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「死にたかった」けど、死ねなくて先のばしした

生まれて来てよかった、
とまでは思わないけど、

あの時の勢いで
人生終わらせなくて良かった
って、今は思う。

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子供服の店長で働いているとき、
私はすごく、消えてしまいたかった。

人の迷惑にしか、なってないと思った。

私が消えても、誰も困らないと思った。

何より、

消えられたら、自分自身が、
一番楽になれると思った。

「つかれたな」
「もう、終わりたいな」
よく、ひとりでにつぶやいていた。

死ぬなら、
部屋を密閉して、
睡眠導入剤とお酒を大量に飲んで
練炭で死のうと思っていた。

ブルーシートを敷いて、
大人用おむつを重ね履きしよう。

そんなことまで考えた。

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でも、死んだら、
奨学金の200万を、
私の兄が払わないといけなくなる。

私の兄は、いわゆる「陽キャ」だ。

美容師で、20人以上のスタッフを率いる、
店長だ。
小、中、高、ずっとモテてる。
友達も多い。

死にたい人間が、
人生を楽しんでる人に、
200万払ってもらうのは、
最低だなと思った。

だから、奨学金を完済するまで生きよう、
と思った。

「生きる」というか、
とにもかくにも、
何も考えずに、とにかく働いて、
金を稼いで、金を返そうと思った。

貧乏人は、
生きてても金がかかる。
死ぬのにも金がかかる。
迷惑を、かけないで死ぬために、
とりあえず働かなきゃな。

そう思った。

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そこから1年経たぬうちに
今の夫(こうちゃん)と結婚した。

私は自分の腕を噛まなくなり、
導入剤無しで眠るようになった。
道路で叫ばなくなった。
洋服もぬいぐるみも
切り刻まなくなった。

お風呂に毎日入って、
定時に仕事に行けている。

はたからみれば、
少し人見知りな、
「ふつうのひと」になった。

「あの時死ななくてよかった」
と私が話すと、
「生きててくれて、ありがとうね」
とこうちゃんは言う。

生きててくれてありがとう
って言われる人に出会ったのは、
かなり予想外だった。

カウンセリングを続けて、
国家資格の勉強を続けて、
3年後の自分は、どうなっているだろう。

3年前の自分では
今の自分が想像つかなかったように

今の自分では、
3年後を正確に予想はできない。

あの時の勢いで
人生終わらせなくて良かった。

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