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お好み焼き屋さんに「〇〇ちゃん」が多いわけ

広島に遊びに行った時
ヌマジ交通ミュージアムの他に
オタフクソースの工場見学にも
参加してきた。

お好み焼き屋さんのお店の名前で
「〇〇ちゃん」という
お名前にちゃん付けのお店が
多いことに気が付いている人は
どれくらいいるだろうか。

わたしは気がつかなんだ。汗

これの理由を知ったら
悲しくなった。

戦後、子供と年老いた家族を養うために
お母さんや奥さんが
稼ぐために開いたのが
配給された小麦を使っての
お好み焼き屋さん。

家も何もかも焼き尽くし
目印も番地もなくなってしまった。

当時は携帯する電話機器やら
GPSなんかも当然ない時代。

戦地へ行った夫に
帰って来てほしい、
わたしはここに居ますよと
知らせるために
屋号に自分の名前をつけて営業したという。

思いもよらず、平和学習となった
オタフクソースの工場見学。

お好み焼きの歴史は
戦争をけしかけ
多くを焼き
配給品として小麦を与えることまで
シュミレーションして
用意周到に考えていたかと思うと
お好み焼きを見る目が
変わってくる。

食べ物の誕生に
悲しさと希望の歴史あり。

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