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少女デブゴンへの路〈10席目〉

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(縦書きは第4章の冒頭から始まります。ご了承ください)

  10席目 サモ・ハン・キンコ

 皆々様、ご視聴ありがとうございます。
 ラスト配信、いささか緊張しております。問題なくご視聴いただけますでしょうか。
 《OK! 大丈夫》《無問題!》……そうですか。それは良かった。一安心。 パン。

 さて。『少女ドラゴンへの路』、いよいよ最後の一席となりました。
 前々話から、キン子、絶体絶命、万事休すの状態のままで迎えた最終話、一体どんな展開で、どんな完結を迎えるのか――パパン!
 では、始まります! 
  パン、パパン!

 サンは、目の前に転がる簀巻きたちをまずは指さし
「それじゃ、この簀巻きどもをさっそくあのバンで運ぶとするか。クライアントさんには、ちょっくら待ってもらって……」
 後を振り返り、傾いた荷車に載った迷彩シートの塊を指さしたそのとき、
  ――パン!

 荷車の真ん前に、突如、PTA車が現れた。タマサカ家の愛車、普通乗用車タイプの方のPMWである。
 一同があっと驚く間もなく、乱暴にそのドアが開かれ、中から割烹着を着たロボット――人型類が姿を現した。
「もう、夕ご飯の前までに帰ってくるって言ってたのに、何やってんの。遅れるなら連絡ぐらいしてよね」
 アイン君がぶりぶり怒りながら降りてきた。猿ぐつわを噛まされ、簀巻きにされた一同を見つけて呆れる。
「ちょっと、コレ何。のり巻ごっこ?」
 ぶごぶご、もがもがと、苦しげに何か必死に訴えようとしているのり巻ごっこのメンツに歩み寄ったアイン君、ふっと視界の端に地に横たわる人型類を捉えた。
「カットちゃんまで何? こんなとこで寝ちゃって」
 駆け寄って起こそうとして、カットちゃんがショートしていることに気が付いた。
「あー‼ 一体、どういうこと!」
 叫ぶアイン君に背後から忍び寄る影が。それを見とがめた簀巻き組のもがもが、ふごふごが一層激しくなる。もごふごの変調に異変を察知したアイン君は
 「貴様も一緒に眠れ!
 スタンガンを振りかざして襲いかかってきたミスター・スタンに
 ――キキキーン!
 ポケットから抜き出した出刃包丁を一振りし、スタンガンを遠くへ弾き飛ばして退けた。
  パンッ!

 アイン君が叫ぶ。
「アンタが犯人か!」
 片方に出刃包丁、もう片方に刺身包丁を持ち、二刀流でミスター・スタンにじりっじりっと迫る。手首を押え、顔を引きつらせて後退るミスター・スタン。
 それを見たゴロツキ連合の皆さん
「おい、今度は包丁妖怪だぞ」
「何で化け物ばっかり出てくるんだよ」
「化け物相手にどうやって凄めっていうんじゃ」
 震え上がった。 パン。

 えっ。ちょと誰? 《二刀流! 家事界のオオタニ!》って叫びをコメントしてる人は。わかんないP世界の人もいるんだから自粛してね。あらまあ《お前が言うな》ですって。だから私は反省してね……って話が進まないからもうしばらくコメント黙ってぇ。 パンンンン……。
 
 ふいっとスルーの姿が消えた。次の瞬間、アイン君の頭上からスルーが
きえぇぇぇ!
 スルーの得意技である空中踵落としがアイン君目がけて降ってきた。
(決まった)
 スルーが確信したとき
 ――ガッ!
 スルーの体が横に吹っ飛んだ。ザザザーと流れるように地面に擦れて転がる。
  パン、パパン、パン、パン‼

「間一髪だったねぇ」
 アイン君の前に、筋コップをまとったカブ師匠が立っていた。
 青い顔をしてざわめくゴロツキ連合、もう腰がブルガクしている。
「おい、カマキリ妖怪を退けたぞ」
「伝説の子泣きばばあか」
「丸呑み婆じゃねえか。ごっつい体の中に小さい婆の体が呑み込まれてる」
「いや、猫まんま婆の仲間じゃないか。小さい婆が猫皮じゃないけど、ごっつい皮を被ってるから」
 カブ師匠の姿は、こいつらからは妖怪の一種にしか見えない。新たな妖怪が現れたとしか思えないのであった。 パン!

 地面に転がったスルーは、回転が止まるや否や素早く立ち上がった。そして、さりげなく僅かに体を開いて立っているカブ師匠と静かに睨み合う。片や日本舞踊の師匠、片や元バレリーナ。互いに相手が武者むしゃならぬ舞者むしゃであることを一瞬にして見抜いていた。
 に通ず――こいつはできる。互いが互いをそう認めた。
  パン!

 カブ師匠とスルーの間に漂う予断を許さないピンと張り詰めた空気。二人に衆目が集まる。
 その隙をミスター・スタンは逃さなかった。素早く周囲を見渡しスタンガンを探す。発見すると一直線にその元に駆けていく。
「あっ」
 気付いたアイン君がミスター・スタンを追い始めたときには、すでに彼はスタンガンに手を伸ばしていた。
 が。ミスター・スタンの手があと数ミリでスタンガンに届くかという瞬間、彼の足が強く払われた。両足が宙に浮き、彼はもんどり打って、地に横たわるスタンガンの上に顔面から着地した。
ぎゃう‼
 ミスター・スタンの体か顔か、どこかが偶然スイッチに触れたのだろう。ちょうど電極部に触れていた額から電流が全身に走った。しかも出力最強。うっわあ……悲惨。運が悪いのか、悪運が強いのか、幸いミスター・スタンは命に別状がなく、気絶しただけで済んだ。
「危なかったぁ」
 気絶したミスター・スタンの足元には、簀巻きキン子が転がっていた。ミスター・スタンの行動を察知したキン子が、地を転がってミスター・スタンの足に体当たり。全身を使って足払いを仕掛けたのであった。
「キン子ちゃーん、大丈夫?」
 パン太が心配して声を上げる。
「大丈夫。ちょっと目が回っちゃったけどね」
 これを見ていたタマサカ先生は
(これは、地躺拳ちしようけんとか地功拳ちこうけんとかっていうやつの技じゃないの?)
 おおっ、と目を輝かせた。地面に倒れたり這いつくばって転がったりして攻撃する武術の流派を思い出していた。攻撃の仕方が意表を突きすぎて、卑怯ぽいイメージもあるし、何より動きが地面を這う小バエみたいに小うるさい。正直、ヒーローっぽい格好良さは感じられないが、戦略に優れた拳ではある。
(でも、あれって、体力もいるけど、根性も相当いるよね。キン子に根性ねぇ……)
 地面にばっと体を投げ出したり、かと思えば、ぱっ起き上がったりで、並々ならぬ瞬発力、体力が必要だ。体も痛そうだし、根性なしにはできないだろう。キン子に根性の二文字は、あまり似合わない。食い物が絡めば別であるが。 パン。

 さて、話をカブ師匠とスルーの対峙に戻しましょう。
 二人は、しばらく、目を合わせたまま、その場で静かに立っていた。やがて、ジリ……とスルーの足先が僅かに地表を擦った。カブ師匠の眉がピクリと動く。
 その瞬間、スルーがカブ師匠目がけて跳び、回し蹴りが唸りを上げた。   パン‼

 カブ師匠は、素早く腰を落とし、スルーの脚をかい潜りながら、しゃがんだ状態でスルーの軸足に、片足を後から前方に回転させる前掃腿の要領で足払いをかける。スルーはそれを軸足で地を蹴り、開脚ジャンプ――バレエのグランジュッテとかグランパドシャとかいうやつですかね? ――で跳び去ってかわす。着地すると、そのまま後ろ脚でカブ師匠の頭を蹴り上げようとする。
 パン‼

 それをカブ師匠が扇をパッと払い広げるがごとく、右手で軽々と受け止め、低い位置から一気に上に突き上げるように左の拳を飛ばす。その拳をシュパッと前方に跳び、前転で地を転がり回避するスルー。
  パン! パパン‼

 息もつかせぬ攻防が繰り広げられるっ! パパン! パン! パン!

「すげー、すげーよ! やっちまえっ! いけぇカブ師匠!」
 ソンタ君がPMWの天辺で小さな太鼓をドコドコドンドンと勢いよく連打しながら、ソンタ君らしくないヤンキー口調で激しくカブ師匠を応援する。
 あれ? ソンタ君、いつからそこにいたんだ。
 忖度なし。ヨイショなし。何かから解放されたように叫びまくるソンタ君。一体、何があったのでしょう。きっと、いろいろと溜まってたんでしょうね。忖度もヨイショも疲れますもん。知らぬ間に心がすり減っていくっていうんでしょうか。時々、ため息出てましたもんね。 パン。

 カブ師匠とスルーの演舞のごとき技の応酬が続いていたその頃、アイン君は、簀巻き組の猿ぐつわと縄を包丁でシュパパッと切って、彼らを次々と解放していた。まずは一番近くにいたキン子。それからタマサカ先生だ。
「ぶわっ、ふう……ソンタ君までいるの? 留守番は誰がしてるの?」
 タマサカ先生、猿ぐつわが外れて、開口一番のセリフがそれか。
「田中部長です」
 PW連邦のPTA製造局技術部長だ。
「田中部長? あっ。そういえばウチに来るって言われてたんだ。あちゃー、今日だったっけか」
 猿ぐつわの隙間から、ゴッちゃんが深いため息が漏れた。
「この後、予定がなくて暇だっていうから、お留守番を頼んじゃいました。発泡酒じゃない本物ビール一缶で、快く引き受けてくれましたよ」
 お家では発泡酒ばっかりなんですって。今頃、ビールちびりながらカン流ドラマの『夏のアンタ』を見てますよ。
「最近、腹が出て来たっていうから、おつまみは、揚げ物はよして、スルメとトマトのマリネを出しときました」
 マリネはオリーブオイルを使ってますからね、ヘルシーです。パン太の簀巻き包装の荒縄を切りながら、おつまみのことまで説明する。
「さて、次は……と。あれ。あかねさん」
 パン太の包装を解き、残りの簀巻き群を見渡したアイン君、簀巻きの中に姐さんがいることに、大して驚いた風もなく、
「もう、3年前の晩ご飯はとっくにないですよ。あかねさんの好きなコロッケだったのに。あっ。今日もコロッケだ。良かったー、多めに作っといて」
 姐さんが今日の夕食を帰って食べると、当たり前のように決めつけている。そんなアイン君に
「……」
 猿ぐつわが外れても、返す言葉が見つからない姐さんであった。 パン。
 
 スルーとカブ師匠の戦闘に気を取られていたサンとゴロツキ連合は、背後から呑気な会話が聞こえてきて、簀巻き組の包装が次々と解かれていることにようやく気付いた。
 サンがゴロツキ連合に
「行け!」
 と命じるが、そこには包丁妖怪アイン君がいる。怖くて誰も近寄れない。
「あんなもん、包丁持ったロボットじゃねえか! 人形だよ、人形。からくり人形ってあるか? そうか、ここにもあるか。それが包丁持って凄んでるだけだ。大したことねえ」
 じゃ、お前が行けよって話ですが。
「からくり人形?」
「妖怪じゃなかったのか」
「なーんだ」
 それを聞いてゴロツキ連合は安心した。随分と単純だな。
「殺っちまって……いや壊しちまっていい!」
 彼らは、三人の副業ゴロツキ派遣業のヘタレ夜盗を除き、山賊を正業としている。サンの殺し……じゃなくて破壊命令に、背負っていた蛮刀をすらりと抜いた。 パン!

 ゴロツキどもが一斉にアイン君に斬りかかる。
「もう、まだ全部包装解いてないのに」
 アイン君は仕方なく立ち上がり、ヒュンと音をさせて包丁を構える。
 カンカン、キンキン、刃と刃がぶつかる金属音が鳴り響く。
 華麗な包丁さばきで、ゴロツキどもの蛮刀と丁々発止と切り結ぶアイン君であったが、多勢に無勢、次第に押され気味になってくる。 パン。

「おい! 早く縄を解け!」
 焦れた姐さんが叫ぶ。もう、アイン君、先に縄解けよって話ですけどね、だって、タマサカ家の人類がみんな鼻が悪いから、呼吸の安定確保を優先しちゃうところが、食を含めタマサカ家の健康を預かるアイン君の習性というか、もう本能である。
 キン子がゴッちゃんの、タマサカ先生が姐さんの縄を解こうとするが、プロのゴロツキにがっちり結ばれた荒縄は、不器用なキン子と非力なタマサカ先生では、もたもたするだけでなかなか解けない。
 その様子にパン太は「そうだ」と叫ぶと、だだだっと倒れているカットちゃんの元に走り、ポケットから万能ハサミを取りだした。その時、
「あ、解けた」
 ようやくキン子がゴッちゃんの縄を解いた。簀巻きから巨体が転がり出る。
「ゴッちゃん!」
 パン太が万能ハサミをゴッちゃんに向けて投げる。それをゴッちゃんが受け取っ……らずに除けた。
「おわっ!」
 そりゃ危ないって。良い子の皆さん、刃物を放り投げちゃいけませんよ。
 ゴッちゃんは地面に刺さったハサミを抜き取ると、残った簀巻きの荒縄を次々と切っていく。カットちゃんが気絶している間に万能ハサミの初出動、大活躍となった。カットちゃん、残念でした。
「よっしゃあー‼」
 簀巻きから解放された姐さんが気勢を上げた。
 続いて、ゴッちゃんが漁網に絡まったままの仮名ポニーちゃんを救い出すと、タマサカ先生が早速それに跨がる。とにかく前期高齢者でウンチのタマサカ先生は危ないから、仮名ポニーちゃんに乗っけておくにかぎる。
 何かを探して、更にキョロキョロと周囲を見渡していたパン太、
「あった」
 放置されていた姐さんのチェーンを見つけて抱えると、姐さんの元に走って行く。さすがパン太である。この人はチェーンで戦う人だって、そんでもって強いって、ミスター・スタンを捕獲した一振りで察している。
 それに気付いたそれまでアワアワとしていただけだったゴロツキ連合の夜盗組その一が、パン太を追いかけてタックルした。
「あっ!」
 勢いでパン太の手からチェーンが離れて宙に飛ぶ。それを姐さんがジャンプして、ガシッ! と掴んだ。
  パン!

 さあ、姐さんのチェーンが唸る。回る。飛ぶ。蛮刀を次々と叩き落としていく。
 その叩き落とされた蛮刀を、姐さん軍団がブンブンと回るチェーンを上手い具合に回避しながら拾っていく。手慣れたものである。ナイス連携、これぞチームの力だ。 パン。

 一方、夜盗その一にタックルされたパン太は
「離せ!」
 自分を捕まえているそいつの顔をガシガシと蹴る。
「イデデデデ……くそ、このガキ」
 男がパン太の片足に噛みついた。
「いでででで……」
 パン太はもう一方の足でなおも男を蹴るが、男はスッポンのように離れない。そこへ
「パン太!」
 声と共にキン子が男の上に降ってきた。ドッスン‼
「ぎゃっ」
 男の口がパン太の足から外れた。男の背に乗ったキン子が男の首に腕を回してぐいと持ち上げる。逆逆エビ固めだ! 決まったか!
 と、思ったところに、仲間を助けようと駆け寄った夜盗組その二がキン子を蹴り飛ばそうとした。
「危なーい!」
 パン太の声に、間一髪、横っ飛びに転がってキン子が逃れる。
 転がったキン子を、今度は夜盗組その三がサッカーボールのように蹴った。
「ゲハ!」
 方向転換して転がるキン子。
「子供になにするんだ!」
 ゴッちゃんがキン子を蹴ったその三を張り手で吹っ飛ばす。飛ばされた男は、その二に当たって、二人揃ってそのまま吹っ飛ぶ。
「あわわわわ」
 パン太に噛みついていたその一が這いつくばって逃げようとするが、それもゴッちゃんが襟首捕まえてぶん投げた。それは、すでに地に折り重なって伏している仲間たちの上にボットンと落ちる。
  パン!

 蛮刀を叩き落とされた正業山賊たちは、懐から匕首やら、腰にぶら下げた小刀やら、どこから取り出したのか、草刈り鎌を振りかざして抵抗を続ける。さすがプロ。武闘派。ただのゴロツキではない。妖怪対応はサービス外だが。 パン。

 さて、仮名ポニーちゃんに跨がったタマサカ先生は、どうなったのでありましょう。
 仮名ポニーちゃんを操って――と言っても自動走行ですけど――あっちへパカパカ、こっちへパカパカと逃げ回っていたが、ふとした拍子に荷車の後ろに駆け込んだ。すると、そこにはなんと、サンがいた。
 力仕事は得意ではないサンは、よく言えば邪魔にならないように、有り体に言えば巻き込まれて痛い目に遭わないように、いつの間にやら主戦場から離れ、一人隠れていたのだ。
「「わっ!」」
 二人同時に驚きの声を上げる。
「親玉!」
 タマサカ先生がサンを指さして叫んだ。
 タマサカ先生が跨がっている、もし蹴られでもしたらかなり大怪我しそうな機械のロバだか子馬だかの登場に、サンは大慌て。這うように荷車の影から逃げていく。
「待てぇ」
 タマサカ先生がそれをパッカパカと追いかける。 パン。パン。

 カブ師匠と戦闘を繰り広げていたスルーの視界の端に、タマサカ先生を乗っけたロバ擬きから逃げ惑う相方サンの姿が映った。急いで逃げようとする上半身に短い足がついていけず、つんのめるようにサンが転んだ。
「アンタ!」
 スルーが大ジャンプして、タマサカ先生目がけて空中キックを落としていく。
「あわわわ」
 びっくり仰天、泡食ったタマサカ先生は、タスケテェとばかりに頭を縮めたその反動で、仮名ポニーちゃんの手綱をグイと強く引く。いきなり手綱を強く引かれた仮名ポニーちゃんの前足が高く上がった。勢いで前足が激しくばたつく。
ぐがっ!
 何という偶然であろうか。仮名ポニーちゃんのばたついて持ち上がった前足が、キックをタマサカ先生にお見舞いしようと舞い降りてきたスルーをガガガッと蹴り落として踏んだ。そして、危機回避システムが作動した仮名ポニーちゃんは、方向転換して前足を降ろすと、危険物排除のため、後ろ足を思いっきり跳ね上げて、スルーを蹴飛ばした。
 ぽーんと宙を飛ぶスルー。サンの頭上を飛び越え、荷車を飛び越え、乱闘する敵味方を飛び越え、藪の中に落ちて消えた。見事な場外ホームランであった。
  パン‼

 スルーが飛び去る軌跡をぽかーんと見ていたサンとタマサカ先生は、スルーが藪の中に退場しても、しばらくは何が起こったか理解できずに呆然としていた。
 先に我に返ったのは、サンであった。地に這いつくばったまま、ムカデのように素早く手足を動かして逃げる。
 それを見ていた姐さん軍団は
(こいつ、弱っちいぞ――)
 気付いた途端、一斉にサン目がけて駆け出した。
 無様な姿で逃げるサンだが、実は、ただみっともなく這っているだけではなかった。目指す先には、本日二度目の自爆でひっくり返っているミスター・スタンがいた。そして、その傍らに転がっているのは――そう、スタンガン。ビビっても腐っても、タカトビオウ・サンはフィッシュヘッドのボスである。さすがP世界を股に掛ける犯罪組織の親玉だ。転んでも、這いつくばっても、ただでは起きない男であった。 パン。

 サンに追いついた姐さん軍団が、それっとばかりに飛びかかる。
 ――バチッ、バチッ、バチッ……。
 短く「ギャッ」という悲鳴を残して、次々と姐さん軍団が倒れていく。
 軍団の最後尾にいた同じ顔の二人が前方の仲間の異変に気付いて、後退った。
「へぇ、双子か」
 スタンガンを手にしたサンが残った二人の顔を見てにやりと笑った。
「テメエらも仲良く、くたばりな!」
 サンがぱっと地を蹴って大きく踏み込み、双子にスタンガンを突き込むが、いま一歩届かない。足が短くて歩幅が足りなかった。
「「くそっ」」
 双子が石ころを拾って、サンに投げつけた。
「イデデ! 卑怯だぞ」
 お前が言うか。
 双子の一人、兄の方が、たまたま落ちていた小枝を拾う。双子弟が投げ続ける石ころにサンが逃げ惑っている隙をついて、小枝でスタンガンをはたき落とした。
 サンは、慌ててスタンガンを拾おうとするが、それを投石を続けて阻止する双子弟。双子兄が小枝をホッケーのスティックのように使い、掃くようにしてスタンガンを遠くに飛ばしてやる。
 上手い。君、ホッケー選手になったらいいのに。ああ、このP世界にはホッケーはないか。
 双子がサンににじり寄る。兄が手を伸ばしてサンの右頬を引っ掻いた。続けて弟が左頬を引っ掻く。
「痛てっ。この野郎」
 サンがお返しとばかりに手を右に、左に振って、双子の顔を代わる代わる引っ掻く。
「「痛っ、ちくしょう」」
 双子がサンを蹴ろうと足を飛ばすが、届かない。振り上げた足がボトンと無様に地面に落ちた。
 それをふんとあざ笑ったサンが映画のアクションスターのように格好を付けて飛び上がり、まず右足で一人を、続けて左足でもう一人を華麗に連続蹴り……できなかった。サンの足はどちらにも届かず、飛び上がった足が右左とバタバタ順番に地に落っこちた。
 仕方なく、双子はまた腕を伸ばし、サンを引っ掻いた。サンも引っ掻き返した。
 そして、双方、いじましくまた足を上げる。だが、どうしても相手に届かない。尺が足りない。サンの短い足は届かない。双子の短い足も届かない。
 互いに盛んに空中を蹴り合うサンと双子たち。怒声だけが一丁前だ。
「この双子野郎、調子こきやがって!」
「「うるさい、なめんなよ!」」
「この短足が!」
「「テメエが言うな!」」――パン。
 
 サン&スルーとゴロツキ連合の劣勢に、運転手がそろりそろーりと後退りでタクシーに近づいていく。逃げる気だ。
 タクシーに辿り着いた運転手がドアに手を掛けた瞬間、
「待ちな!」
 制止する鋭い声が響いた。アイン君と共にゴロツキ連合武闘派と戦っていた姐さんが目敏めざとくそれに気付いた。
 ドン! とロケット発射音がしそうなほどの激ダッシュで運転手目がけて飛んでいくと、至近距離からチェーンを振った。
「ひぃ!」
 運転手が頭を抱えてしゃがみ込む。チェーンは、運転手の頭をかすめて背後にあったタクシーの車体を擦った。塗装が剥げ、横一文字に傷がつく。すると、傷口から姐さんの特攻服と同じサツマイモカラーが見えた。
「やっぱり、PM2・5か……」
 姐さんの額に怒りの極太血管が浮く。
「この盗人野郎が!」
 再び姐さんのチェーンが運転手目がけて火を噴く。
「わわわっ」
 運転手は辛うじて、手にしていた棒スタンガンでそれを払いのける。が。チェーンは間髪入れずに、再度、唸りを上げて飛んでくる。
「ひゃ!」
 半ば目を閉じて運転手は、スイッチを入れた棒スタンガンを闇雲に振り回した。すると偶然、先端の電極部が姐さんのチェーンに触れた。
 チェーンを握った姐さんの指先がピリッと痺れた。とっさにチェーンを放す姐さん。そこへ運転手が棒スタンガンを槍のように構えて、「わーっ」と突き込んできた。
 姐さんは、それを半歩片足を後にずらして体を開き、あっさりとかわし、運転手の棒スタンガンを握った手首に手刀を当てる。ぼとりと落ちる棒スタンガン。姐さんは運転手の胸倉を掴むと、往復ビンタをしこたま食らわせ、最後にボディに膝蹴りを入れた。
「親にもぶたれたことないのに……」
 お約束の言葉を残して、運転手は、うずくまるように倒れ伏した。
  パン!

 さて。姐さんが運転手を追い詰めていたとき、ゴッちゃんが夜盗組を投げ飛ばしていたとき、タマサカ先生が仮名ポニーちゃんで事故的にスルーを蹴飛ばし、姐さん軍団双子がサンと攻防を繰り広げていたとき、アイン君は、ひとりでゴロツキ連合山賊組とキンキン、カンカン戦っていた。
 ガキン! 山賊組の匕首をはじいたアイン君の刺身包丁が鈍い音と共に刃こぼれした。
あーっ!
 アイン君が悲鳴を上げる。お気に入りだったのに。やっぱり刺身を切る以外には使うべきじゃなかったと、激しい後悔がアイン君を襲う。
 半泣きで刃こぼれした刺身包丁をポケットにしまうと、アイン君、今度は中華包丁を取り出した。
 あれあれ。そんなに割烹着のポケットに何本も包丁しまっておけるものなんでしょうか。有名な耳のない猫型ロボットのポケットのようです。
「これ、重いから振り回しにくいけど、刃が分厚くて威力はあるんだよね」
 出刃と中華包丁を体の前にクロスさせ、敵が振り下ろしてきた草刈り鎌をキン! と受け止めると、万歳するように両腕を開いて、難なく弾き飛ばす。
 鉈のような包丁の登場に、ちょっと怯む山賊組。
(やっぱり妖怪なんじゃないか、こいつ)
 と口には出さぬが、再び、心中に妖怪疑惑がわいてきた。
  パン!

 サンと双子の攻防は、まだ、ちまちまと続いていた。石の礫が次々とサン目がけて飛んでくる。サンも負けじと小石を投げ返す。
「痛でででで!」
「「痛っ! 痛っ!」」
 寸足らずの足を使うのを諦めたサンと双子は、いつの間にか荷車の左右にそれぞれ隠れ、投石合戦を始めていた。
 どちらの陣営が投げた小石なのか。流れ小石がミスター・スタンに当たった。それでミスター・スタンが目を覚ます――わけがない。小石が当たったぐらいではね。
 時折、流れ小石が飛んでくる中、突然、空き地に一陣の風が吹いた。ほんの一寸ではあったが、ひょうぅ! と唸る強い風であった。風が空き地の土を舞い上げ、地面に横たわるミスター・スタンの鼻の穴に土埃が入った。
ぶぇっくしょん!
 激しいくしゃみと共に鼻水が派手に飛び出し、ミスター・スタンが目を覚ました。
「うぇぇ?」
 顔中が鼻水だらけで気持ちが悪い。そこに小石がどこからか飛んできて
「いててて……」
 ミスター・スタンは、さっぱり状況はわからないが、とにかくどこかに待避しようとして、辺りを見渡した。迷彩シートの掛ったデカいブツを載せた荷車が目に入る。小石が荷車をはさんで左右に飛び交っている。荷車は片方の後輪が外れて傾いているが、その下に入り込めないことはない。飛び交う小石を避けて、彼はそこにこっそりと潜り込んだ。
 小石から逃れてほっとしたところで、ミスター・スタンは、偶然、ポケットにあった〈本日、ポンカレー特売〉と書かれたスーパーのチラシで顔の鼻水を拭った。 パン。

 ミスター・スタンを目覚めさせるきっかけになった空き地に吹いた突然の風、この風が舞い上げた土埃は、落としたチェーンを拾おうと身をかがめた姐さんの目にも入った。
「うっ」
 姐さんが思わず目をつぶった隙に、倒れ伏していた運転手がザザザッと地を泳ぐように手足を這わせ、近くの藪の中の中に逃げ込んでいった。コイツ、気絶した振りをしてたのか。こすいな。
 狡い運転士は、逃げる途中で棒スタンガンを回収していくのをもちろん忘れはしない。ちなみに彼が潜り込んだ藪は、スルーが消えた藪とは反対方向です。
「あっ、この野郎!」
 姐さんが気付いたときには、侵入者が揺らした藪の小枝も動きを止め、葉音も静かになっていた。運転手の気配は、藪の先に完全に消えていたのであった。 パン。

「くそ、埒が明かねぇ」
 果ての見えない投石合戦に双子が一計を案じる。兄が荷車の下に潜った。密かにサンの側に回って、不意を突こうという作戦だ。残った弟は、小石を投げ続けてカモフラージュする。
 一方、サンはというと、やはり進展のない投石合戦にしびれを切らせて、荷車の下に潜り込んだ。当然、一人だからカモフラージュ投石はできない。
 ぴたりと止んだ小石の飛来にカモフラージュ投石をしていた双子弟は訝しんだ。はてな? と彼が思った瞬間に荷台の下から
「「「うおおおっ!」」」
 野太い男の声が三つ響いた。荷車の下で、双子兄とサン、そしてミスター・スタンが鉢合わせしたのだ。
 びっくり仰天して、三人とも回れ右。双子兄はゴキブリのようにシャカシャカと、ミスター・スタンは円盤型掃除ロボのようにクルクルと回りながら、サンは横にコロコロと転がって、荷台の下から這い出た。
 サンは、あまりに勢い良く転がったものだから、荷台の下から脱出した後も余る勢いのままに地面を転がっていく。ようやく空き地の端にある木の根元に当たって止まった。
「痛ぇ」
「わっ」
 驚く声が頭上から聞こえて、サンが顔を上げると、でかい眼鏡を掛けた子供の顔があった。パン太だ。
 パン太は、夜盗組が畳まれたあと、危ないから隠れていろとゴッちゃんに言われ、空き地の隅の木陰に隠れていたのだった。キン子は、ゴッちゃんが夜盗組の小山に漁網を被せるのを手伝っていた。
「これが済んだら、キン子はパン太と一緒にいるんだぞ」
 パン太より一応お姉さんなんだから、しっかり守ってやるんだ。
「うん、わかった。任せて」
 この分量なら小さめの網で足りるかな。何て会話をしながら、夜盗組に網を被せる。できあがった網の小山にキン子は
「燃えるゴミの収集日みたい」
 夜盗の皆さん、カラスに突かれませんように。 パン。

 パン太と遭遇したサンは、素早くパン太の首根っこを掴んだ。
「何すんだ!」
 パン太は抵抗するが、非武闘派と言えども大人の力には敵わない。あっという間に首に腕を回されてがっちりとホールドされた。
 パン太の叫び声に、キン子とゴッちゃんが駆けつける。
「おっと、このガキがどうなってもいいのか」
 ドラマ悪党お約束セリフを、サンがまんまコピペならぬコピトークした。思わず立ち止まるキン子とゴッちゃん。気を良くしたサンは、更に続きのセリフを吐こうとしたが、
「……」
 出てこない。今、自分は何をこいつらに要求すれば良いのか。乱闘の前線が散らばっていて、全体がうまく掌握できない。何をどうするためにどういうセリフを言うべきか、見当が付かない。
 パン太が「放せ、放せ」とジタバタする。
「うるせぇ!」
 サンがパン太の頭を叩いた。それを見たキン子が
「あっ! パン太をいじめるな!」
 パン太を救おうと、後先考えずにダッシュした。
「キン子!」
 慌てて後を追おうとしたゴッちゃんは、突然、足にビッと痺れが走って、どうっ! とうつ伏せに倒れた。
 倒れたゴッちゃんの背中に何かがドンと乗っかった。
「ざまあみろ」
 ミスター・スタンであった。荷車の下から這い出た彼は、またまたサンから双子が掃き飛ばしたスタンガンを見つけて拾っていたのだ。この人、運が良いのか悪いのか、本当にさっぱりわからない。
 ゴッちゃんが倒れる音にキン子が振り返えると、ミスター・スタンがゴッちゃんの背に乗って、U字頭の髪のない不毛地帯にスタンガンの切っ先を突きつけていた。
「ああ、ゴッちゃん!」
 それを見たサンがニヤリとする。
「形勢逆て……」
 サンが形勢逆転だなと言い終わるその前に、形勢はまたもやひっくり返された。
「いててて……」
 のっそりと起き上がったゴッちゃんの背から、ミスター・スタンがゴロリと落ちた。
「あ、あれ? 気絶してなかった?」
 思わずスタンガンを見る。出力が弱を示している。
「ああっ」
 弱の電流で巨艦ゴッちゃんが沈むわけがない。
 ミスター・.スタンは、慌ててスタンガンの出力を最強にすると、ゴッちゃんに向かって「ていっ」とスタンガンを突き出したが、ゴッちゃんは、手のひらでぺちん。軽々とそれを叩き落とす。そして、返す手の甲でミスター・スタンを叩き飛ばそうとした。ミスター・スタンはそれをすんでの所でくぐり抜け、落ちたスタンガンに飛びつき拾う。
 ゴッちゃん相手では分が悪いと思ったミスター・スタンは、今度はキン子に向かっていった。
(ガキを人質に取れば……)
 まるでサンの真似っこをしてるみたいな発想である。
 スタンガンを手に、たたたっと走ってくるミスター・スタンの姿に
「また、ミスター・スタンか」
 キン子はうんざりした。とにかく早くパン太を助けなきゃいけないのに、面倒くさいったらありゃしない。ミスター・スタンのたぶん渾身の突きをちょいっとかわして、メンドクセェとまた思う。キン子に突きをかわされて転びそうになったミスター・スタンは、懲りずにまたキン子に突き込む。キン子はまたそれをかわし、メンドクセェと思う。
「ああ、もう邪魔! パン太を助けなきゃなのにっ」
 ほんっと嫌になる。嫌だ、メンドクセェと思っているうちに、ミスター・スタンにまつわる様々な出来事が思い出されてきた。
 ミスター・スタンにやられたカットちゃん。ヘアカットしてもらおうとしていたキン子たちに割り込んできたミスター・スタン。タンドリーチキンを咥えて逃げるミスター・スタン。
 続いて彼に盗られたおかずやお菓子、果物の数々が芋づる式に頭に浮かぶ。苺、チャーハン、チキンカレー、焼き鳥、カレー味のカップ麺、柿の種、唐揚げ……のり巻が出て来たところで、それに自分たちが簀巻きにされた記憶が絡まってきて、頭の中がグチャグチャになる。怒りと悲しみと、残念と無念と、絶望と……色んな感情が凄まじい食い物の恨みと相まって、キン子の精神の整理整頓能力を著しく超えた。
ふんがーっ! 許すまじ‼」 
 突如、キン子の全身が怒りの炎に包まれた。しつこくスタンガンで突き込んでくるミスター・スタンの頬を
S!」手のひらでSLAP! ひっぱたく。
H!」返す手の甲でHIT! 叩く。
K!」そしてKICK! キックだ、KINTEKI蹴り。
 ミスター・スタンが股間を押えてうずくまった。がっくりとついた膝に、またしてもスタンガンが当たった。そしてまたしても運悪くスイッチが入った。
ビッ!
 二度あることは三度ある。ミスター・スタン、気絶。本日三度目の自爆であった。
  パン……。

 倒れたミスター・スタンの腹を足先でチョンチョンと蹴って、反応がないことを確かめると、キン子はようやくサンに向き合った。
「パン太を放せ」
 パン太を拘束しているサンに、にじり寄る。
「くっそう」
 人質を取っているといっても、サンは丸腰である。いくらパン太が小さい子供でも非力のサンでは首をねじ切ることもできないし、絞めるにしたって、絞めてる間にこの子豚がサンに襲いかかってくるだろう。子豚は健康優良児ボディだが、サンよりも小さい子供だ。しかし、たぶんサンよりも力がある。総合的な戦闘力は、間違いなくあっちが高い。
 キン子がまた一歩、サンに近づく。サンの額を脂汗が流れた。
(やられる……)
 と。そこへ空中からシュッと緑の影が舞い降りてきた。藪の中からコンニチワ。復活の荒ぶる元バレリーナにしてフィッシュヘッドのドン、「魚座」の片割れ、あらよスルーだ!
 スルーは、まるで全身を緑のドリルのように鋭く回転させながらキン子目がけて降りてくる。尖った錐の切っ先と化した足先がキン子の脳天を襲う。
 ――びたん。
 キン子は、小うるさい五月の蠅を追い払うかように、手でスルーの脚を払った。払われた勢いで、スルーの足が跳ね上がり、頭と足が逆転した。
 あわやスルー、そのまま頭から地面に激突かと思われたが、どっこい、寸でのところでくるりと一回転して、地面に着地した。スルーは足が地面に付くや否や、再びキン子を襲おうと跳んだ……ところに
 ――ゲシッ‼
 風のように現れたカブ師匠の跳び蹴りが入った。
 ――ザザザザーッ!
 ぶっ飛んだスルーが再び藪の中に消えた。今度こそ一丁上がり。
  パン!

 我が危機に舞い降りた救世主、我が相棒にして愛しのスルーがあっさり消された。やれ、助かったと思ったのも束の間、サンの希望は上げられて一瞬で落とされた。呆然とするサンに一寸、隙が生まれた。パン太がサンの腕に噛みついた。
「痛でっ!」
 緩んだサンの腕をパン太がすり抜けて逃がれる。パン太がサンから離れると、ゴッちゃんがサン目がけて漁網をどすこい! と投げた。
 バサッと漁網がサンの上に被さる。そこへ姐さんに活を入れられて意識を戻した姐さん軍団がわっとばかりに群がり、ボッコボコ。最後に姐さんがミスター・スタンのスタンガンを拾って、
 ――バチッ!
「眠っとけや。面倒くせえから」――パン!

「パン太!」
「キン子ちゃん!」
 キン子がパン太の元に勢いよく駆けて行く。パン太もキン子に向かって駆けていこうとしたところで
「わっ」
 突然、どこかから伸びてきた手に、またしても捕らえられた。首をホールドされて、足が浮くパン太。苦しい。
「ふっふーん。止まるんだ子豚ちゃん」
 藪の中に逃れて消えた運転手であった。棒スタンガンの電極を無駄にバチバチいわせながら、ドヤ顔で再登場だ。
 止まれと言われたがキン子は止まらなかった。いや、止まれなかった。加速がつき過ぎていて、ブレーキが利かなかった。車は急には止まれない。キン子も急には止まれない。
 だが、止まらなくて良かった。そのままの勢いで方向だけちょいと微調整すると、運転手目がけて突進だ。
「パン太!」
 苦しそうなパン太。助けなくっちゃ。大切な友だち……。
 パン太と出会うまで、友だちのいなかったキン子である。
 生まれ育った土地では、同世代の子供たちから、キン子は敬遠されていた。楽しそうに遊んでいる子供たちの輪にキン子が近づくと、みんなすぐに散っていった。
 キン子は、子供たちに意地悪もしなかったけれど、優しくもしなかった。共に楽しもうという気持ちが欠けていた。育ちのせいか、楽しませてくれるのが当然という態度で、ボーッと突っ立っているだけだった。つまり、良いも悪いも何もしなかった。
 子供たちは、キン子を特別に嫌っているわけではないけれど、そもそもどういう子かよく知らない。第一、地頭のお嬢様で馴れ馴れしく接することがはばかれる……というのは建前で、地頭であるキン子の親が領民の大人たちに嫌われているから、やっぱりその子供と遊ぶのは抵抗がある。キン子という存在は、扱いにくい。いや、扱いようがなかった。キン子が近寄ってきただけで、子供たちは楽しくなくなる。息苦しくなる。やがて、大人たちがキン子の両親を疎んじるように、子供たちも自然に、その子供のキン子を疎んじるようになった。
 だから、家の中にいれば上げ膳据え膳、外に出れば誰にも相手にされず、独りぼっちのキン子の日々は、ますます食うか寝るかばかりとなる。それしかすることがなかったのだ。
 あ。勉強は少しあった。たまに家庭教師が訪れて、勉強はしていたというか、させられていた。でも、楽しくはなかった。家庭教師は勉強を教える以外のことはしなかったし、必要なことしか話さなかった。
 今、勉強を教えてくれているタマサカ先生もゴッちゃんも、オンラインの先生も、勉強だけじゃなくて、いろんなことを話してくれる。
 あの頃の家庭教師も同世代の子供たちと同じで、金満、傲慢、見栄張り、欲張り、上に平身低頭、下に居丈高の地頭の子とは、きっと親しくなりたくなかったのだ。
 パン太は、そんなキン子の人生初の友だちだ。
 売残り小屋で、パン太はキン子の話を聞いて同情してくれた。パン太の境遇を知って、かわいそうだと悲しくなった。そして二人で慰め合った。キン子には、そんなことすら初めての体験だった。誰かが自分のために悲しんで慰めてくれて、自分も誰かのために悲しんで慰める。辛いのに、心が温かくなった。誰かと心を通わせる。それも生まれて初めてのことだった。
 暗く汚い売残り小屋で、パン太と一緒に耐えて、逃げて、タマサカ先生たちと出会った。そして、今はパン太とタマサカ先生の家で一緒に勉強し、遊び、お手伝いし、楽しく暮らしている。
 もし、売残り小屋でパン太と会わなければ、出会ったのがパン太でなければ、互いに心通わせることもなく、そこから逃げ出すこともなく、キン子は焼き豚(チャーシュー)になっていたかもしれない。逃げなかったらタマサカ先生たちとも出会えなかった。そうしたら、今の楽しい生活はなかった。
 パン太は特別だ。友だちで家族だ。ええと、こういうの何て言うんだっけ。そう、マブダチだ。マブダチのパン太が苦しんでいる。パン太、絶対、絶対、助ける!
うぉぉぉ!
 キン子が吠える。マブダチのパン太を助けるという使命に燃えて。おまけにミスター・スタンに盗られた苺やら唐揚げやらのり巻やらなんやらを頭の中に浮かべてしまったおかげで、もう腹も減りまくっていて、腹も立ちまくっている。それがキン子の闘志に更に油を注ぐ。要するに、いろいろありすぎて、メーターがぶち壊れちゃってる状態のキン子であった。
「こ、これが目に入らないかぁ」
 止まらない――半分は止まれないキン子に運転手は大慌て。棒スタンガンを見せびらかすように掲げた。ああ、バカだ。
 パン太の面前に突きつけられていた棒スタンガンがパン太から離れた。そのチャンスを姐さんが逃すはずがない。チェーンを勢いよくぶん投げた。ヒュンヒュンと唸りを上げて飛ばされたチェーンは、棒スタンガンにぶち当たり、絡まり、運転手の手からそれを弾き飛ばした。
 加えて、苦しさから無茶苦茶にばたつかせたパン太の片足が運転手の弁慶の泣き所を偶然にも蹴った。続けてもう片方が男の泣き所を蹴る。パン太がサンに捕まえられていたときは、サンが短足だったためにパン太の足は宙に浮くことはなかったが、今回は浮いていた。それが運転手にとってあだとなった。
っ!
 激痛に顔をゆがめる運転手。パン太を拘束する腕が緩んだ。そこにダメ押しのように棒きれが飛んできて運転手の顔を直撃した。
あっ、大事な顔が!
 運転手は、遂にパン太をポトンと落とした。
 ところでこの運転手、イケメンだって自覚と自信がしっかりあるようですね。嫌みったらしいですな。えっ? 《お前だってそうじゃないか》って? ええー、私、嫌みったらしいですかぁ。《イケメンってとこは否定しないんだな》って、もう嫌だなぁ。いじめないでくださいよ。 パン。

 突然飛んできて、運転手の顔を直撃した棒きれは何であったか。それは、ソンタ君がPMWの上から投げた太鼓のバチであった。
ひゃっはー、やったぁ! ざまあみろ!
 歓声を上げながら踊り狂うソンタ君、いつもとホント、キャラが違う。
あー、バチが飛んできて、バチが当たったぁ!
 タマサカ先生が嬉々として叫ぶ。「言うと思った」とゴッちゃんが呟いた。
 運転手がパン太を落っことしたその瞬間を、キン子は逃さなかった。爆走が練り上げた爆エネルギーでもって、パンパンに空気が張ったゴム鞠がポーンと撥ねるがごとく、キン子が高く飛び跳ねた。
 「」疾走SHOOT!
 「」跳躍HOOP!
 そして
 「KINKO‼ アターック‼
 「」運転手があっと気が付いたときには、固く握った二つの拳を揃えた腕を突き出したキン子ミサイルが、真正面から彼を直撃する寸前であった。
 ――どっか~ん‼
 直撃を食らって真後ろに吹っ飛ぶ運転手。地面をゴロゴロと派手に転がっていく。そしてタクシーに偽装したPM2・5の車体にぶつかって止まった。
  パン‼

 「ふうぅ」
 壮絶な戦いを終えて額の汗を拭うキン子の姿に、タマサカ先生、姐さん、ゴッちゃん、カブ師匠の四人の頭の中に、とある人物の姿が浮かんだ。そういえばキン子の髪型もその人物に似てる。それはカットちゃんの仕業だが。
 そう、キン子のその姿は、正しくその人物の子供版、デブゴンこと
サモ・ハン・キンポー……
 タマサカ先生の呟きに、以下3名が首肯した。 パン。

 さあ、残るは雇われゴロツキ連合の山賊組のみである。みんなで囲んでじりっじりっ、と追い詰める。
「おい、どうすんだよ。派遣先も派遣元もやられちまったし」
 派遣ゴロツキである山賊組の連中は困った。
「降参する?」
「いや、お役人に突き出されたら敵わんし」
「じゃ、逃げようぜ」
 破れかぶれとばかりに、山賊組がわーっと暴れ出した。
「はーい、そこ止まって。武器から手を放して大人しくしてくださーい」
 突如、このP世界にはないはずのスピーカーを通した声が空き地いっぱいに響いた。驚いて、敵も味方も、空き地にいた全員が一斉に辺りを見回す。
 すると、PWPのPTA車が数台、彼らを取り囲むように停まっていたのであった。
  パン‼

「う~ん……」
 戦闘とは違う周囲のざわめきに、漁網の中のサンが目を覚ました。意外と早いお目覚めである。スタンガンの出力が弱かったのか。単にサンが頑丈だったのか。鈍いのか。
 網に視界を遮られてよく見えないが、どうやら敵の目が残った山賊組に向いているようだ。この隙に漁網から抜け出して逃げようと藻掻く。短足が幸いしたのか、網の中で動き回っても、網があまり足に絡んでこない。
 やっと抜け出たとほっとしたところで、頭が何かにぶち当たった。足だ。ズボンを穿いている。見慣れた色とデザインのズボンだ。視線を上に辿らせる。腰にこの何ヶ月か毎日見ていた棒をぶら下げている。更に視線を上に上げる。
「おい、お前、フィッシュヘッドのサンだろう」
 PWPの警官がサンを見下ろしていた。
(へっ? 何で?)
 改めて辺りを見ると、空き地にPWPのPTA車が数台停まっている。
「フィッシュヘッドと漁網か」
 警官が冗談にしては出来すぎだと苦笑いしながら、サンの両手首に手錠をはめた。
  パーン!

 恰幅の良い中年警官が、タマサカ先生に声を掛けた。
「遅くなりまして」
「あれ? ママドゥさんじゃないの。どうしてPWPが来たの?」
 彼女は警ら隊の隊長で、タマサカ先生とは顔見知りだ。
「通報があったんですよ」
 実は、ソンタ君がPMWから飛び出す前に、ヤバそうと気を回してPWPに緊急通報していた。ソンタ君、ナイス忖度。
  パン!

 警官に連行されていくサンの姿を見て、スルーのことを思い出したタマサカ先生
「そう言えば、もう一人、フィッシュヘッドの仲間らしいのがいたヨ。でも、どうなったんだっけ」
「藪の中に放り込んだはずだが」
 カブ師匠がスルーが消えた藪を指さす。
「でも、全身緑だから、藪の中じゃ保護色になって見つかりにくいかもしれんの」
 カブ師匠の言葉を元に藪の中を捜索した警官たちは、ほどなく、木の枝に引っ掛かっていたスルーを見つけた。
「確かに全身緑……カマキリみたいだな」
 手錠を掛けられた緑の全身タイツがPWPのPTA車に突っ込まれた。

 一方、PWPに武装解除を勧告された山賊組はというと、一体何が何やら、全然、訳がわかっていなかった。当然と言えば当然である。
 車輪のついた変な箱がいくつも出て来て、お揃いの変な服を着た連中がいる。その変な連中に派遣先の親分がビビっている。敵方とは逆に親しいようだ。
「こいつらどうします」
 自分たちを包囲して、変な小さな黒い筒を向けている一人が態度のでかいオバはんに尋ねている。たぶんこのオバはんが親玉なのだろう。小さな黒い筒は、威嚇のために自分たちに向けているつもりらしい。
「そんなもんで脅してるつもりかよ」
 せせら笑って一人がそれに手を伸ばした。
「そいつに触ったらヤバいぜ」
 姐さんの警告にその手がはたと止まった。
 おい、もしかしてあれは、例のビビッってなる黒い板や棒きれと同じもんじゃねえのか。そりゃヤバい。触るな。
 山賊組は、拳銃をスタンガンだと思ったのだ。拳銃なんて見たことも聞いたこともないですからね。でも、それはスタンガンよりもヤバいものなので、止まって正解です。
 部下に問われて、ママドゥ隊長は「うーん」と考え込む。
 PW連邦未加盟の、ほとんど未開のP世界の住人である。連行するわけにも行かないし、かといって「見られてしまった」からには、このまま放置しておくわけにもいかない。
 タマサカ先生一行と警官隊は、しばらく輪になってヒソヒソと話し合っていた。みんな「どうしよう、どうしよう」と言うばかりで、さっぱり埒があかない。
 大人たちのちっとも進展のない話に飽きてきたキン子は、あくびをしながら何の気なしに、ちらりと山賊組を見た。
 キン子に視線を向けられて、ビクリとする山賊組。
「おい、子豚妖怪がこっちを見てるぞ」「とって食う気なんじゃ」「ひいいいい」と青ざめた顔でヒソヒソと言い合う。
 それを聞きとがめたキン子は、あの人たちって、見たものをやたら妖怪っていうよね、と可笑しくなった。
「ねえ、あのオジサンたち、何であんなに妖怪、妖怪って言うんだろう」
 パン太に言った。
「確かに。緑色の人のことも、カマキリ妖怪とかコソコソ言ってたよね」
「カットちゃんやアイン君のことも妖怪って言ってた」
「実は、ボクも最初、アイン君やカットちゃんを見たときは、そう思った。だって、人型類なんて生まれて初めて見たんだもん」
 ふふふ……とパン太が笑うと、キン子もふふふ……と笑った。
「そういえば、あたしだって、初めて姐さんに会ったときは、サツマイモの妖怪かと思ったっけ」
 同じく、ふふふ……と笑った。
 それを聞きとがめた姐さんが「あぁ?」と低く怖い声を出した。そこに、間髪入れずに姐さん軍団たちが「ああ」と納得の声を出しので、姐さんが軍団をギロリと睨む。睨まれた軍団たちの背中が一回り小さく縮こまった。
「さっき、あたしのことも子豚妖怪って言った。もしかしたら、あたしたちのこと全員、妖怪に見えてるかも」
 かもねーと、キン子とクスクス笑い合っていたパン太が、そこで、あっと思いついた。
「ねえねえ……怪奇現象? っていうんだっけ。そういうことにしちゃったら?」
 奇抜なアイディアを提案した。
「キン子ちゃんの言うとおり、この人たちには、アイン君とか人型類も含めて、別のP世界から来た人間は、みんな妖怪に見えているかもしれない」
 だって、もし、自分がこのP世界でずっと暮らしていて、突然、今日みたいなことに出会ったら、やっぱり妖怪に会ったって思うもん。
「だから、そういうものだって思い込ませられたら……」
 姐さんがポンと拳で手のひらを打った。
「おう! それだ。ココでは何か自分たちの理解を超えることがあると、やたらと妖怪のせいにすることが多いからな。で、すぐに拝み屋ってのに頼んで妖怪払いなんてする」
「なるほど、妖怪ねぇ……」
 ママドゥ隊長は、得心したと頷くと、つかつかと山賊組に歩み寄った。
「お前たち、私たちが何者か見当がついてるんだろう」
 ニヤリと不気味な笑いを浮かべる。
「そうさ。お前たちが思っているとおり、私たちは妖怪だよ。人の目には見えない妖怪の国から来たのさ。あの緑の妖怪や魚みたいな顔をした妖怪たちは、私たちの国の掟を破って、人間の国に逃げ込んだんだ。だから捕まえに来た」
 山賊組が息を呑んだ。やっぱり、あいつら妖怪だったんだ。
「お前たちは、人間でありながら掟破りの妖怪の手先になった。本当ならここですぐにバラして食ってしまうんだが、事情を知らずにあいつらに利用されただけだろうから、情けを掛けてやらないこともない」
 ここでママドゥ隊長は言葉を切った。山賊組を見渡して
「私らに食われたくないなら、選択は二つに一つだよ。一つは私らの国に来て、死ぬまで奴隷として働く。もう一つは、絶対今日のことは口外しないと誓って、この国の役人の世話になるかだ」
 山賊組がどよめいた。ちょっと、どっちもどっちじゃない? 選べるかよ。
「私らの国に来たら、ここにいる私らは、お前らを食わないって約束は守るけど、他の連中はお前らと約束を交わしているわけではないから……」
 ママドゥ隊長が意味深に言葉を切って、無表情で山賊組を見下ろした。
(食われるかもしれないってことか)
 山賊組一同、ひいぃーっと、青くなったり、赤くなったり……。
この国の役人の世話になります!
 山賊たちが口々に叫んだ。きっとその方がマシ。きっとマシ。自首なら情状酌量されるはずだしね。ちょっとはマシ。
「じゃ、舎弟に役人呼ばせに行かせるよ。アタシらバウンティーハンター業してっから、役人に顔も利くし、任せな」
 姐さんがドンと胸を叩いた。
  パン!

 山賊組のカタがついたところで、キン子が思い出した。
「どう言えば、センセイは?」
 センセイ――運転手のことをすっかり忘れていた。
「その辺りに転がってるはずじゃぁ……」
 ゴッちゃんが運転手が倒れた辺りを見回すが、どこにも姿がない。
「センセイ?」
 ママドゥ隊長が尋ねた。
「そういやあ、ヤツは何なんだ」
 よくわからないままに戦っていたなと、姐さん。
「個人タクシーの運転手って言ってたような気がするけど」とはゴッちゃん。
「少なくともPM2・5の窃盗犯なことは確かだけどさ」とまた姐さん。
「よくわからんが、今回の一件の猿回し……じゃなくて、舞台回しのにおいがプンプンするな」
 タマサカ先生が言った。
ラスボスってヤツかも」
 パン太がコンピューターゲームで知った言葉を口にする。
 そんなことを口々に言い合っていると、キン子の視界の端に何か動くものがチラリと映った。運転手がタクシーのドアの隙間からそっと車内に忍び這っていく姿だった。
あっ、逃げる!
 キン子が叫んだ。
「こら! 待て!」
 警官たちが慌てて駆け寄るが、制止なんて聞くわけがない。運転手は、バンと音を立てて素早くドアを閉めた。即エンジン音が響いたと思ったら、タクシーの姿はあっという間にプンと消えた。
ああ
 残念無念のため息が全員の口から漏れた。
  パン!

「それで、これは何です?」
 スタンガン自爆で伸びているミスター・スタンをママドゥ隊長が指さした。現場を撤収する直前に、このP世界にないものを残さぬよう確認していて見つけたのだ。
ご飯泥棒です。連れてってください」
 アイン君が即答した。
  パン‼

 その様子を梢の隙間から目ん玉のようなドロップが2つ、じっと見つめていた……パン。

  
 さあ、長らく語ってまいりました『少女デブゴンへの路』全十席、この『サモ・ハン・キンコ』の一席をもちまして、大団円にて終わりでございます。 パン!

 少女デブゴンことキン子の物語『少女デブゴン伝説』は、ほかに続きの二話がございますが、それは、またの機会にいたしましょう。
 それでは皆様、私の拙い読みに長くお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。それではまた、どこかでお目に掛りましょう。
  パン!パパン!パン!パン!パン‼
 
    🚨 🚨 🚨 🚨 🚨 
 
 『それではまた、どこかでお目に掛りましょう』
  ――パン!パパン!パン!パン!パン‼

  画面の中、ぺこりと高団子がお辞儀をする。そして、彼が顔を上げる――と同時に、ドタドタと乱暴な複数の足音が響いてきた。
 《何?》《何の音?》《??》……
 画面横の同時コメント欄に、疑問符が次から次へと流れる。
 と、突然、『PWP』と大きなロゴの入ったPWP警官の背中が画面中央に映し出された。その警官の背中の隙間から、仰天驚愕の高団子があわあわと座布団を蹴って、飛び出して消えた――ように画面のこちら側、視聴者には見えた。
 「何? 何?」「マジ? マジ?」と画面のこちら側にいるタマサカ家一同も、ほかの視聴者と同様に狼狽していた。
「遂に踏み込まれたか」ゴッちゃんが唸った。
「遅いっちゅうんじゃ!」姐さんが吠えた。
「でも、お陰で最後まで視れた」とはアイン君。
「えー、どういうこと」
 キン子もパン太も、子供たちは、さっぱり要領を得ない。大人たちを代わる代わる見回す。
「あー。だからね、前にも言ったけど、違法なんだヨ」
 タマサカ先生が説明する。
「P世界超えの動画配信は、PW連邦加盟世界間であっても違法なの。やってはいけないの。それをカブ師匠のところみたいなPW連邦未加盟世界も含めて、複数のP世界同時配信なんてやっちゃったから、PWPのお巡りさんに捕まったの……かどうかは、まだわからないか」
「見つかってしまったことは確かだな」
 ゴッちゃんがそう言うと、一同、どうして見つかったの、その前に、どうして今まで見つからなかったの、それよりヤツはどうなったの、とピーチクパーチク騒ぐ。
「わかった、わかったヨ。あとで顛末を聞いとくヨ」
 PWPに顔の利くPW連邦特別顧問のタマサカ先生が請け負った。

 ひと騒動して落ち着くと、姐さんが言った。
「それにしてもアイツ、かんに障るよな。しれっとしやがって」
 みんな揃って頷く。名を言わなくても誰のことかわかる。
「偉そうだし、ムカつく」
 アイン君が歯をむき出して、横チョップでもするかのように片腕を顎の下で構えた。カットちゃんがハサミをチャキッと軽くいわせて中指立てる代わりに立てたハサミで鼻の下を指した。カットちゃんを見て忖度したソンタ君が「ペッ」と言う。
「時々、語尾がさ、『もん』とか言っちゃって、イラッとするわ。ぶりっ子かってんだよ。あ、男だから、ぶり男か」
 口の端を上げて嗤う姐さん。
ブリオ・イグレシアス!
 タマサカ先生がつかさず叫ぶ。
「あ?」
 姐さんが低く唸った。「何、それ」とキン子とパン太は揃って同じ方向に小首を傾げた。
「女だったら、ブリッコ・バルドー!
「ああ?」
 姐さんの声色が更に低く、剣呑になる。
「両方だったら、ブリコ・ブリオ!
 ごっちゃんが「言うと思った……」と呟いた。姐さんは――顔がもう、能面になっていた。
 子供たちは、大人たちの会話を理解することを諦めた。まあ、大したことじゃないだろうことは、これまでの短いタマサカ家暮らしで、キン子ですら学習している。
 キン子は、アイン君が作った観劇お弁当から最後に残っていた一口胡麻団子を摘まんで、ぽいっと口に入れながら、はっと思い出した。
「あっ! そうだ、忘れてた。タマサカ先生、デネーズ
 タマサカ先生が、あっという顔をした。
「約束のデネーズ裏メニュー、まだだよね」
「うーん、でも、画竜点睛を欠くっていうか……」
「あれ以上、どうするっていうんです? ちょん切れちゃってるんですし」
 ゴッちゃんがキン子に加勢する。
「最初っからちょん切れてるのはわかってるんだから、できないって知ってての約束だとしたら、騙したってことになっちゃうよ」
 珍しく、パン太もタマサカ先生を非難する。
「何だよ、オジキ、最初っからできねえ約束、子供にしたのか」
 姐さんも伯父を責める。
「もう、わかったヨ。わかりましたヨ」
 わーい、やったぁ、と子供たちが歓声を上げた。
「キン子、あの一件じゃ、大活躍だったしね。パン太もね」
 ご褒美あげなくちゃと、タマサカ先生がキン子とパン太の頭を撫でた。

 〈続く〉


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