Bounty Dog【Science.Not,Magic】4-5

4

 某大国の人間達は、動物並みに素早かった獲物Aを取り逃した。『超天才頭脳少年の香草焼き』は諦める。代わりに見付けた獲物B&Cに狙いを定めると、調味料と薬味を詰めたスチール製箱と刃物を手に、第2回珍味食材狩りを開始した。
 人間達は近付いてくる獲物の姿を見ながら、作って食べる珍味料理を考える。獲物Cは燻製サラダにしようと思った。そして獲物Bは、定番の味噌鍋にすると決めた。

『犬鍋ね、ヒュウラは犬鍋』
 脱走絶滅危惧種亜人3体衆の捕獲任務を始めたヒュウラの首輪型発信機から、亜人課現場保護部隊長シルフィ・コルクラートが呟いてきた。誘導員(ナビゲーター)として亜人2体の補助をしている人間の女は、約3ヶ月前の5月6日に双子の弟より1つ歳を取り、29歳になっていた。
 永遠に歳を取らなくなったデルタの代わりに、此の世に生きている姉シルフィは同じく此の世に生きている特別保護官の狼の亜人に、9ヶ月前の出来事について話し掛ける。
『前回、貴方は此の国の人間達から犬鍋パーティだと喝采を浴びていたでしょ?だから今回も彼らは貴方に対して、また犬鍋パーティの大喝采をし始めると思う。カメラ越しにもう彼らの姿が見えてるけど、思った通りのダンジュルーズ』
 産まれ育った北東大陸ではデンジャラスと言う『危険』の意味となる言葉を、憧れている北西大陸上部の某国の独自語で言ったシルフィは、刃物と金属製の箱を持って歩み寄ってくる人間達を首輪に付くカメラ越しに見ながら、深い溜息を吐いて言葉を続ける。
『使えそうな良い”鈍器”も持っているわね……あの重そうな小さな箱。アレを2人で奪って殴って、徹底的に退治しても良いわ。私達は現地に行けない。だって其の国で今大流行中の珍味料理用食材に、人間のお肉まで入ってるそうですもの』
 シルフィの声の奥から、別の人間の女が甲高い悲鳴を上げた。ヒュウラとリングは聞いた事が無い声が一言二言シルフィと会話をしてから黙ると、シルフィが冷淡な口調のまま話しを続けた。
『動きが遅い私達が其処に混ざると、足手纏いになってしまう。素早い貴方達が素早く自由に動きやすくする為よ。フォローはするから安心しなさい。
 ……ふふふ、もし此処にカロルが居たら、予知した通りだと今の状態を喜ぶのかしら?ワルツでも踊りながら、イヌナベは響きが醜いと言って、十中八九これから貴方達を襲ってくる人間達を纏めて蹴り殺したりするのかしらね?』
「ニャー。そいつ、誰ニャ?」
 リングが首を傾げながら呟いた。肉切り用鋏がシャキシャキ音を鳴らしながら開閉する音が近付いてくる。ヒュウラは近付いてくる狩人達を睨み目で凝視している。
 シルフィは淡々とした口調で言った。
『貴女は関係無いから気にしないで良い、彼は私とヒュウラのトゥトゥ(ワンちゃん)よ。ヒュウラ、貴方もヒュウラ。此の任務は貴方がしたいようにやりなさい。自由にね』
「御意」
 ヒュウラは人間達に目を向けながら返事した。同時に思う。彼はシルフィよりもカロルの事を、本来の姿から事細かな性格まで、極めて良く知っている。
 同じ獣犬族の雄体”魔犬カロル”が此の場に居たら取るだろう行動も、容易に想像出来た。
 ーーあいつは踊るのよりもオンガクよりも、人間に”ジッケン”をする事が好きな奴だ。だからあいつは直ぐに蹴り殺さない。そうしたら面白く無いからだ。
 面白く無いと、あいつの感覚では”響きが醜い”になる。だからあいつはグルルル唸ってからゲラゲラ笑い始めて、人間達を追い掛け回して”響きが美しい”と思うジッケンをする。そしてジッケンをされた人間は、全員耐えられずに死ぬ。
 其れを俺には、”死”だから見せない。ーー
(当たり前だ。”死”は、わたしが思う1番響きが醜いモノだからだ)
 ヒュウラの頭の中で、カロルが話し掛けてきた。記憶を遡る能力を持つ虫の亜人に思い出させて貰ったお陰で、ヒュウラは記憶の創造物では無い本物の”魔犬カロル”と、頭の中で交信する事も出来るようになっていた。
 狼2体の脳内交信でも、カロルは”彼奴との契約”で一方的にしか話せない。青白い霧に覆われている子犬の頭の中で胡座を掻いて座っている相手は、成犬の狼男だった。
 姿は霧に隠れて今は殆ど見えない。相手が片手に掴んでいる赤黒くて先に近い位置で大きく湾曲している細長い道具の姿も殆ど見えない。頭部だけがハッキリ見えた。己を完全な大人にしたような見た目をしている雄狼は、レンズが嵌っていない黒縁眼鏡を掛けた、己と瓜二つの顔を霧の中から向けてきて、涼しい態度で話し掛けてくる。
(実験は、人間を多く学べる上に響きも美しい。お前もしてみろ、ヒュウラ。死では無い”生(せい)”の実験。人と戯れて、人を沢山学べ)
 ヒュウラは刃物と金属箱を持って走り出した人間達を微動だにせず見つめていた。リングがブニャーと鳴いてヒュウラの胴を両腕で抱える。背は伸びたが体重は30キロ以下のままである超軽量生物を抱っこしながら猫がニャーと鳴いて踵を返そうとすると、
 頭の中の”響きとポップコーンと実験”大好き眼鏡狼が、嘲笑顔をしながら子犬に言った。
(さあ行け、ヒュウラ。面白い騒動だ。これはマツリという奴だ。マツリ。グルルル、グルルル、やはりこの言葉は、何となくだが響きが美しーー)
 ビリビリバキュドガーンという轟音が聞こえると同時に、ヒュウラが大々的に反応した。
「此処にも祭りがいやがったあああああああ!!」

5

 盛大に開催された『中央大陸・珍味狩り祭り』は、開始直後に『魔犬の電撃ロースト(生焼け)』が冥土で出来上がり、此の世でも10分程で2品目『人間の電撃ロースト(ミディアムレア)』が8人前完成した。
 調理方法は、中央大陸某国の至る所に建てられている『珍味食材野外調理用電撃柵』に触ってしまった人間8人が自滅した、エレキトリック・バーストによるこんがりローストだった。

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