くそったれバレンタイン

2/14、なぜか世の中にチョコレートが溢れ出す日。
僕はというとそんな世の中の流れとは無縁だ。
靴箱の中にも、引き出しの中にも、あぁ、どこにもないさ。
気にしてない、あぁ、気にしちゃいないさ。
クラスのやつの中には、引き出しを開けると手紙付きで小包が入っていたり、昼休みや放課後に呼び出し、なんだか僕だけ世間から置いてけぼりを喰らったみたいだ。

自分が貰えないのは百歩譲ってどうでもいい、のだけれどもあいつは誰かに渡したりするんだろうか。
朝眠たそうに目を擦っていたのは誰かのために何か作っていて、夜更かししたということなのだろうか。
ザワザワしてきた心を沈めるために、読みかけの本に視線を固定した。
そうだ、この小説、恋愛小説だった。
どうやらここでも僕は置いてけぼりらしい。

放課後の日直の仕事を終えて、カバンに教科書を詰め込んで教室を出ると出口で気配を消したように待っていたので、僕は無意識にギョッと変な声を出してしまった。
無言の怒りが僕に向けられる、仕方ないだろう、本当に誰かがいるなんて思ってもいなかったのだから。

「ちょっと付き合って」

そう言って僕の手を引くと誰もいない廊下を無言でカツカツとローファーの靴底を響かせて、階段を上がり夕焼けの陽が差す屋上への扉を開けた。
誰もいない、風の強い屋上では彼女の黒い髪が無造作にはためく。
彼女は僕の手を離してなぜか距離を取ると、おもむろに振り返ってカバンの中から可愛らしくラッピングされた小さな袋を取り出した。
視線を合わせようとしないから少し意地悪したくなってわざとおどけてみせた。
またしても無言の怒り、ではない、不安そうに焦点をふらふらとちらつかせながら、それでも真っ直ぐ僕を見つめていた。

なんだか、緊張するじゃないか。
そっと受け取ると、袋の封を切った。
少し不恰好だが、紛れもないチョコレートだ。
ほら、と促されたような気がしてそれを摘んで口に放り込んだ。
甘さ控えめ、元々甘いものが苦手な僕にはちょうど良い、少しビターな美味しいチョコレートだった。

「美味しいよ」
「ちょっと失敗しちゃって、作り直してたら寝る時間無くなっちゃってさ」
「うん」
「あと甘いものあんまり好きじゃないって言ってたからさ」
「うん」
「美味しいって言ってくれて、ありがとう」
「嬉しいよ」
「それは、見れば分かるよ」

そう言って小さな手鏡を僕に差し出した。
そこにはいつのまにかニコニコしている自分が映し出されていた。
それまで緊張なのか小動物のような顔で僕を見つめていたくせに、僕が自分の表情に気付いて少し照れくさくなっていたところを見て、ぱぁっと顔が明るくなった。
なんだか悔しくなって、僕は言い訳にもならない御託を並べたが今の彼女は無敵だ。
僕はもう諦めて、来月どうやって仕返ししてやろうか頭をフル回転させていた。
好きなものも苦手なものも、僕だって全部知ってるんだから。

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