家のない東大生

 もしかしたら、”ホームレス東大生”ってのは、結構なパワーワードなのかもしれない、と最近思った。というわけで、その頃のことを書いてみようかと思う。これまで書かずに来たのは、事務局やリア友なんかにバレると実に気まずいから。

 ある時期、僕は某キャンパス内の学生棟に住み着いていた。僕に住処を提供してくれていた年上の女性が、結婚していなくなってしまったからだ。

 キャンパス内にはタダで使えるシャワーがあったし、図書館は朝の九時から夜の11時まで開いていた。コンセントだって使える。
 図書館が閉まると、僕は学生棟の談話室みたいな場所に行った。その場所には共用の冷蔵庫やコンロ、湯沸かし器、洗剤、調理器具なんかが揃っていた。コーヒーテーブルやソファがあり、電気ストーブやエアコン、膝掛けなどなど、生活に必要なものが一通り取り揃えられていた。

 僕はそのスペースに寝袋とスーツケースを持ち込み、住み着いていた。近所のコインランドリーで洗濯をし、近所のスーパーから買って来た1kg148円のパスタや、2kg700円の鳥の胸肉、見切り品の野菜・果物なんかを調理して食べた。冷蔵庫をあさり、賞味期限が二日以上切れているものの中から食べられそうなものを探し出して勝手に食べさせてもらった。一番多いのはフルーツ・グラノーラのヨーグルト、次がシュークリーム、そしてコーヒーゼリーだった。それだけでなく、(これを書くと、読者の人にドン引きされてしまいそうだけれど)キャンパス内で摘み集めた食べられる草や銀杏の実(イチョウは東大のシンボル)をフライパンで炒って食べたりもした。特に、僕が好きなのはオキザリス。これは生で食べられるし、噛むと甘酸っぱい。(あぁ、リアルの友人に読まれたら恥ずかしくて死にます)

 これだけ読むと、なんだか快適な生活に思われるかもしれないけれど、そうでない日もあった。何かのサークルかゼミか知らないけれど、誰かがその談話室で飲み会や打ち上げを開く時、僕はそこを立ち去らねばならなかったからだ。そういう日、僕は外に泊まった。元気満々の夜だったら友達を誘ってハーレムかアトム、もしくはキャメロット(クラブ)に行き、女の子に声をかけた。(そして、だいたいは失敗した)。そこまで元気のない日は女友達に連絡して「晩ご飯を食べない?」と誘い、あわよくば泊めてもらった(サイテーだ)。さらに元気の無い日は男友達に連絡して「泊めてくれないか」と頼んだ。大抵の場合、泊めてもらうことができた。さらにさらに元気の無い日は大枚をはたいてネットカフェの9時間ナイトパックを購入した。

 そんな風に僕は二ヶ月くらいを過ごしていた。図書館が早く閉まる日や、なんとなく一人になりたくなった時、僕は談話室に行って電気をつけずにぼーっと過ごした。電気がついていると、そこでパーティーか何かが開かれていると勘違いした学生が凸して来たりすることがあったからだ。彼は喜び勇んでドアを開き、中を覗き込む。ソファーの上に一人で本を読んでいる僕を目にし、大抵は落胆して帰る。あるいは、部屋の中にすごすごと入り、しばらくスツールに腰掛けてスマホをいじったりもする。そして、やはり落胆して帰る。
 ある夜、僕は真っ暗の談話室(七階にある)から外を眺めていた。神仙と円山町の景色が見渡せた。渋谷の上空が、街明かりで薄ピンク色に染まっていた。
 マンションの明かりを一つ一つ眺めながら、ホームレスということについて思いを馳せた。ホーム——それは、心を許すことのできる仲間のいる場所を指すのではないか、と僕は思った。そうでない時、その場所はホームではなく、ただのハウスだ。雨風を凌げるという意味での物理的なシェルターに過ぎない。
 その意味で、電球色の暖かな光のもれる、あの、小さなマンションの部屋の中に一人で住んでいる人たちは、皆、ホームレスなんじゃないか、という気がした。僕とそんなには変わらないじゃないか。

——ガチャリ、と背後でドアが開いた。真っ暗な談話室に人が来るとは思っていなかったので、僕は驚いて背後を振り返った。入って来たのは一人の女の子だった。彼女とは何回か顔を合わせたことがあったけれど、話したことはなかった。彼女は僕の存在に気づかないまま、真っ暗な部屋の中を歩いてソファーに腰掛けた。そして、ソフトボール大会の日程なんかが書かれているホワイトボードをじっと見つめた。
 困ったことになった、と僕は思った。彼女は僕の存在に気付いていない。もし、ここで咳払いか何かをしたら、彼女は飛び上がって心臓発作を起こしてしまうに違いない。
 僕に気づかないまま立ち去ってくれるのを願って、息を潜めていた。やがて、彼女は長いため息をつき、独り言を始めた。わずかになまっていたが、それがどこの方言なのかは分からなかった。途切れ途切れにしか聞こえなかったが、彼女が友達の悪口を言っていることは分かった。
 ひと通りあれこれと語ると、すっきりしたのか、彼女は立ち上がって窓際の方にやって来た。僕はもう、身を隠せる場所がなかった。彼女はそこに立つ黒い人影に気づき、——思っていた通り——三十センチほども飛び上がって短い悲鳴をあげた。
「ごめんなさい」と僕は謝った。彼女も素早く「ごめんなさい」と言った。
「その……誰もいないものと思っていました」
 僕はその次をうまくつなげることができなかった。どうして僕はずっと隠れていたのだろうか?
「僕こそ、あの、隠れていてごめんなさい、悪気はなかったんです。ただ、びっくりさせたくなくて」

 居酒屋で働いていた頃の2つ歳上の先輩は、「お前、また家活(いえかつ)したのかよ」と僕をからかった。そう、僕は今回もまた(情けないことに)彼女の一人暮らしのアパートに転がり込むことになった。彼女は広島から上京して来た二年生(同級生)だった。彼女は僕のことをよく「犬」と呼んだ。そのきっかけは、お互いの生活費について話したことだった。
「月々18,000円」と僕は言った。彼女は驚いたようだった。
「実家でね」と彼女は何かを思い出すように話した。「シベリアンハスキーのケントくんを飼っていた。もう死んじゃったけれど、生きていた頃は、毎月、なんだかんだで3万円くらいはかかっていたと思う」
「分かった」と僕は言った。「もし、食うに困ったら、そのへんの犬に物乞いをすることにするよ。僕なんかよりはずっとリッチだ」
 彼女は笑いながら、「本当に、それで足りるの?」と尋ねた。
「地面に生えている草を食べている、という状態を『足りている』と言えるのであれば、ね」
 そう言った後で、僕は言わなければよかったと後悔した。彼女は眉をしかめ、それから発作的な笑い声をあげた。
「ねぇ、それじゃ、本当に犬だよ」

 季節が夏だったこともあり、彼女は部屋の中ではほとんど服を身に付けなかった。下の方だけ下着を身につけ、ベッドの上や、テーブルの前の椅子に座り、本を読んだり、映画を見たりしていた。
「ね、こっち来て」と彼女は僕を誘った。僕は彼女のところに行き、彼女に抱かれた。彼女はやはり犬を抱くような格好で僕を抱きしめ、頭を撫で、「お手」と言ったりした。僕がそれに応えると「おかわり」と言った。「ぐるっと回ってワン」と言われたときには、流石に拒否したのだけれど。
「一緒に寝て」と彼女は言った。僕は彼女の隣に身を滑り込ませ、左手を枕に差し出した。彼女はそこに頭を乗せ、つるりとした両足を僕に絡めて目を閉じた。ね、新山君とくっついてると眠くなる、と彼女はとろんとした声で言った。その言葉通り、彼女はすぐに寝息を立て始めた。

 しばらくして、僕は彼女をゆすり起こそうとした。「起きて」
 彼女は寝返りをうって反対側を向いてしまった。
「ねぇ、起きてくれよ」と僕は言った。彼女はただ、うぅぅん、と唸った。
「起きてよ、誰かがドアをノックしているんだ」
 

 二年後に僕は大学の何かの授業で彼女を再び見かけた。どういう経緯だったのかは覚えていないけれど(ちゃんと授業を聞いていなかった)、教授が学生団体を授業の中で紹介した際に、彼女が登壇して喋ったのだ。
 彼女は自己紹介をし、その団体の中における自分の役割について説明した。話は全然覚えていないんだけれど(ごめん)、ただ、彼女の趣味のことだけが記憶に残った。
「趣味は」と彼女は語った——「地面に生えている、食べられる雑草を探すことです!」

 ワンっと僕の中にいる犬が吠えた。それから尻尾を振り、くるくると回った。

※この物語はフィクションです。(念のため)

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