Bounty Dog【Science.Not,Magic】1

 1度目の騒動が発生した日は、8月の上旬だった。

 カイ・ディスペルは死に掛けていた。腰に抱えた爆弾が爆発寸前になっている訳では無く、腰に本と菓子を交互に乗せられて『ディスペルタワー』が建築されている訳でもない。腰と真逆の方向に付いている部分が限界間近になっていた。彼は空腹で死に掛けていた。
 北東大陸上部の寒村から”原子”を探して三千里以上1人旅を続けている此の少年は、鎖骨までの長さがある水色系の銀髪を赤いシュシュで二つ括りにしており、袖の口が広い魔法使いのローブのような黄色い服に、薄青のデニム半ズボンとショートブーツを履いている。白い布製のメッセンジャーバッグを肩に掛けて、眠気眼をした緩いカエルのキャラクターを模した蝦蟇口財布を手にしている彼は、果物屋の露店前に立って、赤紫色の大きな目で林檎を物欲しそうに見つめていた。
 大きな林檎が山のように積まれた木の箱の果物の隙間から、値段が書かれた看板が突き出ている。
『北東大陸産・大林檎。1個210エード』
 カイは手に掴んでいるカエル財布の口を開けた。中に100エード銀貨が2枚だけ入っていた。
「駄目だあ」
 店主の老男は睨み目をしながらカイに告げた。隣に立っている店主の妻らしき老女は、哀れみの目を向けている。
「駄目だべ」
 老男の決心は強かった。カイの腹から虫が全力で喚き出す。腹の虫の音を聴かされても、店主は決心を曲げながった。
「10エード無えんだったら、其れは売らねえばい。林檎は諦めんしゃい。此方も商売なんだあ」
「スーパー、ウルトラ、ハイパー」カイは財布から200エードを出して、掌に乗せた。差し出しながら、果物屋の店主夫婦に涙目で訴える。
「ミラクルスペシャルワンダフルビューティフル、アルティメット、お恵みを」
「駄目だあ」
 中央大陸の端に店を構えている果物屋は、今日は強敵だった。9歳児には厳しい。老女も9歳児には厳しかった。少年に説明してくる。
「すまんだべがねえ。最近なあ、店の売り上げが悪いんだべよお。爆弾テロリストの事件でお客さんが凄い減っちょってなあ。本当はお前んも腹空かせとんの助けちょりたいんだべけどなあ、ウチも商売して生きちょるんよ」
「うわああああああああああ!!あああああああああああ!!」
 カイは発狂した。所持金で買える1本80エードのバナナ2本を代わりに勧めてきた老女に背を向けると、カイ・ディスペルは号泣しながら道の彼方へと走り出した。
 彼の現在の全財産は200エードだけだった。”原子”の旅に出ている北東大陸の少年は、4ヶ月間続けていた旅が金欠と空腹で終わり掛けていた。

 人間であるカイは、”原子”が目に見えない。4ヶ月間世界中を回りながら探し求めている”原子”には、未だ出会えていなかった。彼が探している”原子”は……火を吹き上げたり、重力の球になったり、氷柱が出てきたり、氷柱が出てきたり氷柱が出てきたりする10ヶ月前に”友達”が見せてくれた、スーパーウルトラハイパースペシャル、ミラクルビューティフルワンダフルアルティメット格好良くて、まるで魔法のように派手な『化学反応』を起こしてくれる、そんな素敵な”原子”達だった。
 “友達”と別れてから、カイは生まれ育った北東大陸の寒村で、現在は大学の教授をしながら『原子操作術』の研究者として最前線を走っている兄タクト・ディスペルが実家に置いている膨大な研究資料、研究用資材、とある亜人に関する文献などを、端から端まで読み漁り使い漁って”原子”を独自文字と指弾きで操る特殊技術『原子操作術』の知識と実践のアップグレードに努めていた。
 その傍らで農作業アルバイトによる旅金稼ぎの策略にも精を出し、半年掛かって準備を整えて、カイ・ディスペルは『原子の旅』に出た。だがカイは原子操作術と理学以外には基本的に興味が無い。経理についての知識は皆無だった。
 メッセンジャーバッグ一杯に詰めていた、子供は大金だと思う1000エード紙幣の束は、実際は大金には程遠い額しか無かった。ホテルを使わずに簡易キャンプをしながら旅をしていたが『原子の旅』2ヶ月目から本格的な節約が必要になり、山で野生の木の実を採取して渋みに耐えながら食べたり、真夜中に人間の畑に忍び込んで好物のトマトをスーパーハイパー謝りながら盗んだり、川で魚を釣って捌いて焼いて食べたりして生きていた。
 最近大きな出費をしたせいで、残金が遂に200エードになってしまっていた。散髪屋に行って、日帰り温泉施設にも行き、着ていた服をコインランドリーで洗濯・乾燥して着直していたからだった。故に現在の彼は旅を始める前の小綺麗な姿になっている。だが残金は戻らずに200エードに減っていた。3日前から何も食べていなかった。
 中央大陸の地を泣きながら全力疾走するカイ・ディスペル(9歳)は、泣き喚き声が途中から壊れた。急に大声で笑い出す。一時的な狂気に呑まれた空腹絶頂期の少年は、黄色い砂に薄く覆われた乾いた大地の上に広がる空に向かって、笑いながら叫んだ。
「水兵え!りーべー!僕の船え!!オレは今も完璧に覚えてるぜ!はーはははは!はーはははは!はー!!」
 前方に現れた金網にぶつかった。弾き飛んで仰向けに倒れたカイはよろめきながら立ち上がると、格子型の赤痣が付いた白い肌の顔にある赤紫色の大きな目を限界まで吊り上げて、不敵に笑った。呟く。
「フッ。Fe(鉄)、もしくはS(スチール)。恐らくコレはS。だがオレは今スーパーウルトラハイパー腹減ってるんだよ!だから、こうだああああああああ!!」
 カイは怒涛の勢いで金網によじ登った。彼と彼の兄タクト・ディスペルは、年齢以外にも幾つかの違いがある。兄は運動が苦手だが、弟は運動神経が抜群に良かった。
 最も得意なモノは水泳で、次は短距離走と中距離走で、木登りは3番目に得意だった。金網をスイスイ登って直ぐに頂上に辿り着く。跳ねるように飛び降りた。宙返りは未だ出来ないが、やり方を誰かに教えて貰えば難なく出来る程に身動きが軽やか、かつ俊敏だった。
 着地するなり目眩に襲われる。カイはよろめきながら、金網の奥に続いている荒地を歩いて行った。一先ず食料を探す事にする。資金の追加もしたかったが、海外出稼ぎアルバイトをするにも、先ずは栄養補給が必要だった。

 半月前に魔犬カロルが予言した『騒動』は、この時に第1波が発生した。

Science.Not,Magic(S.N,M)

 攻撃は最大の防御なり。騙し討ちは最強の攻撃手段なり。

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 テレビが、付けっ放しだった。

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