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イベントレポート『親鸞とインターネット』- お寺はやさしい居場所

こんにちは。未来の仏教ラボ 事務局長の遠藤卓也です。
1/23(水)に、東京 神谷町・光明寺にて『親鸞とインターネット』というイベントが開かれました。

このイベントは、インターネットビジネスの起業家・実業家・投資家として知られる家入一真さんが主催するU20の若者コミュニティ「やさしいかくめいラボ」と、未来の仏教ラボの共催で行われました。
とはいえ未来の仏教ラボは「相乗り」させていただいたような形で、実際にご協力できたことは未来の仏教ラボのお坊さんたちに声がけをした程度。

よく聞けば、家入さんと松本紹圭(未来の住職塾 塾長)の2人の間で『親鸞とインターネット』というタイトルだけがあり、「やさしいかくめいラボ」の参加者たちに「あとはお願い!」と、企画運営をお任せしたという経緯だったそうです。まずは、先輩からの(愛ある)無茶振りを、見事に実現した「やさしいかくめいラボ」の皆さんに拍手をおくりたいです。ありがとうございました。

「やさしいかくめいラボ」参加者(10代〜20代前半の若者)たちの他、若干ながら設けられた「社会人枠」そして「お坊さん枠」は、あっという間に予約満席だったとのことで、この風変わりなイベントへの期待の高さが伺いしれます。

「親鸞とインターネット」を巡る対話

前半は、家入一真さんと松本紹圭の対談で始まりました。事前の課題図書として『歎異抄』が指定されており、親鸞聖人や浄土真宗に関わる話題が中心となります。

聴衆にはお坊さんも混じる中で、家入さんが仏教の話しをするというのはとてもやりにくかったと思います。しかし時折「違ってたらすみません」と前置きをしたり、言葉を選びながら慎重に話す家入さんの姿が印象に残っています。
仏教について真摯に語る家入さんの姿を、U20の若い参加者たちが見ているということだけでも、意義深いイベントだったと思います。
※ 対談の様子は下記のリンク先にてご覧いただけます(2019/1/24 現在)

「やさしいかくめいラボ」というコミュニティ

「やさしいかくめいラボ」設立の経緯として、家入さんご自身が10代後半に不登校でひきこもりをしていた時に「居場所が欲しかった」という経験が大きいとのことでした。学校という、10代の少年にとっては唯一の社会的接点を失い、家入さんの場合は当時黎明期であった「インターネット」という居場所に救われたと。故に家入さんの活動の最大のテーマは「居場所づくり」であり、10代の若者のための「居場所」として「やさしいかくめいラボ」というコミュニティをつくったそう。

その「やさしいかくめいラボ」のリアルな集いが、お寺で開催されていることが象徴的に感じられます。

未来の宗教はどうなるか?

イベント後半の全員参加ディスカッションのテーマは「未来の宗教はどうなるか?」僧俗ごちゃまぜのグループに分かれ、少し先の未来について想いを馳せる時間でした。
宗教という大きな括りであるものの、場所がお寺でお坊さんも居るので、必然的に「未来の仏教」「未来のお寺」に話が寄っていきます。

例えば、私のグループではお寺の強みとして「長い時間軸(歴史)」「場の力」が挙げられました。阪神淡路大震災でお寺が全壊したものの、地域の人々の協力で復興したというお坊さんの体験談から、歴史と場の力によってお寺は信頼の宝庫となっている。それ故に、人々の拠り所となりやすいという話がありました。

また、インターネットでもブロックチェーン技術で貢献が価値化されるなど、ギブ&テイクの大前提が隅々まで行き渡る世界に「もやっとしている」という20代前半の方が、仏教の「慈悲」にハッと気付かれている様子など、未来の社会において仏教やお寺ならではの「変わらないこと」に期待が集まるように見えました。

そのお寺がなかなか続けられなくなっているという厳しい現実もありますが、こうして若い人の思いや意見を聞ける機会は、きっと参加したお坊さんたちにとっても良い刺激や激励となったのではないでしょうか。

お寺の空間特性

懇親会で合流したニート株式会社代表の若新雄純さんの話も印象的でした。
ニート株式会社(略称:ニー株)は、ニート状態にある若者たちが全員「取締役」をつとめるユニークな株式会社。

先日、ひょんなことからニー株の皆さんに「Temple Morning」のお掃除に参加していただき、その後お寺の本堂で自由にミーティングをしてもらうという機会がありました。
ニート状態にある若者が30名ほどお寺に集まるというなかなか珍しい場です。

その時の感想をお尋ねしたところ、ニー株の皆さんは多くは語らずとも反応は上々だったとのこと。若新さんの推察によると、いつものミーティングで使っている「貸し会議室」は、ホワイトボードにキャスター付きデスクに、「仕事」に最適化された設備。それは「今、自分は何も生産できていない」と思い知らされる空間です。その点、お寺は「仕事」を前提としていない建物。そのことがニートという状態のメンタリティとマッチしているのかもしれないとの事でした。

お寺の本堂は「集まること」や「祈ること」が念頭にあるだけで、特に生産性を求められる場ではない。だからこそ、みんなが「ホッとする」空間に感じられるのでしょう。

お寺はやさしい居場所

家入さんが仰っていた「既存の仕組みからこぼれ落ちる人が集える場が必要」という言葉に強く共感しました。インターネットもひとつの居場所であることは確かですが、お寺に行けば、非生産的でも存在を許される空間があって、そして人がいます。

この日『親鸞とインターネット』に集った参加者たちは、お寺の「やさしい居場所」としての可能性に期待を持っていました。実際に、お寺の役に立つ事業をプランニングしている方もいました。

「長い伝統の中で信頼の滞留があった場所に、テクノロジーで流れを作りだすことができるのではないか?」そんなことを真剣に考える若い人たちとお坊さんたちが手を取り合いながら、「未来の仏教」について考え、今回のような「実験」を続けていきたいですね。

「やさしいかくめいラボ」の皆さん、良い機会をありがとうございました!

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コンビニより数の多いお寺。社会的リソースとして考えると、地域においてとても大きな役割が果たせる場です。多くの人たちにとってのサード・プレイス、居場所としてのお寺についてつらつら。
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