万年ひきこもりの女がliveに行って変わったこと

僕は、専門学校を卒業する少し前から、ドラッグストアでアルバイトをしていた。
バイト先と家を往復するような日々が続いていたが、休みの日はほとんど部屋に引きこもっていた。
色んな失敗も重ねながら、それなりの楽しさも覚えたりしていた4月のある日、フジファブリックの公式LINEやTwitterが更新されていた。
ボーカル&ギターの山内総一郎さんが品川で行われる弾き語りのイベントに出演するという物だった。
そこまでは良かった。
共演者に藤巻亮太さんの名前があった。
現在活動休止中のバンド・レミオロメンのボーカル&ギターで、現在はソロで活躍中である。
藤巻さんの公式Twitterも同じ内容のツイートを更新していた。

どちらも大好きな僕にとって発狂案件、いや発狂せざるを得なかった。
生きてきて良かったと思った瞬間だった。
この時に、推し同士の共演は言葉に出来ないくらい極上だと知った。

勿論、即行でチケットを申し込んだ。
しかし、小さい会場だったため、キャパが2組のファンの合計数に対して少ないことが大きな要因となり、落選者が多かった。かくいう僕もその1人だ。
2度あることは3度あり、数回申し込んで、すべて落ちた(姉にも手伝ってもらったが、姉も同様の結果だった)。
ありそうでなかった夢のようなこの共演、この先もう2度とないと思った(既に1度共演はしてたが、金銭的な余裕がなく行けなかった)(実際にはその後数回あったが、その度に泣いた)僕は、お譲りのツイートをしてすべてを賭けた。
すると、その後、ご縁があり、お譲り頂けることになった。今でもめっちゃくちゃ感謝している。

行くことを親や姉に話して、東京を歩く時の注意や高速バスの予約の仕方を教えてもらった。
ジャンルは違うが、姉はよくliveで遠出しているので、ありがたかった。
服も自分で選んで、出発前夜にファンデやチーク等の化粧品を買って、当日に化粧していった。

東京駅から品川の会場に向かい、お譲り頂ける方と待ち合わせした。
開場前から、(当日に発表されたグッズの)物販列がずらりと出来ていた。
中に入ると2人のサイン入りポスターが掲示されていた。
「りょうちゃん(藤巻さん)」「そうちゃん(山内さん)」と小さく書かれているのが、推してる身としては、凄く凄く愛おしかった。
僕はトートバッグを買った。2人の名前がローマ字で書かれた黒地で薄い布のバッグであり、今もliveの度に毎回持って行っている大事なバッグである。

ホールに入ると、円形のステージを囲むように座席が配置されていた。
ホール内には、洋楽か何かの曲が流れていた。
僕は、隣の席だったお譲り頂いた方にチケットの代金をお渡しした。
開演時に、ふっと電気が消え、「その時」が来て歓声が上がった時のことは今でもよく覚えている。

山内さん→藤巻さんの順に数曲披露し、アンコールで2人が楽曲をカバーしたり、合作?の曲を披露したりと2~3時間があっという間だった。

感想はあえて書かない主義なので割愛するが、キモヲタがバリバリ出てますので、以下の段落は、自己責任でお願いします( _ _ )

山内さん→途中でキーボードの金澤さんが2階から手を振ってたり、出番終了の時にお迎え来たり、今と変わらず自由な?人だった
レミオの「雨上がり」をカバーした時は、本気で死ぬかと思ったし、死んだ
藤巻さん→「指先」スタートで死に、「蛍」を披露した時、やっぱりこの人の曲好きだなと思ったし、この時にはじめて北極星をお披露目して、感動した
「南風」の手拍子と手振りのタイミングってこんな難しかったっけ…?と戸惑ったりした
アンコール→座席の関係でよく見えなかったが、肩組んでたり、藤巻さんが山内さんの乳揉んだり(何やっとんのじゃ)、握手したり、笑い合ったり(僕は死んだ)、「亮ちゃん」呼びは山内さんしか使ってなかったことが判明したが、僕はその後、亮ちゃんと呼ぶようになった(それまでは「藤巻さん」)
※というか、個人的に藤巻さん→山内さんは、「総ちゃん」じゃなくて「総君」のイメージだった

そして、liveの楽しみを知った僕は、行きはじめる前の自分が思い出せないくらい1人で遠出するようになった。
liveの他にも舞台やオフ会、イベント…と遠出を繰り返し、ついには家族に呆れられるほどになったが、大好きな物や人達を間近で見たり、同じ物が好きな人達と会ったりする時間は、それほどまでに楽しい物である。

外出の頻度が増えたことは分かるが、他にも変わったことがある。
それなりにおしゃれに気を遣うことだ。
僕は、肌荒れが心配でliveに行きはじめるまで1度も自発的に化粧したことなかった(専門学校の就活講座の一環でやったことあるが、カウントしない)が、それからの勤務日はするようになった。
化粧を面倒だと感じたことはあまりなかったと思う。
外出向きの服は増えていったが、今でも足りなさを感じている。
特にロングスカート。現在5着あるが、まだ足りない。
Lの話の高校時代の時に出てきたスカートをはじめ、その5着すべてがお気に入りである。
去年には、以前から興味があったマニキュアもはじめた。
ホントは髪も巻きたいが、そんなに長さがないので、願うだけになってしまうだろう。
僕の中にいた「女性」が目覚めつつある。

グッズに対する欲が倍増したことも挙げておく。
通販が発達している昨今だが、リアルタイムでグッズが手に入るのも1つの魅力だ(リアルタイムで手に入れられないのが悪い訳ではないが)。
最初、何のグッズも持たずに行っていたが、直前に発表されるツアーグッズで欲しいと思える物が多くなった。
増えていくうちに身につける物のほとんどがliveグッズになっていたが、そんな状態で街を颯爽と闊歩したい系のヲタなので、特に問題はなかった。
また、欲しいと思うグッズの傾向、何を重視して選んでいるかも自分の中で分かってきた。

僕の中で変わったと思うことは、現時点でこれがすべてである。
そして、僕にはある夢がある。
以前、彼女も邦楽ロックが好きだという旨を書いたが、「いつかは一緒にlive行けたら良いね」と話していた。その日が実現する日を僕は未だに夢見ている。

今では母親に呆れられるほどliveのみならず、イベントや舞台、オフ会に行きまくっているが、フェス等実際にはもっとたくさん行っている方に比べれば、遠出以外でほとんど外出しない人間なので、未だにひきこもりである(勿論、現在はこんなご時世なので、2月の藤巻さんのliveが最後となっている)。

こんなご時世じゃなければ、中止になったツアーやliveを完走して、仲間と京都への旅行だって行けたかもしれない。
舞台を見に行ったり、「勤続25年の男たち」を祝福することだって出来た。

「良いお年を」。「また会いましょう」。
再会を願って、別れた人達がたくさんいるけど、もうあれから何ヶ月会えていないだろうか。
あの日達を恋しく思う秋の日である。