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少女デブゴンへの路〈プロローグ〉

※ 縦読みが好きな方はこちら
 (正直、縦読みの方が読みやすいかも……)
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プロローグ 好男子の講談師「高団子」

  ――パン!

 オンライン動画共有サービス『ユーツー』は、業界シェア一位を誇る。キャッチフレーズは「見よう 見せよう 君も一緒に You Too!」だ。ユーツーで動画を制作配信して生計を立てている者は、通称ユーツーバーと呼ばれている。遊びながら楽して金を稼いでいるように見えるのか、昨今の小学生が憧れる将来なりたい職業のナンバーワンである。当然、世の親たちはこの現象を憂いている。
 そのユーツーに、つい最近、あるチャンネルが開設された。チャンネル名は『高級だんご』。開設者は『新流派ニユーウェーブ講談師・高団子』なる人物だ。
 彼が配信している動画は、講談師を名乗るだけあって講談である。しかし、どうにも如何わしい。
 現在、アップされているのは一連のシリーズ物の数本。胡散臭いがそこそこ 🦆 良鴨よいかもがついている。胡散臭さが逆にウケている模様だ。ちなみに悪鴨だめかもは上下ひっくり返った 🦆 マークである。
 講談は、実話を元にして作られた物語を語って聞かせるものだ。物語を面白く仕立てるため、作者の解釈やら何やら、かなり盛られていることもあるが、真実事実から外れてはならないというお約束がある。
 が。彼の読む――講談は初期の頃、事実であると聴衆に示すために元本を手元に置いておりました。識字率の低かった時代に生まれた大衆娯楽でありますから、この本を「聴衆みなさんに代わって読み、ここで語り聴かせているんです。だからこれは語り物ではなく読み物なんですよ」という体裁をとっていたわけです。従って、物語を「語る」ではなく「読む」と表現したわけです――話は、フィクション疑惑が濃厚である。何しろ元本がない。誰も知らない。彼の(自称)講談を聞いてみればわかろうが、これが実話であるなら一体どうやってそれを知り得たか、誰もが疑問を呈するだろう。プライバシーの侵害、ストーカー行為などなど違法行為、犯罪行為が疑われる手法が使われたのではと考えるだろう。
 その疑惑の動画であるが、シリーズ名は『少女デブゴンへの路』。真相を確かめるため、まずは第一作目の『一席目 流転の始まり』を見てみよう。

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 屏風の前に小机が置かれた落語の舞台のような空間が画面に映っている。
 誰もいない静かなその場所に、着物姿の男が低姿勢で入ってきた。パラパラパラと拍手の効果音。小机の後ろに正座した男が、小机に手を突いて深々と頭を下げた。
「ご視聴ありがとうございます。わたくし、コウダンシなコウダンシのコウダンシと申します」
 画面下に《好男子な講談師の高団子》と説明テロップが流れる。
 このどこかムカつくネーミングは、くだらない冗談なのか、本気なのか。この人物が不細工なら冗談とすぐわかるが、いわゆるイケメンであるがゆえに、どちらか計りかねて余計にもやっとする。視聴者の多くがそう思った。
「まだまだ駆け出しでおぼつかないところもございましょうが、一生懸命読ませていただきますので、しばし、お付き合うのほどを」
 高慢ちきな名前の割には謙虚な物言いである。ここで大半の視聴者は「やっぱりこの名前はジョークのつもりなんだ。くだらねぇけど(笑)」となる。そして今度は策士か天然かと、またしても、もやっとする。
 
 講談師の高団子が右手に握った小ぶりのハリセンのような扇『ハリ扇(おうぎ)』で小机『釈台』を叩く。
  パン!
 
「人生とは、想定外の連続でございます」 パン。
「塞翁が馬なんて言葉もございます。吉が凶となり、凶が吉となり。人生とは、その連続であると」 パン。 
「想定外の出来事の、それが良いか悪いかは、各人の元々の予定調和が良いものか悪いものかによるところが大きいように、わたくしは存じます。悪い人生予定であれば、想定外が吉となることもありしや、良い人生予定であれば、逆に凶となることもありしや。更に悪くなることも、良くなることもありましょう」 パン。
「しかし、それ以上に、その想定外を本人がどう捉えて、どう応じ、どう転がしていくかで、人生は決まるものでございます」 パン、パン。
「さて、本日、私が読みます一席の、皆様ご存じ『少女デブゴン』の人生もまた然り」
 画面上部に《知らねー》《誰それww》など疑問形の視聴者コメントテロップが流れる。
「知らない方がいらっしゃる。ならば私の読みますこのお話で知っていただきたい」
 《まるで実話みたいな言い草じゃねーかw》《講談って元ネタはノンフィクションなんだよ》《歴史上の人物や出来事にまつわる伝説やら噂話やらに解釈をぶっ込んだ、ちょっと眉唾なストーリーwww》《ノンフィクションを元にしたフィクション?》《ノンがつくのかつかねぇのかどっちなんだよ💢》《やらせ記事みたいなもん?》《ガセネタを元にしたやらせ物語ww》《新流派と書いてニューウェーブと読ませるあたりから、すでに胡散臭せぇ。草。というより臭。臭、臭》《シン・講談師ってすればぁ?》《それは著作権? 商標? その辺で問題あるかと》《何それ? ニューのほうが良くね? ニュー・フェイスライダーとか、ニュー・スーパー仮面とか、ニュー・エバルゲラーとか》《それこそ何それ?》……。
 画面を次から次へと流れる視聴者コメントの濁流に高団子の姿が呑み込まれる。
「ち、ちょっと、わたくしが埋もれちゃう……ええいもう」
  パンッ‼‼
 高団子は、大きく振り上げたハリ扇を勢いよく釈台に打ち付けると
サモ・ハン・キンコー‼
 絶叫した。
 続けて、力強い口調で声を張り上げる。
「……でお馴染みの『少女デブゴン伝説』全三話のうち最初のお話、伝説の幕開けストーリー『少女デブゴンへの路』――」
 言葉を切り、カメラの向こう側にいる見えない観客たちを見渡すかのように視線を大きく漂わせる。
「ちょっとボディがコロコロな少女キン子が、想定外の出来事に見舞われ、想定外の人たちと出会い、想定外に人生を撹拌され、コロコロコロと人生が転がりながら、功夫マスター、少女デブゴンとなっていくまでの、波瀾万丈、奇想天外なお話でございます。
 そして、本日、読みますのは、この『少女デブゴンへの路』、全十席にプラスαの最初の一席目『流転の始まり』でございます」
  パン! パパン! パンパン!

     🍟 🍟 🍟 🍟 🍟

 大きなダイニングテーブルの片隅に子供が二人。満月のように福々しい顔と、大きな眼鏡を掛けたちんまりした顔が肩寄せ合ってタブレットを覗き込んでいる。
〈ご視聴ありがとうございます。わたくし、コウダンシなコウダンシのコウダンシと申します〉
 画面の中には、着物を着た男が一人。
 いわゆるイケメンである。どういう顔立ちかと問われても答えようがないがイケメン。捉えどころがないがイケメン。特徴がないがイケメン。しょうゆ顔でも塩でもなく、もはや水なイケメン。そして、子供たちには、見覚えのあるイケメンだ。
「……似てる。激似すぎ」
 キン子は画面を凝視したまま、無意識に片手に抱えたポテチの大袋に手を突っ込んだ。
「でしょ」
 パン太が頷くと、眼鏡もカクカクと頷いた。

 午後三時。在宅中であれば、この時間にキン子はほぼ毎日キッチンにいる。本日もやっぱり現れた。
 おやつを物色し、好物のポテトチップス大袋をチョイス。ふっくらとした指で開いた袋の口の両端を摘まんで左右に引いていく。ピーッと綺麗に口が広がっていった。美しい開け口だ。キン子は満足げに微笑むと、さっそく袋に手を突っ込んで、ポテチを一片取り出す。
 今回選択したポテチは、厚切りギザギザカット薄塩味だ。化学調味料も着色料も保存料も、添加物は一切なし。フライドされたポテトがその身にまとっているのは、天然岩塩のみである。
 キン子は、それを捧げ見て、しばし愛でる。それから、そっと口に導き入れ「パリン!」と良い音をさせて三分の一を食んだ。
「はぁー。これこれ。ポテトそのもののおいしさが一番わかるんだよねー」
 シンプル・イズ・ベスト。キン子大満足。至福の時である。
 キン子が二口目を食べようと口を開けたときである。
「キン子ちゃん、キン子ちゃん」
 パン太がタブレットを抱えて駆け込んできた。大きめな眼鏡がちょっとズレている。
 パン太は、ふくよかなキン子の腕が、これまたふくよかな膝の上の、ふくよかなお腹の前に、ポテチの大袋を抱きしめている図を見て
 ――デフレ。
 という言葉を思わず頭に浮かべた。
 初めてタマサカ先生に会ったとき、先生がキン子とパン太を「デフレとインフレのようなコンビだね」
 と言った。
 意味がわからず、首を傾げた子供たちに、タマサカ先生はデフレとインフレの意味を説明してくれたけど、その頃の二人には、何のことやらチンプンカンプンだった。今は、何となくわかってきた。
 ふと思い出したそれがきっかけとなって、パン太のこれまでの短い人生の歴史が、記憶の中から芋づる式に引きずり出されてきた。幼い頃のつましい暮らし。突然訪れた不幸と災難、苦難。偶然の出会い。そして人生が大変転……。
 ――感慨深い。
「パン太もどう? おいしいよ」
 そんなパン太の感慨など知るべくもないキン子が、ポテチの袋を差し出した。
「ありがと」
 パン太は、小さな手でポテチを一片摘み出す。そして小さなお口でパリン
「おいしいね」
 微笑むパン太にキン子は「でしょ」と破顔して、もっと食べなよと勧める。
 パン太は、キン子の笑顔につくづく思う。ああ、ここが、今が、ほどほどのデフレで良かった。おいしいポテチの大袋があって、キン子ちゃんと楽しくそれを摘まむ。ほんのりと幸せな気分になってくる……
「……って、そういう場合じゃなかった」
 パン太は、ズレ下がった眼鏡をクイッと指で押し上げて直すと、表情を引き締めた。テーブルにタブレットを置き、画面を指さす。
「キン子ちゃん、これ見て」
「あん?」
 ポテチの油の付いた指をなめなめ、キン子が画面をのぞき込む。途端、キン子の指をなめる舌の動きが止った。
「あっ!」
「ね。似てない? 髪型も雰囲気も随分違うけど」
 キン子とパン太の人生を直接に、あるいは間接に多大なる影響を与えて、大転換させた人物に瓜二つの顔がそこにあった。
 子どもたちが狐につままれたような顔を見合わせたそのとき
サモ・ハン・キンコー‼
 画面の中の男が絶叫した。子供たちの肩が思わずビクリとはねる。
「キンコ?」
 キン子は訝しげに呟き、再びパン太と顔を見合わせた。
「とにかく続きを見てみようよ」
 くばくか震える声で言いながら、パン太がズレた眼鏡を押し上げた。

 〈続く〉


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