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体の中のバーコード

先日、私が所属している日本動物分類学会の学会誌であるタクサが届いたのですが、昨年行われたシンポジウムのせいもあってか寄生虫(吸虫類)の話題が多く、楽しんで読めました。これまでも述べたことがあるのですが、吸虫類は成長に伴って宿主を変えます。この吸虫類の生活環は、面白さでもあり、複雑さでもあります。昔、私が指導していた高校生が、吸虫類の生活環について発表した時、植物の研究者から「こんな非効率な一生を送る生物がいるわけがない!」と言われました。このように吸虫は、分からないことが多く、専門家でも理解しにくい生物です。

吸虫類の生活環です。

何が問題?

上図に示したように吸虫類は、卵からふ化した幼生は最初に貝類に寄生します。その次に寄生する動物は吸虫の種類によって異なるので、必ず寄生する貝類は吸虫類の研究においてとても重要です。研究の障壁となっているのは、以下の2つです。
貝類の体内にいる吸虫の幼虫の種類が分からない
吸虫類に未知の種類が多い

この2つの問題にどのように対応して研究を進めているのかを総説「陸貝を中間宿主とする吸虫類の多様性」にて紹介しています。

赤丸のところが吸盤。黄色丸の中にあるのが生殖器。この写真では腸管がよく見えないです。

あなたは誰?

吸虫類の種類が分からないのは、体の構造が単純だからです。吸虫は、生殖器(精巣と卵巣)、消化器官(腸管)、運動器官(宿主に張り付くための吸盤)くらいからしか体をつくる器官がありません。そのため、種類の見分け方が、陰茎の根元にある袋の形や、生殖管の交差の違いという高難易度の間違い探しになっています。それに加えて、貝類に寄生している吸虫類の幼虫は体の構造が未発達で、比較できる体の構造がほとんどないため、種類を見分けることができません。
種類がわからない生物がいるのであれば、DNAを調べたらよいのでは?と思う方もいると思います。確かに、DNAは犯罪捜査でも犯人の特定に使うことのできる物質ですが、これには犯人を捕まえる必要があります。現場に残されたDNAだけでは何もわかりません。犯人を捕まえて、現場にあったDNAと犯人のDNAを照合するまでは未知のDNAのままです。つまり、貝類の中から出てきた吸虫類の幼虫のDNAだけを調べても、どの吸虫類の幼虫なのかはわかりません。
以前の記事で、これまで調べられたことのある生物のDNAの塩基配列はGenbankに全て登録されています。そのため、貝類に寄生している吸虫類の幼虫のDNAを解析した場合、同じ塩基配列のDNAがGenbankに登録されていれば、種類がわかるのですが、現在確認されている吸虫類でも塩基配列が調べられているのはごく僅かです。

なぜわからないの?

私たちが把握している吸虫類は、現在地球上に生息している吸虫類の一部に過ぎず、DNAが解析されているのはさらにその一部です。なぜ、ここまで調べられていないのでしょうか?これは、私の考えなのですが、これまでの寄生虫研究がヒトや家畜の病気の原因になるものに限られてきたためではないかと思います。“寄生虫学”の名前の付いた研究室があるのは、医学部と獣医学部がほとんどです。私たちの安全な生活を維持するためにも、病気の原因になる寄生虫を最優先で知る必要があったのだと思いますが、直接害を及ぼさない、もしくは害のない生物は時間やお金の関係で後回しにされてしまったのでしょう。
総説にもありますが、吸虫類の幼虫は宿主特異性が非常に高いと言われていす。宿主特異性というのは、吸虫Aは巻貝αにしか寄生せず、吸虫Bはマイマイβにしか寄生しないということです。そして、地球には貝類が至る所にいます。海や川、そして陸上です。吸虫類も貝類の種類の数だけいると考えると、私たちがいかに知らないことが多いかがわかると思います。

解決策

わからないことだらけの吸虫類の研究ですが、地道に解決に向けてすすんでいます。まず、貝類(総説では陸に住む貝類)の吸虫類の幼虫の塩基配列を調べてデータを蓄積しています。同時に、実験的に感染させた動物や偶然手に入った野生動物の死骸から得られた吸虫類の成虫の体の構造を調べて種類を特定したのち、DNAを解析しています。この時に手に入った成虫のDNAの塩基配列が、事前に入手していた幼虫のDNAの塩基配列と一致させていくという作業を行っているようです。このように、GenbankなどのDNAバーコードライブラリーにある既知の種のDNA配列と照合することで、生物の種の同定を行う手法をDNAバーコーディングと呼びます。

なぜかいらすとやにあるロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリ。サムネイルと動画のロイコクロディウムに寄生されたカタツムリは、以前に寄生虫館で撮影させてもらったものです。論文などもすでに出版されているので、使用しても良いかと思い使いました。

最後に紹介

最後に、ある吸虫のお話をして終わります。最初にも書きましたが、吸虫類が貝類から他の動物に移動するのは、綱渡りのようで、とても非効率です。吸虫類も貝類の体内で数を増やして、次の宿主にたどり着くための確率を上げていますが、中には、貝類などの中間宿主を自分たちの都合のいいように変化させる「宿主操作」を行う吸虫がいます。その代表例が、総説の中でも紹介されているロイコクロリディウムです。
この吸虫は、オカモノアラガイ科の陸生の巻貝(いわゆるマイマイ)を中間宿主とします。ロイコクロリディウムは、このマイマイの体内で増殖し、最終的にマイマイの触角に移動して、触角の形と色を変化させます。加えて、色が激しく変化させるのでとても目立ちます。また、マイマイは通常であれば、昼間は葉の裏側などに隠れているのですが、ロイコクロディウムに寄生されると葉の表側に移動します。すると、この奇妙な行動をとるマイマイを上空からロイコクロリディウムの終宿主である鳥類が見ると、「葉の表にうねうねと動くものがあるぞ!イモムシだ!」となり、食べていきます。これを面白いと見るか、怖いと思うかは個人の感性の違いでしょうか?面白いでしょ?

参考文献

佐々木瑞希. (2023). 陸貝を中間宿主とする吸虫類の多様性. タクサ: 日本動物分類学会誌, 54, 11-16.


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