「刑務所の生活は規則正しいですからね。それより、まだタバコ吸ってるんですか?」
神宮寺「どんどん値上がりしてるから『禁煙するか、儲かる仕事を見付けるか、どちらかにしてください』って、洋子君には言われてるんだがね。
そう簡単には、止められんさ。昨日256回目の禁煙に失敗した。記録更新だ」
ヤス「あっ、ハイ」

(扉を開ける音)

空木「ごめん、遅れた」
神宮寺「よう、空木(うつぎ)。相変わらず薄らハンサムだな」
空木「そういう神宮寺さんも、相変わらず、ダンディじゃないか。いや、実際は助手の洋子さんに操縦されてるようなものだから、リモートコントロール・ダンディかな?」
神宮寺「こやつめ!」
空木「ハハハ」

今入って来た、爽やかなイケメン風の男は、空木俊介(うつぎ しゅんすけ)。
空木探偵事務所の所長だ。
過去に、遺産相続に絡む連続殺人事件や、私立高校のオカルトじみた殺人事件を解決している。
神宮寺さんに勝るとも劣らない優秀な探偵だ。

神宮寺「空木、最近どうだ?仕事の方は」
空木「いや~、さっぱりだよ。ヤスの出所祝いだし、景気のいい話ができたらって思ったんだけど…」
ヤス「そういえば、お二人とも、最近はどんな事件を扱ってるんです?」
神宮寺「そうだな…。最近扱った事件で言うと、『歌舞伎町 連続浮気調査密着24時』とか、『多摩ニュータウン 迷い犬連続捜索事件』といったところかな」
空木「神宮寺さんのところもそうか。僕も、専ら浮気調査と、いなくなった犬猫を探し回る仕事が多いよ。あと、ネットのデマの発言者を特定するやつ」
神宮寺「あ、空木、それもやってるんだ?俺は老眼でスマホとか見続けるの辛いから、そういうのは洋子君に任せてるよ」
空木「老眼は早くない?」
神宮寺「いや、意外と40代でも来るから、空木も気を付けた方がいいよ。スマホの見過ぎとか」
ヤス「お二人とも、結構地味な仕事が多いんですね…」
神宮寺「当たり前だろ。そんなに頻繁に、謎の密室殺人や連続殺人が起こったりするか?」
空木「我々探偵が暇だってことは、世の中がそれだけ平和だって証拠だよ」
ヤス「なるほど…」

(扉を開ける音)

チャールズ「諸君、久しぶり。元気にしているかね」

ヤス「チャールズ先生!」

この人は、チャールズ先生。
あの色々な意味で有名な『ミシシッピー殺人事件』を解決した名探偵だ。

実は、僕と、神宮寺さん、空木さんは、チャールズ先生が主催していた探偵学校の卒業生で、全員がチャールズ先生の教え子なんだ。
卒業後、神宮寺さんと空木さんは探偵になり、僕は警察官になった。そのあとのことは、みんなが知っている通りだ。

チャールズ「ヤス、出所おめでとう!うん、特に目に付くものはないな」
神宮寺「出た!先生お得意のセリフ!」
空木「殺人現場で死体があるのに『特に目に付くものはないな』とか言っちゃうの、先生くらいですよ」
チャールズ「探偵心得その1。認識していないものは、そこにないのと同じである。認識した証拠のみが真実を語る」
ヤス「ああ~、探偵学校の授業を思い出すな~」
神宮寺「一回言ったことを聞き返しても『もう言いました』しか言ってくれないから、聞き逃さないように必死だったよ」
空木「あの頃は、みんなで名探偵を目指していたよな…」

その時、隣の部屋から大きな叫び声が聞こえて来た。

ヤス「なんだ、今の悲鳴は!?」
神宮寺「あの感じは、ただ事じゃないぞ!」
空木「行ってみよう!」

僕たちが部屋に行ってみると、そこには一人の男が倒れていた。

ヤス「こ、これは…!」
神宮寺「マリオ、任天堂のマリオじゃないか!?」
空木「背中にナイフが…これは殺人…?」

マリオに息がないのは、一目でわかった。

チャールズ「特に目に付くものはないな」
ヤス「先生!」
神宮寺「ナイフ!死体!」
空木「どう見ても、目に付くでしょ!」

そうこうしているうちに、現場には警察がやって来た。
そして、容疑所は別の部屋に集められ、部外者の僕たちは、警官につまみ出されそうになった。

警官「関係者以外は、外に出て下さい」
ヤス「いや、僕たちはその…」
空木「ちょっと待ってください。突然こんなことを言うのもなんですが、ここは僕に任せてもらえませんか?」
警官「なに?そんなことできるわけないじゃないか!アンタいったい何者だね?…おや?あなたはたしか…」
空木「この事件、何かウラがありそうだから、調査してみようと思うんです。かまいませんね?」
警官「分かりました。あなたがそうおっしゃるなら安心です。では、よろしくお願いします」

そう言って、警官は去って行った。

神宮寺「空木、スゲー!」
空木「いや~、昔取った杵柄ってやつ?」
チャールズ「よし、諸君!では、捜査を始めよう!」
ヤス「先生、この部屋にはさすがにないと思いますが、落とし穴には気を付けて下さいね!」

僕たちは部屋を調べた後、容疑者にも聞き取りを行った。
そして、事件の全体像が浮かび上がって来た。

神宮寺「鑑識の調べによれば、被害者は、後ろからナイフで一突き。即死だっただろうとのことだ」
空木「無防備な背中を刺されているところから、犯人は被害者と親しい人物だと推測されるね」
ヤス「今のところ挙がっている容疑者は、マリオの弟のルイージ、恋人のピーチ姫、友人のクッパ。この3人です」
チャールズ「よし、分かった!犯人はルイージだ」
ヤス「先生!」
神宮寺「イメージで決めるのは良くないですよ」

空木「ヤス。容疑者が事件後に、それぞれどんな行動をしたかを教えてくれるかい?」
ヤス「はい。ルイージは『近々、大金が手に入る』と周りに言いふらしていたそうです。
ピーチ姫は愛人と共謀して、マリオ名義になっている不動産を自分の名義に書き換えています。
クッパは、ただひたすらに悲しんで家に閉じこもっているそうです」
神宮寺「クッパ、意外にいい奴だったんだな」
チャールズ「よし、分かった!犯人はピーチ姫だ」
ヤス「先生!」
空木「いずれにしても、財産目当ての殺人という線が濃厚か…」

マリオ「やっぱり、そうだよね」

そう言って僕たちの目の前に現れたのは、マリオだった。

神宮寺「えっ、ちょ、マリオ!?」
空木「さっき、死んだはずじゃ!?」
チャールズ「特に目に付くものはないな」
ヤス「先生!」
神宮寺「死んだ人が生き返ってる!」
空木「どう見ても、目に付くでしょ!」

マリオ「任天堂に あだなす者あらば 我 死後の世界より よみがえりて その者に 災いをもたらさん…」

神宮寺「ひーっ!」
空木「これ、あれだ!『ファミ探Ⅰ』の死人(しびと)蘇り伝説!明神(みょうじん)村の!キクさんが蘇って、『八つ墓村』みたいになっちゃうやつ!」
ヤス「マリオさん、本当に蘇って…?」

マリオ「なんてね♪」

一同「えっ?」

マリオ「冗談だよ、ジョーダン」

一同「はぁ?」

マリオ「いや~、最近のSwitch人気で、僕の人気もさらに急上昇してるじゃない?
今後、一緒にやって行くパートナーとして、一番相応しいのは誰か、見極めようと思ってさ。一芝居打ってみたってワケ」

ヤス「でも、あの死体は?」
神宮寺「そうだ。あれは完全にアンタの死体だったぞ」

マリオ「あ~、あれは3-1で無限増殖しておいた1機を殺したんだよ。256人いるからね。あ、ひとり死んだから、あと255人か」
空木「ジョークだとしても、笑えない…」
マリオ「大丈夫。あの死んだマリオにはリレイズかけてあるから、明日辺り、生き返るよ」
ヤス「あっ、ハイ」

チャールズ「だから、最初に『特に目に付くものはないな』と言ったじゃないか」
ヤス「えっ、先生!この事件が、最初からお芝居だって気づいてたんですか?」
チャールズ「その通り!」
神宮寺「犯人はルイージだって言ってたじゃないですか」
空木「犯人はピーチ姫だとも言ってましたよね」
チャールズ「探偵心得その2。推理は可能性の分岐に過ぎない。真実は最後に微笑みかける」
ヤス「さすが先生!言葉の意味はよく分からんが、とにかくすごい自信だ!」

こうして、事件は解決した。
この後、マリオは、ルイージやピーチ姫と縁を切り、クッパとコンビを組んでやっていくことにしたそうだ。

神宮寺「やれやれ、まさか狂言殺人だったとはな…」
空木「まったく、マリオも人騒がせな」
チャールズ「しかし、久々に探偵学校の課外授業みたいでよかったじゃないか。まっ、真実にいち早く気づいていたのは、私だけだったようだが」
神宮寺「へいへい」
空木「とんだ出所祝いになったな、ヤス。あれ、ヤス?」
神宮寺「おい、ヤス。どこに行った?」

ふみえ「あの…」

チャールズ「なんだね、お嬢さん。この名探偵中の名探偵中の名探偵、チャールズ卿(きょう)のサインが欲しいのかね?」
神宮寺「おや?アンタは確かヤスの…」

ふみえ「兄をご存知なのですね!私は沢木 文江(さわき ふみえ)と言います。ヤスこと、真野 康彦(まの やすひこ)の妹です」
空木「そうでしたか。僕たちは、ヤスと同じ探偵学校で学んだ仲で、今日は彼の出所祝いで集まったんです」
ふみえ「ああ、やっぱり…」
神宮寺「何が、やっぱりなんだ?」
ふみえ「実は、兄から手紙が来て、今日この場所で、自分の出所祝いがあるから、そこに自分の代わりに行って伝えてほしいって」
空木「伝えるって、何を?」
ふみえ「はい、兄は、出所の直前に病気で亡くなったんです」

一同「えっ!?」

ふみえ「出所して、みなさんに会うことをとても楽しみにしていたから、どうしても私にそこに行ってほしいって」

神宮寺「おい、空木…これ、どういうことだよ…」
空木「分からない、分からないよ…。でも、ヤスが、ただ、僕たちに会いたかったってことなのか…?」

ふみえ「兄はポートピアの事件の時、山川さんを手にかけたことをとても後悔していました。
だから、これからの人生は悔いがないように生きるんだって、そう言ってました…」

神宮寺「ヤス…」
空木「ヤス…」
チャールズ「ヤスよ、最後に会えて、嬉しかったぞ」
ふみえ「えっ、今なんて?」
チャールズ「もう言いました」

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