サブミッション・エスケープ(1) ー キムラ編 ー

1 以前ウチの道場で私と一緒に稽古し、今はMMAのプロを目指して大きな道場に移籍した子(T君)が、正月休みを利用して帰ってくることになった。

 昨年末に彼が出たアマチュアの試合では、ボクシングが上手い(であろう)選手を相手に、パンチに合わせたダブルレッグでテイクダウンを取り、マウントからバックを取って、圧倒して勝っていた。
 その彼から「今度帰ってきたら、キムラのディフェンスとエスケープを教えて下さい」というメッセージがLINEに入っていた。なんでも彼が今所属しているジムのプロ選手の中に「新居すぐる〔選手〕のようにアームロックが上手い人がいて、(その彼から)いつもキムラでタップを取られる」から何とかしたいのだそうだ。
 確かに、アームロックとりわけ「キムラ」ロックは私も白帯の時に何度もタップを取られた。私の経験から言っても、特に柔道のバックボーンがある人は、ノースサウスポジションからのキムラを得意にしているように思う。
 ノースサウスポジション自体が抑え込みとして強力なポジションであり、そこから「エスケープ」するだけでも一苦労なのに、さらに「キムラ」グリップに捕られれば、逃げ方を知らない人がパニックを起こして繰り返しタップを取られる気持ちもよく分かる。

 私は普段MMAを見ないので、「新居すぐる」選手の事も存じ上げていなかったのだが、今回調べてみたら次のような試合動画と新居選手が「キムラ」を解説した動画を見付ける事が出来た。


 なるほど、桜庭がヘンゾに勝った時のバックからの回転「キムラ」か・・・(注1)。

注1)


 相手にバックを取らせて「キムラ」グリップを捕り、そこから相手に正対して後転する。ノースサウスポジションに入ってボトムのフリーの腕を足で踏んで固定し「キムラ」ロックで仕留めるまでが新居選手の中ではワンセットの型になっているから、バックに付いた方が「キムラ」グリップを捕られてしまえば、この流れから脱出するのはほぼ不可能だろう。

 だから、「キムラ」ロックを取られたくなければ最初から新居選手のバックに付かないというのは合理的な選択だと思う。ただ、今回私に質問して来た彼が普段スパーしている相手は新居選手ではない。まだ彼と会っていないので、実際に彼がどのような流れで「キムラ」に捕られているのかが分からないから、とりあえず彼の質問に対する回答として、「キムラ」ロックに対する「ディフェンス」と「エスケープ」に関するテクニックをまとめて、彼に伝えようと考えている。本稿はその覚書である。

2 「キムラ」ロックでタップを取られる人の多くがノースサウスからの「キムラ」だろう。先にも触れたように、ノースサウスポジションからの「エスケープ」が簡単ではないし、相手と距離を取ろうと焦って相手を押し上げれば、その手を「キムラ」ロックに捕られてしまう。
 ノースサウスポジションからの「キムラ」の「ディフェンス」で重要なのは、まず脇を閉じる事である。脇を閉じて、腕(とりわけ肘)を体幹に付けていれば、腕を体幹から引き離すのが驚くほど困難になる。「フレームディフェンス」の基礎なのだが、まずは脇を閉じて、ノースサウスポジション下で展開を落ち着かせることが一番大事だと思う。
 そこからいわゆる「ノースサウス・エスケープ」を使う。


 上に紹介した二つの動画の内、上がトップに両腕を抱えられた状態(Double Over) 。下が両腕共抱えられていない状態(Double Under)の「ノースサウス・エスケープ」になる。「キムラ」ロックを取られるとしたら下の状態になるが、ここで用いられているmovementが「High Leg Spin」である事を覚えておられる方もいるだろう。
 Double OverよりDouble Underの方が危険なため、まずはDouble Underに対するエスケープテクニックから習得する事をお勧めする(注2)

注2)「High Leg Spin」の習得には時間が掛かるので、「振り子(サイドワインダー)」を利用したエスケープテクニックも合わせて紹介する。


 そして、それでも相手に「キムラ」グリップを作られた時に用いるのが、下記の「キムラ・エスケープ」である。


 ノースサウスポジションからの「キムラ」に対する最も効果的な「エスケープ」テクニックはこれだと私は思う。
 ヘンリーの「アームロック・エスケープ」教則にもこの動画と同じ「エスケープ」テクニックが紹介されているが、このテクニックのポイントは「相手に自分の頭をコントロールさせない」そのために「自分の頭を相手から遠ざける」事である。
 具体的には、「キムラ」グリップに捕られていない方の手で相手の膝を押し、足先を相手の身体の方に近づけるように歩く(歩くより、振り子の要領で足を相手の身体に向かって水平に振った方が早く脱出できる)。結果的に、相手が自分の頭を跨ぐ状態を防ぎつつ、「キムラ」グリップを解除できる。
 ちなみに、この動画では相手に自分の頭を跨がれて足で(腕を)踏まれると「ゲームオーバー」だという話をしている。したがって、自分の頭を跨がれて腕を踏まれたら観念してタップをした方がいい(注3)。

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