ツイテないのはいつものことさ。

時期を外して訪れた獅子座流星群を避けるため、モノストロ号は本来のルートである星間ワープ航路を外れて巡航することになった。重力制御装置をベガの第二惑星であるサンドリに届け、地球への帰路に数回のワープ航法をしても2ヶ月はかかる旅はこの足止めでさらに伸びることが確定した。この流星群を避けて星間ワープができないというアクシデントは、モノストロ号の船員の地球への郷愁をさらに増すものとなった。

「ツイテないのはいつものことさ」

船長の中島次俊(なかじまつぐとし)は、雇い主である島田トランスポートサービスのオペレーターのハーシェルとの通信で苦笑しながら言った。

「すみません、中島船長。まだ流星群の通過が認められていませんが、モノストロ号の軌道内に流星群と衝突することがわかったので。お子さんに初めてお会いになることが遅れてしまうことを心からお詫びします」

「いいってことよ。息子の墓に俺が花を添える様になる前にゴーサインを出してくれ」

新米オペレーターのハーシェルは、口元で笑った。

モニター越しに会話することが地球との唯一の接点であり、モノストロ号にとってハーシェルは地球がそこにあることを証明してくれる人物だ。船員達のアイドルであり、軽口を叩けるのはハーシェルの長いブロンドとあどけない表情、そしてなにより気立ての良さによるものだ。

子どもが生まれる。

中島船長にとって初めての子どもだ。妻の妊娠を知ったのはモノストロ号がサンドリに向かった次の日のことだった。島田トランスポートサービスの乗船規約によれば、地球時間で一年を超える航海の任務は、配偶者が妊娠している場合において乗船メンバーから外されるものだが、一度乗船してしまうとどういう理由があっても引き返すことができない。その報を聞いた時、初めての子どもが生まれてもその出産に立ち会うこともできないという状況に、中島船長は喜んでいいか悲しんでいいか分からず、父親として先輩の上田利伸(うえだとしのぶ)副船長を抱きしめ泣いたものだ。

「ツイテないのはいつものことさ」

これがこの旅の中島船長の口癖になった。

今日で航海も地球時間で432日目。当然子どもは生まれている。船員規約で外界からの連絡はオペレーターのみに限られているので、妻の未来(みらい)との連絡はハーシェルを介してすることになる。新米ながら優秀なオペレーターであるハーシェルのおかけで未来の具合については知ることができたし、こっそり胎児のエコー写真をモニター越しに見せてもらえた。

その後4,300グラム超えの男の子として生まれたこと。その子に宙太(ちゅうた)と名付けたこと。未来にありがとうと伝えたこと。ハーシェルを介しての地球との交信は不便だったが、中島船長にとって、まだ見ぬ息子の存在と妻への愛を強く感じることができた。

中島船長は幸せだった。

「ハーシェル、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな。」

「なんでしょう、中島船長」

「本来のルートを外れるのは今回で二回目だよな。しかも一回目は本気で死にかけた。こんなことは初めてだし、本店の連中だったらこんなことを想定できないはずがないと思うんだ。なにか本店で問題が起きているんじゃないか」

サンドリの重力域から外れてアルテイシアルートを通過中、モノストロ号は隕石の衝突を受けて本来のルートから大きく外れた。制御不能になったモノストロ号は暗黒星雲の重力を受け、近くの名も知らないような惑星にニアミスするというアクシデントに見舞われていた。辣腕の操舵士の山口敏夫(やまぐちとしお)と優秀な航海士のジョンソンのおかけでアルテイシアルートの本線に戻ることが出来たが、モノストロ号は航海を続けるために修理を含めて大幅な足止めを食らうことになった。

「一度目の隕石衝突については突発的な事故でした。アルテイシアルートの船舶から重力異常の報告はされていませんでしたし、隕石を予測するのは難しかったと思われます。本社でもこの問題については真摯に取り上げています。本社のマザーコンピュータの指示どおりに航行していた船長に責はありません」

ハーシェルは視線をモニターからずらした。

「ハーシェル、君を信じていいんだね。君が出してくれる指示は会社の命令である前に、君が僕たちクルーを守ってくれる為に出してくれているんだと思っている」

「私はモノストロ号のクルーのみなさんを家族だと思っています。隕石の衝突で通信が途切れた時、私はみなさんの身に何かあったら一緒に死のうと思っていました。だから、時間がかかっても、今回の獅子座流星群を避けて巡航するルートを通る指示を出しました。」

中島船長は大きく咳をした。

「ありがとう、ハーシェル。君を、会社を信じるよ。地球に帰ったら未来と宙太と三人で食事をしよう」

「宙太くん、食事は無理でしょう。ご自宅に招待してください。出産祝いを持ってお邪魔します」

ハーシェルはモニターに手を置いて、カメラを見つめた。ノイズだらけの中島船長の画像に触れると涙が流れた。中島船長は微笑んだままだったと思う。

通信が切れた。ハーシェルはインカムを外し、マニュピレーションデスクに突っ伏し泣いた。

「ハーシェル、辛いとは思うがこれが仕事だ。役員たちはモノストロ号の足止めしている内に対策を立てている。もう少しの辛抱だ」

ハーシェルの上司である加賀美(かがみ)チーフオペレーターはハーシェルの座っている椅子の背もたれをポンと叩いた。

「もう耐えられません。あんな姿の中島船長に嘘をつき続けるなんて。医療スタッフをモノストロ号に派遣すべきです。船長は会社を信じると言ってくださいました。私たちもそれに応えるべきです」

伏したままハーシェルはつぶやいた。

「それが出来るならすぐにやっている。モノストロ号はイングラム星の放射線をたっぷり浴びているんだぞ。もうクルーたちが人間でいられる時間はあと一週間ぐらいだ。彼らがどのような歪な進化を遂げ行くかは誰にも予想ができない。もう誰も彼らを救えないんだ」

加賀美チーフは彼が書いた事故報告書をハーシェルのマニュピレーションデスクに叩きつけた。一回目の事故からほぼ徹夜で書いている報告書だ。加賀美チーフは様々な機関の情報を収集し、彼らを救うことができないと結論づけた。モノストロ号が隕石事故でニアミスしたイングラム星は、生命の進化を促進する放射線を発することが知られており、生命の根源を解明する手がかりであるとされているが、その放射線から研究者を守る方法が存在しない為、立ち入ることは環太陽系規約により立ち入りを禁止されていた。自社の輸送船が進化を異常に促進させてしまう恐れのある危険物と化して地球に向かっている事実は、島田トランスサポートサービスにとって会社の行く末を左右する大問題となっているのだった。

「だったらこの事故を公表してクルーたちを保護すべきです」

ハーシェルはか細くつぶやいた。こうしている間にもモノストロ号のクルーは自分の意思と関わらず異形の者と化している。それを思うとハーシェルは今すぐにでも通信を再度試み、中島船長に全てを打ち明けて楽になりたかった。

「あの隕石事故がマザーコンピュータのバグが原因だという証拠をみすみす地球に還せるわけがないだろう。会社を存続させる為には、地球に向かっているあのクソ輸送船の、クソクルーどもをこの宇宙から消し去ることしかないんだ!!」

加賀美チーフもハーシェルもその後言葉もなく、バグを起こしたマザーコンピュータの指示を待つしかないことに、苛立ちと絶望を感じていた。

中島船長は自らの体が崩れていくのを肌で感じていた。通信モニターはあれから一週間応答がない。何がとても嫌なことが自分たちの中で起きているのはわかっている。上田副船長は3日目から背中に羽根が生え始め、鳥のような姿になった。航海士のジョンソンは巨大な魚になってしまい、水がない船の中では死を迎えてしまった。山口操舵士の姿が見えなくなったが計器が滞りなく動いていることから、多分モノストロ号と一体化しているのだろう。

中島館長はまた通信を試みた。返答はない。何度も何度もスイッチを押していたので、指の骨が折れた。痛みはなく、そこから草が生えてきた。自分はこの船長室の上で植物になっていくのだろう。

「ツイテないのはいつものことさ」

声は出なかったが中島船長はそうつぶやいた。ハーシェル、未来と宙太に届けてくれ。僕は絶対に地球に帰る。お前たちの為に。

必ず。必ずだ。


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