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ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説42―It's Quiet Uptown 和訳


はじめに

ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。

物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。

劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。

”It's Quiet Uptown”

※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。

※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠。

ANGELICA:

There are moments that the words don’t reach. There is suffering too terrible to name. You hold your child as tight as you can And push away the unimaginable. The moments when you’re in so deep It feels easier to just swim down.

「言葉が無力な時もあるわ。どう呼んだらよいのかわからない苦しみもあるの。子供をできる限り強く抱き締めるように。やりきれない思いを振り払えるように。深みにはまれば、それだけ乗り切るのが簡単に感じられるわ」

ANGELICA, ENSEMBLE:

The Hamiltons move uptown And learn to live with the unimaginable.

「ハミルトン一家は郊外に移った。そして、やりきれない思いを抱えながら暮らした」

解説:ハミルトンの自宅として有名なグレーンジは、当時、ニュー・ヨーク・シティの市街地から離れた場所にあり、1802年に完成した。現在のグレーンジは移転された場所である。以下の写真は1888年に最初にあった場所で撮影されたものである。

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HAMILTON:

I spend hours in the garden. I walk alone to the store. And it’s quiet uptown
I never liked the quiet before. I take the children to church on Sunday. A sign of the cross at the door. And I pray. That never used to happen before.

「私は庭で時間を過ごした。店まで独りで歩いて行った。静かな郊外だ。以前、私は静かなところはあまり好きではなかったのに。日曜日には子供たちを教会に連れて行く。十字架の印が扉にあるところへ。そして、私は祈る。以前はそんなことはなかったのだが」

ANGELICA, WOMEN:

If you see him in the street, walking by himself, talking to himself. Have pity.

「もしあなたが彼を通りで見かけたら彼は独りで歩いて独り言を言っているに違いないわ。なんてかわいそうなの」

解説:エズラ・エイムズが1802年に描いた肖像画を見ると、息子を失った悲しみがハミルトンの表情にありありと出ている。

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1801年11月26日、フィリップの死を知ったベンジャミン・ラッシュはハミルトンに以下のような手紙を送っている。

あなたの家族に起きた先の苦痛に満ちた出来事において私の家族全員の涙をあなたの家族と混じらせることをお許しください。家族全員で同情を示すこと、そして、あなたのご子息が先にフィラデルフィアを訪問した際にその魅力あるふるまいで私の家族とすっかり仲良くなったことを伝えれば、あなたの悲痛を和らげるのに役立つかもしれません。ご子息の訪問は毎日のようでした。そして、そのたびにその理解力と作法のすばらしさ、そして、善良な性質を我々にあらためて認識させました。私の子供たちの一人に友情と慈愛で親しんでくれました。それは彼にとって大きな栄誉であり、ラッシュ夫人と私自身によって感謝の念とともに生きている限り記憶され続けるでしょう。私の息子は、ご子息がニュー・ヨークに帰った後、受け取った優雅で友情に溢れた手紙でそのことを記憶しています。あなたは独りで泣いているわけではありません。多くの多くの涙があなたたちのために我々の街で流されています。ご子息が人生の最期を迎えた信心深い様子を聞いてあなたの友人たちはきっと大きな慰めを得るでしょう。神は人間のように裁かず咎めません。神の慈悲には限りがないのです。

この手紙にハミルトンがようやく返信したのは1802年3月29日である。

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