詩「生きて帰ってくるだけで豚」

美しいもの 三つ教えてあげよう
ひとつ 野間宏
ふたつ ブリューゲル
みっつ 君だ

包囲された島で命からがらぼくは逃げてきた 爆撃はほうぼうに絶望を生み育ててゆき ついには ぼくの耳元で囁くのだ 失え、と

ぼくが射殺したものたちの 息子たちよ娘たちよ 妻たちよ 親たちよ かれらを見守っていた 霊魂たちよ ぼくの眼からは ただひたすら光が失われてゆくから ぼくの身体からは 倫理と悪行の境界線が すっかり消えてしまった 油性焼夷弾が 燃やしつくしたのは ぼくの倫理を語る言葉と ぼくの未来だった
すまない ぼくのピストルにより 命奪われたものたちよ いまやきみたちの 愛すべきものたちは 愛と食糧と金銭の不足により 影のように生き さまよう バイブルの言葉でさえ 街角の大嘘つきの戯言と思うようになってしまった ぼくは 許されない生還を果たした にんげんだ いや、豚だ 豚なんだ ああ 野間宏の言語が奏でる 優しいメロディーが ぼくの罪を洗い流し ぼくの腐り果てた 倫理に いのちを与えるであろう そうして ブリューゲルの絵のなか 憎悪と恥辱にうちひしがれた農夫が抱く スプーン一杯の希望から生まれた まったく新しい人が きっと 僕のかわりに おまえを愛してくれるであろう ぼくの首輪が囁く呪いを ぼくは喜んで 飲み下そう 決して吐かずに 
だから、君よ さよならだ


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