清水美穂子

東京生まれ。ライター、ブレッドジャーナリスト。伝統文化、職人仕事に興味があります。きも…

清水美穂子

東京生まれ。ライター、ブレッドジャーナリスト。伝統文化、職人仕事に興味があります。きものと本と犬好き。著書に『月の本棚』(書肆梓)、『BAKERS おいしいパンの向こう側』(実業之日本社)、『日々のパン手帖パンを愉しむsomething good』(メディアファクトリー)他。

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今すぐ読まなければいけない本

ガザは実験場だという。百万人以上の難民を閉じ込め、50年以上占領下に置き、さらに16年以上は完全封鎖して、食料も水も医薬品も生きていくギリギリしか与えなかったら何が起こるかという実験の。イスラエルの最新兵器の性能を実演してみせる実験の。それらを続けたとき、世界はどうするのか、という実験の場だという。 結果はどうだったか。世界は何もしないことがわかった。イスラエルによる戦争犯罪は国際的に裁かれず、そこにある政治の問題は解決されないまま今に至る。 何もしないといっても、イスラ

    • フリーランス

      個人での取材の申し込みで所属企業名を書くところがあるとそこに「フリーランス」と書く。堂々と書くこともあれば、心細い気持ちで書くこともある。 これから書くのは、ずいぶんまえに書いて、下書きに入れたままになっていた話だ。 朝、公園のベンチで手帳の忘れものを見つけた。 ベンチの上に、今までそこに誰かがいたという気配があったので、忘れものだと思った。 手帳には日付と鳥の名前とその数が、几帳面な文字で記されていた。なんとなく、事務職だった年配の男性という気がした。そのままにしてお

      • 誕生日の朝に起こったこと

        誕生日の週に、小さな旅をした。旅は好きでもなかなか行けないし、いつも何かしら仕事とつながっているのだが、今回は夫が新幹線と宿を取り、お供役を申し出てくれた完全なプライベートの旅だったので、いままで行きたかったあちらこちらへ足を運んだ。 その旅から戻った翌朝、気持ちよく目覚めて枕元の時計を見ると、日付のデジテル表示が2月22日(土)になっている。 今日は土曜日だったっけ? 時差ぼけのような不確かな感覚のまま時計を調べると、表示が2025年になっていた。アラームの設定をする

        • Lost and Found (MONKEYのための習作)

           公園のごみを拾い始めたのは、犬が死んだからだ。  目鼻の奥にいつも水風船のようなものがあって、たまに破裂する。あとに残る暗く湿った洞穴のような時間を、毎朝ごみを拾い、集積所に預けて帰ることで埋めていた。  ペットボトル、缶、瓶、スナックの袋、煙草の箱、吸い殻、マスク、ボールペン、イヤホン、コンドーム、靴、ハンガー、絵画、薬、台本、花火……。 捨てられたもの、落とされたもの、忘れられたもの。それらを無心に拾う。するとつかの間、その場所はきれいになり、私はこの世界に参加して

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        • 読書
          清水美穂子
        • ごみ拾い日記
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        • 書くということ
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        • 着物と、お茶のこと
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        • 西荻窪 Good Neighbors
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        記事

          Interview#64 神楽坂でおいしいパンをつくる人。

          食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う連載企画、第64回65人目は、神楽坂のパン屋さん「パン デ フィロゾフ」の榎本哲さんです。2022年に同じ神楽坂に開いたビストロ「ドゥフイユ」でお話を伺いました。 「おいしい」を知らないと、おいしいものはつくれないパン デ フィロゾフ オーナーシェフ 榎本哲さん ビストロ「ドゥフイユ」と「パンドゥフイユ」  ワインと日本酒が好きなので、フィロゾフをオープンして数年したらビストロをやりたいとずっと前から思っていて

          Interview#64 神楽坂でおいしいパンをつくる人。

          舞台裏好き

          パンでも本でも、舞台裏が好きだ。 舞台裏では、つくられたものにかけられた時間や想いがよくみえる。もちろんまず先に、純粋に作品を味わったら舞台裏に行ってみたくなって、行ってみる、という流れがいい。 出張の時に新幹線で読もうと思ったのに、つめたい雨の週末だったので一気読みしてしまった、大好きな白水社EXLIBRISの本、『アイダホ』(エミリー・ラスコヴィッチ)。3時間くらいの映画を2本続けて観たくらいの、旅をしてきた感をともなう小説。 『アイダホ』をクライムサスペンスと思う人

          月の本棚 under the new moon

          2023年を振り返って、何よりうれしかったことは、夢だったハードカバーの文芸書を出せたことでした。 読書エッセイで、パン屋さん「ル・プチメック」の文化発信基地だったオウンドメディア(残念ながらいまはclosed)で連載していた『月の本棚 清水美穂子のBread-B』をきっかけに生まれた『月の本棚 under the new moon』です。 コロナ禍で、先が見えない暗闇のような日々、こんな本を読んでいました。月に見惚れるように、憧れを持って、あるいは果てしない気持ちになり

          月の本棚 under the new moon

          あのころのあの家の記憶

          前回書いた江國香織の『シェニール織とか黄肉のメロンとか』で老女がふと思ったこと、その何気ない2行が物語の本筋とは無関係に、わたしに生まれ育った家を思い出させた。ある香りが特別な記憶を思い起こさせるみたいに。そのセンテンスの寂しさは、澄んだ水に投げ入れた小石のように、つめたく沈んで底に落ち、ゆらゆらと輝いた。 わたしが生まれ育った家は二度建て替えられて、いまは妹家族が住んでいる。リビングにはあのころ祖父の部屋にあった方形の座卓が置かれている。妹はそれを気に入って今でも使ってい

          あのころのあの家の記憶

          50代後半の女で集まって読書会をしたら

          最初は確か『流しのしたの骨』だったと思うが、江國香織の小説と自分の実人生とで、登場人物の考え方や感覚がかなりな頻度でシンクロするので、「どこかで見てた?って思うことがあるよね」と当時、友達と話した。前世紀のことだ。自意識過剰というより代弁。感じていたことや考えていたことが、あの美しく確かな日本語で表現されているのを、ドキドキしたりうれしく思ったりしながら読む。 江國香織はわたしにとってそんな作家だ。 新刊『シェニール織とか黄肉のメロンとか』はタイトルがピンとこなかったけれど

          50代後半の女で集まって読書会をしたら

          Interview#63 ニューヨークのテイスト。ロブションさんの思い出。

          食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う企画、第63回64人目は、巨匠ジョエル・ロブションのもとでロブション世界初のパン専門店の統括シェフを務め、ニューヨークでも系列店のパンを焼き、帰国して自身の店、ブルーポピーベーカリーを開業した山口哲也さんにお話を伺いました。 ニューヨークのテイスト。ロブションさんの思い出。ブルーポピーベーカリー オーナーシェフ 山口哲也さん ブランチにポップオーバーとビスケット ポップオーバーは、一緒に働いていたフランス人シェ

          Interview#63 ニューヨークのテイスト。ロブションさんの思い出。

          ChatGPTも追いつけない領域。不二と蝉時雨。

          電話で話した人が「すごい蝉時雨ですね」と言った。仕事場がケヤキの樹冠の下にあるので、蝉時雨が降りそそぎ、その声はもしかしたら下からも昇ってきているのだ。毎日そこにいると、いつのまにか耳鳴りのようになって慣れてしまっていた。 先日お茶室で「枝上一蝉吟」と書かれた短冊を拝見した。初めて見る言葉だった。しじょういっせんぎんず、と読めなくても漢字を知っている人なら「蝉の季節か」と夏を感じるかもしれない。それだけでもかまわないが、これは禅語で、もっと深いことを言っている。 禅語には

          ChatGPTも追いつけない領域。不二と蝉時雨。

          Profile

          August 21 2023 (随時更新) ものづくりをするひとの魅力を、言葉で伝えてみたい。それはパンに限らずです。 ライターが先かパンのジャーナリストが先かといえば、ライターが先にありました。 清水美穂子 (Mihoko Shimizu) ライター・ブレッドジャーナリスト 東京都出身。文学部英米文学科卒。 ゼネコン勤務、雑貨店開業などを経て 1998年、個人事業主としてホームページを立ち上げる。 2001年より、総合情報サイトAll Aboutでパンのガイドを務め

          その言葉の意味を、わかっているか

          わたしたちはふだん、言葉を使って生活しているが、その言葉をちゃんと使えているだろうか。 意味を真剣に考えてみたことがあるだろうか。 国立市公民館主催講座「図書室のつどい」で、詩人で明治大学理工学部教授の管啓次郎さんのお話を伺った。 詩やコラム、書評の朗読のあいまに、管さんは冒頭のような問いかけを放っていく。 大人になり、社会に出ていくにしたがって、型に押し込められるようにあてはめられたアイデンティティのせいで、不自由になっていないだろうか。 つまらない言葉を発するように

          その言葉の意味を、わかっているか

          アボカドトーストはダサい?という話から

          「アボカドトーストというのはミレニアル世代が好んで食べたもので、Z世代から見るとcheugy(時代遅れでダサい)なのだそうです」 週末になると地元のカフェで朝食をとり、街の定点観測をしているEさんが先日、アボカドトーストを前にして、感心したふうに投稿していた。 わたしも「へぇ〜」となった。 「じゃ、彼らにとってcoolな(イケてる)食べものって何だろう?」 Eさんはわたしの疑問に答えるのは難しい、とした上で、Z世代はミレニアル世代と健康やセルフケアに対する意識は同じでも

          アボカドトーストはダサい?という話から

          彼女は映画館からそっと出ていった

          はつ子さんと連絡が取れなくなったのは、先々月のことだった。 メッセージを入れても既読にならなかった。店が忙しいのだろうと思っていた。 年上の友人のはつ子さんとは、仕事で知り合った。彼女の夢を一緒に追い続けてきた。いや、そうではない。人生を賭けて店をつくりあげてきた彼女を、傍からずっと、ワクワクしながら眺めてきた。 プライベートでは年に2、3回会う。通っている病院で同じ医師にかかっているので、診察日を合わせて、帰りに一緒に食事をするのが、ここのところの習慣だった。そんなときでも

          彼女は映画館からそっと出ていった

          犬とおじさん

          アイシングのかかったお菓子を見かけると素通りできないのと同じで、理由はよくわからないけれど、犬とおじさんが主役の小説を見つけたら、読まずにはいられない。 『ある犬の飼い主の一日』(サンダー・コラールト)もそうなのだった。ヘンクは読書家の中年男。老犬スフルクと暮らしている。そしてある日、恋におちる。 それだけなんだけれど、それはアイシングがかかったお菓子より長いこと楽しめる。哀しくない。感じとしては、いとおしい感じ。 あの犬の温かい、やさしい匂いみたいに。 4月に『月の本

          犬とおじさん