鈴木正人

「大人」は24歳から。「子供」は23歳まで。――という仮説に基づいた小説を書いています…

鈴木正人

「大人」は24歳から。「子供」は23歳まで。――という仮説に基づいた小説を書いています。 私の仮説は、「思春期の終わりについて」という短い文章にまとめてあります。

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思春期の終わりについて

 このテーマについて自分なりに考えをまとめてみようと思ったのは、もう三十年近く前のことになります。きっかけは友人のなにげない一言でした。当時、私はその友人とドライブをしていたのですが、長らく走って話題も尽きてきた頃、ステアリングを握っていた友人がふと独り言のように 「もう年だよなあ」 とつぶやきました。今からすれば、かなり奇妙な発言です。なぜなら、当時、私達はまだ二十三歳で (その年の内に二十四歳になりましたが) 自分の年齢をぼやくには早すぎたからです。ただ、そのときの私は、

    • 第五十六話 海水浴

      もくじ 「ぷはっ」  無事に波をくぐり抜けることができた。荒々しい波の余韻を感じて振り返ると、沸騰する白波が砂浜に向かって海面を均していく様子が映った。  岡崎の姿はない。  どこまで転がされたのか……。探そうとしたら、白い網目模様を残す海面が盛り上がって、水柱みたいな人影が立ち上がった。一瞬、海坊主が現れたのかと思う。 「し、死ぬかと思った」  咳き込みながら、岡崎はみんなのほうによろぼい歩いてくる。青ざめた顔からは、さっきの余裕は、きれいさっぱり消え失せていた

      • 第五十五話 夏の扉

        もくじ  松林にまっすぐ伸びた小道は、光と影がほどよく調和し、涼しくて気持ちがいい。風通しも良く、松の匂いも爽やかだ。道幅が狭いため、真一たちは一列に並んで歩いている。海のほうからかすかに聞こえる潮騒。山地に多いアカマツの林にはエゾゼミの声が似合うが、海辺のクロマツの林には潮騒がよく似合う。  地面に海の砂が交じり出し、サンダル履きの足の指に、チクチクと松葉の痛みを感じ始めた頃、松浦が林の外に抜け出した。  益田が続き、西脇のあと、真一も松の小道を抜ける。  頭上から

        • 第五十四話 モンスーン

          もくじ  雑木林を抜けて、トンボ沼までやって来た。浅瀬にアシやガマが生い茂る沼は、なるほどトンボの住処に最適だ。これから夏に向けて、数も種類もどんどん増えていくはず。多種多様なトンボが飛び交う様は見ていて飽きない。沼の周りには桟橋型の木道が巡り、西回りに進めば岬みたいに出っ張った山を回り込んで、花菖蒲園の八ツ橋まで行ける。ハナショウブは蓬莱公園の目玉の一つだが、見頃は六月に入ってからで、今の時期、木道を行き来している人はいない。  公園の山に背を向け、視界が開けた東側に歩

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        思春期の終わりについて

          第五十三話 ろくむし

          もくじ  人の気配に気づいたカワセミが、川岸の石の上から飛び去っていった。鮮やかな水色の影を追って行く手に目をやると、雑木林の枝葉の切れ間、晴れていれば陽射しが射し込むせせらぎの一角に、カキツバタやキショウブが咲いているのに気づいた。その先にもぽつぽつと似たような群落があるが、どれも規模が小さく、人を呼ぶには至っていない。今現在、せせらぎ沿いの小道を歩いているのは真一だけだ。  久寿彦は、先に一人で親水ゾーンのウッドデッキに向かった。真一は、顔に泥がついている、と言われて

          第五十三話 ろくむし

          第五十二話 ある女の子の話

          もくじ 「そういえばさ、」  久寿彦が口を開く。 「お前が店に入るちょっと前、ハルちゃんって女の子が働いてたんだけど、覚えてる?」  おかしなことを訊くと思った。店に入る前にいた人間なんて覚えているはずがない――と思った矢先、ある女の子の顔が浮かんだ。あどけない顔立ちで、ショートヘアが活発な印象を与える子。いつか店に来て、カウンター越しに美汐と話していた。 「ああ、あの子……」 「話したことあったっけ?」 「いや、一度しか見たことないし。そのときもすぐに休憩室に行っ

          第五十二話 ある女の子の話

          第五十一話 若さの境界線

          もくじ 「思ってもみなかったよ、自分が年取るなんてさ」  久寿彦がぽつりと、独り言のように言った。 「そりゃあ、いつかは誰だって――」 「知ってるよ、そんなこと」  答えかけた真一の声は、ぴしゃりと遮られた。 「じゃあ、お前は本当に想像できてたか。自分が年取るってこと」  隣を見たら、思いのほか真剣なまなざしが真一を見据えていた。  お前は想像できていたか――。  いつ? 子供時代? 十代の頃? 久寿彦たちと一緒にいた頃? 具体的な時期はわからなくても、とにか

          第五十一話 若さの境界線

          第五十話 灰と煙

          もくじ 「でも、正直言って、俺はもうついていけないよ」 「まあ、昔の勢いはもうないね……」  口にしたくない言葉が、またこぼれてしまった。この流れでは、どうしたって言わざるを得ない。このまま会話を続けたら、胸の奥にしまい込んでいたものがどんどん引きずり出されていってしまいそうな気がする。 「連休前に、あいつらと飲んだんだ。花見の日の二次会みたいな感じで。俺や松浦は、あの日飲めなかっただろ? だから、その埋め合わせに」 「松浦も来たんだ」 「益田と岩見沢も来たよ」

          第五十話 灰と煙

          第四十九話 桑の実の味

          もくじ 「こんなの生ってたけど、食う?」  ちょうど煙草を吸い終えたとき、久寿彦が水場から戻ってきた。ジャージを脱いで、上半身はオレンジ色のTシャツ一枚。真一の隣に座って、山盛りの桑の実が乗った手のひらを差し出した。泉の由緒を記した看板のそばには、確かに桑の木が生えている。さっき前を通りかかったとき、赤い実と黒っぽい実が半々くらい生っていた。 「またけったいなものを……」  怪訝な顔で手に取るのをためらっていると、洗ったから大丈夫だよ、と久寿彦はさらに手のひらを突き出

          第四十九話 桑の実の味

          第四十八話 風流之士

          もくじ  広場に戻ったが、久寿彦はまだ着いていなかった。  黄色っぽい楠の花屑を払ってベンチに腰を下ろす。トレーナーは丸めて隣に置いた。  向かいのセンダンの木に、淡い紫色の花が咲いている。楠の木と同じく、どこか南方の雰囲気を感じさせる木だ。センダンには子供にまつわる諺があり、学校に植えられていることが多い。真一が通っていた小学校にも、校門のそばに植えてあった。  センダンは児童公園と水場広場の境を成し、背後に回転式ジャングルジム、箱型ブランコ、回旋塔、ぶら下がりシー

          第四十八話 風流之士

          第四十七話 常少女の泉

          もくじ 「常少女」 は 「とこおとめ」 と読みます。古語で 「永遠に若い乙女」 という意味です。 ◇◇◇  坂を下った先の小ぢんまりした駐車場にも、車は数えるほどしか停まっていなかった。ここは公園の山斜面や雑木林に囲まれているため、時計塔広場前の駐車場よりだいぶひっそりした印象だ。色褪せたアスファルトは劣化が目立って、場所全体に若干時代がかった感じが漂う。  児童公園の錆びたフェンス伝いに、コンクリートの平板が埋め込まれた歩道を歩いていく。行く手に見える農産物直売所は

          第四十七話 常少女の泉

          第四十六話 蛍の川

          もくじ  五月下旬の今、待合広場のツツジに花はなかった。白い掲示板にもレストランの求人広告はなく、代わりに 「ホタル観賞の夕べ」 という張り紙が貼ってあった。公園の山の麓に広がる親水ゾーンでは、小満の頃からゲンジボタルが飛び始める。昔はこのあたりの山野で普通に見られたそうだが、開発に伴って姿を消し、それをまた地元有志が復活させたという話だ。ホタル観賞会は、概ね好評のようだ。レストランHORAIも、ホタルの時季は客の入りが良かった。ホタルが盛んに飛び交う時間帯は七、八時台と、

          第四十六話 蛍の川

          第四十五話 レストランHORAI

          もくじ  タイル張りの歩道をつかつかと歩いて、電話ボックスの扉を乱暴に引き開けた。黄緑色の電話機から受話器をつかみ上げると、カード挿入口にテレホンカードを挿し込み、市外局番を省いた自宅の番号をプッシュした。久寿彦の携帯の番号は控えてあるが、財布からいちいちメモを取り出すのは面倒くさい。家にいることはわかっているのだ。 「はい、筒川です」  数回の呼び出し音のあと、本人が電話に出た。能天気な声にイラッとし、真一はわざとらしく咳払いする。 「はい、じゃねえよ。お前んちに行

          第四十五話 レストランHORAI

          第四十四話 あの頃に見た空の色

          もくじ この章では 「筒川久寿彦」 という人物が登場します。「筒川」 は、丹後国風土記逸文の浦島伝説の主人公 「筒川島子」 から取りました。我々の知っている 「浦島太郎」 は心優しい漁師の子供ですが、「筒川島子」 は容姿端麗な若者だったようです。風土記逸文の浦島伝説に、浦島が老人になったという記述はありません。しかし、他の話から類推して、彼が永遠の若さを失ってしまったという結末は変わらないと思われます。ちなみに、「久寿彦」 の 「久寿」 は神仙道の書 「抱朴子」 から。

          第四十四話 あの頃に見た空の色

          第四十三話 アオバズク

          もくじ  指先から立ち昇る青臭い匂い。毎年、この匂いを嗅ぐと初夏の訪れを実感する。カーペットにあぐらをかいて、真一は絹さやの筋を剥いている。小さく丸まった筋をチラシで作ったくずかごに入れ、さやは金ザルへ。再び手を伸ばした透明なビニール袋の中には、未処理の絹さやがまだひとつかみほど。作業は今、半分くらい終わったところだ。  絹さやは 「ときわ商店」 の店主にもらった。雨が上がった昼過ぎ、ふらっと煙草を買いに行ったら、店先で店主がダンボールを畳んでいて、目が合うなり、「今年最

          第四十三話 アオバズク

          第四十二話 蒼穹

          もくじ 「来たぞ!」  突然叫び声が上がって、赤茶けた景色が若草色に塗り替えられた。  アウトドア用のテーブルセットに座っていた若者が、漫画を放り出して走り出している。卓上でウーロン茶のペットボトルが倒れて中身を溢れさせているが、青いTシャツの背中は目もくれず、伸び放題の草むらについた道筋を跳ねるように駆けていく。  アタリが来たのは、菜の花のそばの竿。真一が座っているコンクリート斜面まで、かすかに鈴の音が届く。  若者が竿をつかんだ。手元のドラグを締めて竿を起こす

          第四十二話 蒼穹