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「海神」書評

久しぶりに感想が書けそうな本に出会ったので感想をまとめておこうと思う。

今回読んだのは染井為人「海神」。
正直アイマス依田P故の習性でタイトルの響きだけで手にした本ではあったのだが、あらすじを読んでみると何やら面白そうな雰囲気。

本書のメインテーマはある程度の世代はご存じの3.11。
書いていて思ったが、今の小学生以下は全員があの地震よりも後に生まれていることになる。彼らにとっては3.11は教科書やニュースの中の話なのだろう。僕だって阪神淡路大震災は似たようなものである。
閑話休題。
この話は東北の架空の離島ー天ノ島ーを舞台に、復興支援と言う名の善意と、それを取り巻く悪意の話である。
3.11に飲み込まれた島に彗星の如く復興支援に現れたカリスマには果たして支援金を横領した疑惑が上がった、とどう足掻いてもいわゆる「重い話」だ。
社会派ミステリというものは普段好んで読む訳ではないのだが、これは直感を信じて買ってみた。

ある程度序盤の方は未読の方向けにネタバレは出来るだけ伏せて書く。
物語が始まるのは3.11まさにその日に島で生まれた来未という少女からだ。震災からちょうど10年が経った日、来未は島の海岸で黄金の塊を拾う。
持ち主が一切不明のその金塊は誰のものなのか。そして、それにまつわるストーリーは……という出だしだ。
目次を見れば一目瞭然なので書いてしまうが、この作品は震災当時、震災から2年後、10年後それぞれの時間軸で3人の異なる人物の視点から語られる。
こういった形式はともすれば話の軸が取っ散らかり、この人はどこで出てきたんだっけな、この話はどこでされていたんだっけな、とそういったことが気になって物語に没入できないことも少なくない。
しかし、この作品においてはそういったことは全くの杞憂であった。
視点が交錯しているにも拘らず、物語は一本筋が通ったまま気持ちよいリズムで語られる。
語り部として現れるのは菊池一朗、椎名姫乃、堤佳代の3人。
菊池一朗は天ノ島出身の新聞記者であり、震災に乗じて島を混沌に陥れた復興支援の元カリスマ、遠田を追い詰めるべく奔走する人物だ。
椎名姫乃は3.11の渦中、東京から天ノ島に復興のボランティアとして訪れた若い女性だ。彼女は想像を絶する震災の悲劇を目にしながらも健気に島民達のために身を粉にして働き続ける。
堤佳代は島で半生を過ごした老女であり、震災後には震災遺児となった子らを親代わりに育てている。彼女の視点で語られる話の中では「震災から10年が経ったその日に、震災の日に生まれた子供が島で金塊を拾う」という些か出来過ぎた話を追いかけるハイエナのようなマスコミと島民が戦う様が描かれる。
彼ら彼女らから語られる上で外せないのは物語の中心人物である遠田政吉であろう。
遠田は震災直後に天ノ島に降り立ち、その辣腕を振るい復興支援のために尽力した。当時は神様の如き扱いを受けていた遠田であったが、震災から2年後に横領疑惑が持ち上がり島民達からは明確な敵意を向けられている。
果たして遠田は何者なのか、そしてその真意は何か。
是非とも手に取ってそれを確かめて頂きたい。

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ここからネタバレあり 未読者は読んで
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注意書きはしたのでここからは既読者向け、というか読んだ僕の読書感想文である。
これを読み終えたのは昨日なのだが、寝る準備をしてから30分だけ、と手に取ったのが運の尽きだった。
10年後の天ノ島に突如現れた江村。彼は自分と同じ遠田の側近である小宮山殺しを自白した。
震災から2年後の一朗は遠田を追い詰めるために江村を追い続ける。
こんなところから再開して寝られるはずなどなかった。
結局全文量の半分近くを一気読みして読み終えたのは3時半であった。
やはり全体を通して印象に残ったのは姫乃と一朗の時間軸が2013年3月11日で交錯するところだ。
ここに至るまでに丁寧に紐解かれてきた遠田、江村、姫乃、一朗の話が急速に収束していく。
読者は堤佳代の視点である程度の結末を知っている。姫乃や江村、一朗は現在も尚生きている。
それがわかっていてなお、ラストの天ノ島の夜の一幕には手に汗を握らずにはいられない。
秒読みとなった遠田の破滅、江村と姫乃の他人には理解できない絆、一触即発の島民達の怒り、それらが一夜の中で渦巻き、交わり、物語を加速させる。
章のラスト、沖で起きたあの現象は果たして島民の恨みなのか、海神の怒りなのか、はたまた気紛れなのか、それとも偶然か。
あの波に飲まれるように僕の頭の中にタイトルでもある「海神」が急に意味を伴って現れ、ぞくりとしたのを覚えている。

物語は遠田が死ぬことによりいったんの結末を迎えるが、江村と姫乃の絆については終ぞ詳らかにされることはない。
ここに関しては語ったところで無意味ではあるし、そもそも語りつくせるものでもないのかもしれない。
僕はここの「他の言葉では表せない数奇な絆」に東野圭吾の白夜行、幻夜を想起した。
あの話でも、恋愛でも家族愛でも友情でもない奇妙な男女の絆が克明に描かれている。
実は人間同士の絆など、大半がそう言ったものなのかもしれない。たまたまそこに近しい言葉があるだけで一般的な感覚だと思えているが、どこの誰にも「普通」の絆などないのだろう。
姫乃が江村のことを気に掛ける理由も、江村が姫乃を追い求め続ける理由も、陳腐な言葉だが彼らにしかわからないのだ。
病的なまでに自己を愛することしかできなかった遠田のエゴとそれに従うしかなかった江村の悲劇的人生、自分の行動の意義を丸ごと裏返されて人生の基盤を脅かされる姫乃、彼らは過去のその日、確かにお互いがお互いを必要としていた。
ダークな社会劇の裏に隠されたこの澱のように湿度の高い人間模様の恐ろしさも、この小説の大きなトピックに思えてならない。

さて、こんなところだろうか。
総じて本作品にはこれらの大きなテーマ、ミステリと人間模様を織り成す群像劇の下に3.11という日本人にとって非常に大きなテーゼが横たわっている。
これらの重い話をまとめてこれだけ読みやすく、スピード感を持って読ませる作品はそうそう見られない。
この作者の本は今回が初めてなので、次は作者の別作品を手に取ってみようと思う。

以上、リコでした。

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