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二人はどういうご関係?

X(Twitterといった方が馴染むのですが)にて、自分で撮影したタイノエ(Ceratothoa verrucosa)にマダイヤツデムシ(Choricotyle elongata)の写真と一緒に、両種が超寄生していると紹介したところ、ウオノエの専門家から「超寄生じゃないよ」とコメントを頂きました。その時、この2種類の寄生虫の関係性について書かれた論文のリンクも一緒に書かれていたのですが、なかなか読む時間が取れずにいました。今回は、その時に教えてもらった論文「Truly a hyperparasite, or simply an epibiont on a parasite? The case of Cyclocotyla bellones (Monogenea, Diclidophoridae)」の紹介となります。

カイワリの口の中にいるウオノエ。3匹いるのわかりますか?

超寄生って?

超寄生(hyperparasite)は、寄生生物に別の生物が寄生することで、砕けた言い方をすると寄生虫の寄生虫です。聞き慣れない言葉ですが、生物の世界では珍しい話ではありません。ただ、専門家の間でもわかっていないことがほとんどで、まさに研究中と言った感じです。

登場生物紹介

話の舞台は地中海で、今回紹介する寄生虫は、タイ科の1種であるBoops boopsという魚に寄生しています。この魚の口の中には、Ceratothoa parallelaと言う名前の等脚類が寄生していることがあります。等脚類に属する代表的な動物はダンゴムシやワラジムシなどで、深海から陸上まで地球上の至る所に住んでいます。その中でも、寄生性の種類がタイノエをはじめとするウオノエ科の動物になります。私たちがよく知っているタイノエと、Ceratothoa parallelaは種類は異なりますが、とても近縁な動物です。魚類の口の中に住んでいる(舌の代わりのようになっている)ことや、体の大きいメスと小さいオスがペアになっていることは共通しています。

ちょっとセンシティブかもしれませんが、タイノエです。オスも写っているんですが、みにくいですね。

もう1種類の登場生物は、Cyclocotyla bellonesという単生類です。単生類とは扁形動物門に属する動物の1種で、主に魚類の体表やエラに付着する外部寄生虫のことです。体表に寄生する単生類は魚の体表の粘液を食べ、エラに寄生している単生類は血を吸います。Cyclocotyla bellonesはマダイヤツデムシとは異なる種類ですが、同じヤツデムシ科(Diclidophoridae)に属しています。
今回登場する寄生虫には和名という日本語の名前がついていません。学名ではなかなか区別しにくいと思うので、Ceratothoa parallelaを「ウオノエ」、Cyclocotyla bellonesを「ヤツデムシ」と呼ぶことにします。

マダイヤツデムシの標本です。黄色いのは、そういう色をつけているためです。

本当に超寄生?

上記の記事でも紹介したことがあるのですが、日本ではタイノエの体にマダイヤツデムシが付着していることが確認されています。しかし、この2種の生物の関係はよくわかっていませんでした。「タイノエの体の上にヤツデムシが付着している」ことは事実ですが、「タイノエに寄生している」のか「タイノエには乗っているだけで、魚に寄生している」なのかは確認されていませんでした。そもそも、「寄生」というのは、ある生物が他の生物から栄養やサービス(生息場所)を持続的かつ一方的に収奪することです。ヤツデムシは魚の口の中にいて、タイノエの体表に付着している点ではどちらにも寄生しているといえます。ただ、ヤツデムシは魚とタイノエのどちらから養分がいるかについてはこれまで確かめられていませんでした。論文では、以下の3点を確かめることで、ヤツデムシがどちらに寄生しているかを証明しました。

  1. 単生類(ヤツデムシ)は甲殻類(ウオノエ)の体の上で生活しているのか、それとも魚の上で生活しているのか?

  2. 単生類(ヤツデムシ)は甲殻類(ウオノエ)と魚類のどちらを捕食するか?

  3. 単生類(ヤツデムシ)の養分を吸収するための体の特徴は?

単生類(ヤツデムシ)は甲殻類(ウオノエ)の体の上で生活しているのか、それとも魚の上で生活しているのか?

この論文によると、ほぼ全てのヤツデムシがウオノエの体の上から見つかっているとのことです。先述したように、単生類は基本的に魚の体表かエラ(もしくは口腔)にいるのですが、ウオノエの体以外から見つかった例は1つしかないようです。しかも、ヤツデムシが付着しているのはメスのウオノエでした。これは、ウオノエの方が体が大きく、寿命が長いことに関係していると考えられます。

単生類(ヤツデムシ)は甲殻類(ウオノエ)と魚類のどちらを捕食するか?

ほとんどの単生類が魚の体表の粘液か血液を吸いとっているため、ヤツデムシも同様の体の仕組みを持っています。一方、ヤツデムシがウオノエに寄生しているとした場合、ヤツデムシはウオノエの体表にある粘液か血液を吸っていないといけません。しかし、甲殻類には硬い殻(外骨格)があるため、もしウオノエに寄生しているのであれば、ヤツデムシには殻を突き破るような構造がないといけないのですが、体の構造を丹念に調べても見つかりませんでした。それどころか、ヤツデムシの食道や腸管には黒色の色素がありました。これは、他の単生類にもみられるものであり、魚の血液由来のものになります。このことから、ヤツデムシは養分をウオノエではなく、魚の血液から得ていることがわかりました

単生類(ヤツデムシ)の養分を吸収するための体の特徴は?

2番目の結果から、ヤツデムシは魚から養分を得ており(魚に寄生している)、タイノエには乗っかっているだけということがわかりました。ただ、ヤツデムシには本当に魚から養分を得るような特徴があるのでしょうか?このヤツデムシはウオノエの背中にいるので、他の単生類と異なりエサのある魚のエラまで距離があります。これをどのように対応しているかが説明できてはじめて、ヤツデムシが魚に寄生していると言えます。体の構造を調べた結果、今回の登場生物であるヤツデムシは口のある体の前方部分がとても長くなっており、これを伸ばすことで、魚の口やエラの表面に届くことがわかりました。しかし、頑張ってエラまで頭を伸ばして血液を吸っているのか、ウオノエの脚でひっかかれたことでできた傷口の血を吸っているのかはまだわかっていません。

Bouguerche . et. al, 2022よりCyclocotyla bellonesの写真。上記のマダイヤツデムシと比較したら、頭部(上の部分)が細長いのがわかると思います。

ズッとも?

結局、ヤツデムシはウオノエの背中に乗っかって、エサとして魚の血液を吸っているようです。では、どうしてヤツデムシはウオノエに乗っかっているのでしょうか?論文によると、ヤツデムシが魚の免疫反応から逃れるためだと考えているようです。魚としては、体の中に他の生物(細菌やウイルスと同じ異物)がいるわけですから、寄生虫には出ていって欲しいので、免疫が働きます。寄生虫は宿主の免疫反応からうまいこと逃げる必要があり、あるウオノエ(Ceratothoa oestroides)だと、唾液に魚の免疫を調節する物質が含まれていることがわかっています。そのため、ウオノエには魚の免疫を誤魔化す仕組みがあるようですが、ヤツデムシにはないようです。ヤツデムシはそんなウオノエに乗っかって、魚の免疫に捕まらないようにしていると考えられています。
まあ、そういう関係です。

参考文献

Bouguerche, C., Tazerouti, F., & Justine, J. L. (2022). Truly a hyperparasite, or simply an epibiont on a parasite? The case of Cyclocotyla bellones (Monogenea, Diclidophoridae). Parasite, 29.



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