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愛おしきディスコミュニケーション ーーシェーク・M・ハリス特集に寄せて


私が『サイドミラー』に出会うまで

 私がシェーク・M・ハリス作品に初めて触れたのは去年(2023年)のムビハイという映画祭だった。

 ムビハイは映画美学校、ENBUゼミナールに並ぶ映画制作ワークショップである「ニューシネマワークショップ」が主催する映画祭で、在校生・OBによる中短編作品の中から選りすぐりの何作かが上映される。

 その日のメインは『遠吠え』という長編作品で、これは特別上映枠として上映された。本作の監督こそが他ならぬシェーク・M・ハリスだった。

『遠吠え』(企画製作:演劇集団ツチプロ)

 『遠吠え』は非常によくできた作品で、各々が抱える些細なフラストレーションが積もりに積もって最終的に大破綻を迎えるというカタルシスはさながらコーエン兄弟『ファーゴ』山下耕作『博奕打ち 総長賭博』をも彷彿とさせた。とんでもない若手監督がいたものだと思わず舌を巻いてしまった。

 さて、この日は『遠吠え』の併映作品として同氏の『サイドミラー』という短編も上映されたのだが、コイツもヤバすぎた

『サイドミラー』より

 1:1という極端な画面サイズ、鏡の中に映る景色だけを捉え続けるカメラ。まさに短編ならではの実験性が光る異様な一作だった。

 しかもそれらの実験性がわずか15分の物語としっかり呼応し合っている。単なる「思いつき」に留まらない力強さが本作にはある。

 そういうわけでまんまとシェーク・M・ハリス作品の虜になってしまった私は迷わず本人とコンタクトを試み、当館(第8電影)での特集上映を企画した。

 本特集では上述の『サイドミラー』ほか2本の短編が上映される。『ときめきの栞』と『まるで惑星』だ。これらについてもネタバレにならない程度にざっくりとその魅力を説明しておこう。

『ときめきの栞』

 『ときめきの栞』では、ナヨっとした男子生徒と彼のことが好きでたまらない何人もの女子生徒が恋の駆け引きを繰り広げる。いわゆる「ハーレムもの」というやつだが、物語が進むにつれてシェーク・M・ハリスのアシッドな作家性がジワジワと滲み出してくる

『ときめきの栞』より

 各々が投げつけ合う言葉は清々しいくらいに空振ったり、あるいは思いもよらないところで直撃したり、とにかくガッチリと噛み合うということがない。彼らの本音は常にすれ違い続ける。『サイドミラー』同様、本作もまた人々のディスコミュニケーションに心ゆくまで歯痒い思いをすることのできる居心地の悪い快作だ。

 不毛な会話の嵐が止んだとき、彼らが目の当たりにしたものとは…?

『まるで惑星』

 『まるで惑星』はほとんどワンシチュエーションで物語が進行する『サイドミラー』『ときめきの栞』とは打って変わってダイナミックに舞台が変転する。朝と昼と夜とでまったく表情を変える海面の表情が印象的だ。

『まるで惑星』より

 UFO、惑星、微生物。パッと放たれた言葉が思いもよらない意味を湛えて輝き出す。その燐光に呼応するように幽明の境目がほんの少しだけ融解する。彼女は現実を超えた奇跡を目の当たりにする

 シェーク・M・ハリスの脚本美学と映像美学が見事に邂逅した美しい青春譚だ。

ディスコミュニケーションの愛おしさをめぐって

 上記3作品を貫くキーワードはやはり「ディスコミュニケーション」だろう。自分が思っていることと相手にそれが伝わることの間には大きな隔たりがある。思考と音声の懸隔。

 時に言葉は使い手の意図を裏切って、全く別の印象を相手に与える。しかしそうした危うさがあるからこそ人間関係は面白い。同じ条件下であれば必ず同じ答えを導き出す数式とは根本的に性質が異なる。

 そんな人間関係のままならなさを滑稽に、かつ愛おしげに描き出す名手がシェーク・M・ハリスという作家なのだ。

 今回の特集上映は、彼の代表的な短編を一挙に堪能できるまたとない機会となる。ぜひとも多くの方にご来場いただきたい。

上映場所・日程

☆場所
川口映画館&バー「第8電影」
埼玉県川口市栄町3-9-11 リーヴァ第一ビル2F

☆上映・イベントスケジュール
1/8(月) 19:00~『サイドミラー』『ときめきの栞』
1/9(火) 19:00~『ときめきの栞』『まるで惑星』
1/10(水) 19:00~『サイドミラー』『まるで惑星』※脚本家・佐藤佐吉さんアフタートーク付
1/11(木) 19:00~『サイドミラー』『まるで惑星』
1/12(金) 19:00~『ときめきの栞』『まるで惑星』
1/13(土) 19:00~『サイドミラー』『ときめきの栞』『まるで惑星』※監督・清水崇さんアフタートーク付
1/14(日) 19:00~ 『サイドミラー』『ときめきの栞』『まるで惑星』

文章:「第8電影」支配人・岡本因果

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