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ポリコレについての走り書き

0.はじめに

 ポリティカル・コレクトネス(以下ポリコレ)についてはネット上では数多くの議論がなされている。特に議論が集中しているのは「表現の自由」関連であり、誤解を恐れず議論を要約してしまえば「ポリティカル・コレクトネスは表現の自由を侵害するのか?」というものである。
 ここで筆者は基本に立ち返り、「ポリティカル・コレクトネスとは何か。またそれの追求は何を意味しているのか」を一人で勝手に考えるものとしたい。

1.ポリティカル・コレクトネスの定義

 まずはウィキペディア先生に聞こう。当たりを付けるのは大事だ。

ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness)とは、日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、容姿・身分・職業・性別・文化・人種・民族・信仰・思想・性癖・健康(障害)・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。

 ポリコレに関する一般的な理解を反映している。「差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す」というのもよく耳にする。ここまではよい。重要なのは次だ。

1980年代に多民族国家アメリカ合衆国で始まった、「用語における差別・偏見を取り除くために、政治的な観点から見て正しい用語を使う」という意味で使われる言い回しである。「偏った用語を追放し、中立的な表現を使用しよう」という活動だけでなく、差別是正に関する活動全体を指すこともある。

 太字部分は執筆者による。この「中立的な表現を使用」という文言がとてもとても重要になる。中立的な表現を使用してどうするのか?
 結論から言ってしまえば(かつ大げさに言ってしまえば)、「中立的な表現を使用することで、『表現の政治問題化』を避けよう」とするものである。

2.中立的な表現?

 ウィキペディア先生は「ポリコレ」に影響され変更が加えられた一般的な表現として以下のものを挙げている。

1.看護婦→看護士・ 看護師 
2.障害者→障がい者・障碍者
3.保健婦→保健師
4.スチュワーデス・スチュワード→客室乗務員・フライトアテンダント・キャビンアテンダント (CA)
5.土人→先住民
6.女優→俳優
7.助産婦→助産士

 修正後の表現が「中立的な表現」となる。ではどのような点で中立的な表現となったか見ていこう。

 1、3、4、6の表現は分かりやすい。これは「性別」の区別が消されている。「看護婦、保健婦、スチュワーデス・スチュワード、女優、助産婦」、この表現は一目で「ああこの人は女性(または男性)なんだな」ということが分かる表現である。この内、「看護婦、保健婦、助産婦」は用語としても特別な意味を持つと考えられる。これらの医療職に関しては、ほとんど女性が従事していた時代もあった。さらに一歩進んで次のように言うこともできよう。「看護師、保健師、助産師は大体女性だし、また女性によって担われるべきだ」という固定観念、価値判断が入り込んでいる用語ではないか、ということだ。だからわざわざ「婦」という漢字を使用するのである。

 5.の「土人」はさらに分かりやすい。差別表現の撤廃である。日本で「土人」と言えばアイヌ民族のことを指していた。これは1997年に北海道旧土人保護法廃止に伴い、呼称も「土人」から「先住民」と改めされた。「土人」は現状明らかに蔑称であり、アイヌ民族に対し「土人」という言葉を使うのは「アイヌ民族は文明的に劣っている」と言ってるのと同じ行為と取られても何らおかしくないであろう。この固定観念を払拭するために北海道旧土人保護法が廃止され、「先住民」という語が使用されるに至ったものと思われる。

 まとめよう。「中立的な表現」とは用語の中に含まれる固定観念、価値判断を無化する表現である、と私は言いたい。「固定観念、価値判断」から中立なのである。

3.「政治的」に中立な表現?

 しかしポリコレはただ「中立な表現」なのではない。「政治的に」中立な表現なのである。この「政治的」という用語は非常に厄介である。ここ色んな意味で有名なカール・シュミット(1888~1985)の著書に頼ろう。『政治的なものの概念』では

政治的な行動や動機の基因と考えられる、特殊政治的な区別とは、友と敵という区別である。
カール・シュミット 田中博 原田武雄『政治的なものの概念』p15

で有名であるが、また政治的な概念についても非常に示唆に富む。

第一に、すべての政治的な概念、表象、用語は、抗争的な意味を持つこと、それらは、具体的な対立関係をとらえており、結局は、(戦争ないし革命の形をとってあらわれる)友・敵結束であるような具体的状況と結びついていて、この状況が、消滅するときには、すべて無内容な、幽霊じみた抽象と化すのである。国家・共和制・社会・階級さらには主権・法治国家・絶対王政・独裁・構想・中立国・全体主義国家等々の語は、それが具体的に、なにをさし、なにと戦い、なにを否定し、なにを反駁しようとするのか。を知らなくては、理解しがたいのである。
カール・シュミット 田中博 原田武雄『政治的なものの概念』p22

 とある用語が何らかの固定観念・価値判断を含むのであれば、それを巡って政治的な対立が発生しうる。「土人」しかり、「看護婦」しかり。「その固定観念、価値判断を除去せよ」と。上の引用部分の脚注でもシュミットは重要なことを述べている。

 このばあいも、抗争的性格の数多くの種類や段階が可能であるが、しかし政治的造語ないし概念形成の本質的な抗争性はつねに認められる。用語問題はしたがって、高度に政治的な問題となる。すなわち、語ないし表現は、同時に、敵対的論議の反映・信号・標識・武器でもありうるのである。
カール・シュミット 田中博 原田武雄『政治的なものの概念』p24

 シュミットはあくまで「法治国家、全体主義国家」などの政治用語に関心がある。よって「看護師(看護婦)、俳優」などの一般用語にシュミットの言説を突っ込むのも無理があるのだが、あえて筆者は突っ込んでみたい。
 とある用語が政治問題になりうるのであれば、予め用語から「固定観念、価値判断」を除去し、政治問題にならないようにしておけばよい。つまりは用語を「非政治化」しておけばよい。

 ポリティカル・コレクトネスとは何か?筆者の見解は以下のようになる。

 ポリコレすなわち「政治的に正しい表現」とは、「固定観念、価値判断が除去された表現」である。何のために「固定観念と価値判断」を取り除くのか?それは「用語や表象やその他の表現が政治問題になるのを避けるため」である。
 一言で言うと「ポリコレとは非政治化された表現」であり、表現の非政治化の追求である。

4.逆説?

 「政治的に正しい表現」=ポリコレ=「非政治化された表現、表現の非政治化の追求」

 この図式が適切であったと仮定した場合、「政治的に正しい表現とは、非政治化された表現である」という式(?)が成り立ってしまう。

政治問題にならない(非政治化)表現が、政治的に正しい表現!?非政治化が政治的に正しい!?
一体どういうことなんだ!?何が起こっているんだ?

たまげた読者もいらっしゃるかもしれない。筆者もこれを思いついた時は、勝手に一人でたまげていた。

 しかしこの「中立化」という考え方-つまりはあらゆる価値判断に組みしないという考え方―は、自由主義的思想と相性が非常にいい。ていうかロバート・ノージックは国家と政府に対して中立化を要請している。そのために彼は「最小国家論」を唱えたと思われる。
 よってポリティカル・コレクトネスは自由主義的思想の一部と言ってのけることもできてしまうのである。「ポリコレの追求が表現の自由を妨げる」という主張についても筆者は分からなくはないが、しかしポリコレも自由主義的思想の一部と仮定した場合

自由主義的思想によって表現の自由が侵害される?それは言葉の矛盾じゃない?自由ってなんだよ?

という言葉遊びができてしまう。ウッソだろお前!ここから先は「表現の自由を破壊する表現を、表現の自由の名において擁護できるのか?してよいのか?」という非常に面倒な問いが発生するため差し控える。これは今後の課題になるだろう。誰か考え、答え教えて…

5.逆説??

 ポリコレの定義をもう一度確認する。

ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness)とは、日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、容姿・身分・職業・性別・文化・人種・民族・信仰・思想・性癖・健康(障害)・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。

 差別・偏見の除去が目的だが、差別を防ぐにはまず「差別が予め存在していなければならない」。
よって「どのような表現が差別に値するのか?それを誰が決めるのか?」というこれまた面倒な問いが発生する。つまりは「差別」の定義で大いに揉めることが考えられる。シュミットの表現をパクるとこうなるであろう。

皆、差別を行うなどとは夢にも思わない。本当に関心があるのは「何が差別に値するのか?またそれを誰が決めるのか?」ということである。

6.終わりに 

非常に乱暴な議論にはなったが、一旦ここで終了。ありがとうございます。 なお筆者は「差別表現」を使っても構わないとは思う、もちろん本人の責任において!言葉は大事に使いましょう!!

参考文献 Web
カール・シュミット 田中博 原田武雄訳『政治的なものの概念』未來社 1972
カール・シュミット  服部平治 宮本盛太郎訳『政治思想論集』ちくま学芸文庫 2013

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8D%E3%82%B9
ウィキペディア 検索項目 ポリティカル・コレクトネス
最終閲覧 2018.12.21

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