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「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 10. 反 省

『第5話 浦島太郎の苦悩 9. タロー、突然死?』からつづく

 白々しい灯りに照らされた措置入院治療所――精神疾患の急性期にあたる患者を人間、クローン・キャストを問わず強制的に収容する施設――の個室で、タローは茫然と壁に寄りかかっていた。
 審問室で倒れた以降の記憶は、ほとんどなかった。審問室に誰かが飛び込んできたこと、ストレッチャーに載せられたこと、頭に何かをかぶせられたこと――そういう断片的な記憶が頭をよぎるだけだ。

 混乱と無気力との数日の中に、時々、クローン・キャストとしての彼の習慣からくる思索が――反省が来た。いったい、今度の出来事のなかで何が――誰が――誰のどういうところが悪かったのだという考えである。
 タローは、まず、プロジェクト管理部長に怒りを覚えた。玉手箱から煙が出なかったことには一切触れずにタローひとりに責任を負わせて審問にかけたのは理不尽だと思ったのだ。

 しかし、時間が経つにつれて、日本昔話を再生するプロとしての彼が目覚めてきた。玉手箱から煙が出なかった。『浦島太郎』の標準ストリーから逸脱するアクシデントだった。
 しかし、いかなるアクシデントがあろうと、「昔話成立審査会」から「不成立」の通達がこない限り、再生を続行する。それが、クローン・キャストの基本中の基本なのだ。自分は、なぜそんな初歩的なことを守れなかったのか?

 当初の混乱に代わって、より意識的なクローン・キャストとしての苦しみが始まった。
 クローン・キャストは日本昔話を再生するために存在するのだ。それなのにクローン・キャストの基本中の基本を守れず、50人の同僚の努力を水の泡にしてしまった自分に、この世に存在する価値はない

 タローは、看護ロボットが運んでくるクスリを口に入れてから吐き出すようになった。いったん口に入れたのは、個室に配置されている監視カメラを恐れたからだ。幸い、彼の行動を止めにくる者はいなかった。5日が経った。タローは5日分のクスリを一度に飲み込んだ。当然、自分がいつ意識を失ったのかを、タローが知ることはなかった。

『第5話 浦島太郎の苦悩 11. 煩悶』につづく