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【関西人がゆく】 #8 滋賀・大津 「志乃崎」

「志乃崎」
 私がヒラの時、滋賀支店の課長補佐に勧められたそば店である。
 温かい蕎麦が美味い。
 この店で、ザル(モリ)は食べたことはない。
 かけ蕎麦が、日本一(私、調べ)なのだ。
 ところで、滋賀の人は、薬味に赤のボトルでお馴染みの「七味(一味)」をほとんど使わない。
 その代わりに使うのは、緑のボトルの「山椒」である。
 山椒がその蕎麦の味を、ぐんっと引き出していた。
 滋賀県、侮りがたし(すんません)。

 *  *  *

 ある日、私は、課長に呼び出された。
「ちょっとええか?」
「なんでしょう」
 滋賀支店の会議室に二人で籠る。
「実はなあ……」
 課長は、私に課長補佐にまつわる出来事を事細かに語った。

 補佐。
 そばを紹介してくれた補佐。

 彼はここ数日、有給を取得していた。というより、課長の指示で私が有給処理をしていた。
「あいつ、下手打ちよってん」
 下手を打つ、それは失敗をするということである。
「どういうことでしょう?」

 ただ、私自身、胸騒ぎというほどではないが、気にかかることがあった。
 以前、当の補佐が私にこんなことを依頼した。
「なあ、これ申請してくれへん?」
 それは教育ローンの申請書であった。
 子供の学費は、一種、親の悩みである。
 早速、私は書類に目を通した。
 それは、娘さんの進学にかかる諸費用などの明細が添付されていた。
 ただ、一点、なんで? と首を傾げた。
 そのお嬢さんは、中学に進学するのである。しかも公立の。
 制服代、通学費(と言っても自転車購入費、駐輪代)、諸経費(家庭科をはじめ授業実習費、修学旅行代、各種研修費用、よく調べたな)など、なんだかんだで百万近く積算されていた。
 そして、言われるがまま申請し、なんと、会社は八十万円を費用と認め、彼に融資したのであった。

 高校ならまだしも、中学だよね……。
 そんなことを思った。

 その補佐が会社にやって来なくなった。
 課長曰く、彼は社員から不当な借金をしてしまった。
 社員?
 私はよく飲み込めなかった。

 課長によると、補佐は、関西の各支店の従業員から借金をして、競馬で散財していたのだ。
 ある職員は1,000万円、またある職員は400万円……。
 若手も含まれていた。
 出るわ出るわ、私は唖然とした。

 わけわからん。

 社の規律委員がこれを問題視し、連日、補佐を詰問していた。
 そして、まもなく彼は退職した。

 補佐とは必ずしも私は、上手くいっていなかった。
 いや、かなり、対立していた。
 だから私には金策の声がかからなかったのかな。
 だが、あのそば屋を紹介してくれた恩人(?)。

 たかが競馬の借財。
 ギャンブルをしない私には、どうでもいい話。

 ただ思う。

「金貸した奴らには、お咎めなしなの?」

 止める人物がいれば、補佐もそこまでのめり込まなかったのでは。
 今となっては、言っても詮なし。

「志乃崎」は、現在、大津の隣の草津市に店を構えているようである。



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