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2020年代日本競馬の血統学 血統入門の決定版 吉沢譲治『競馬の血統学』を引継いで



吉沢譲治『競馬の血統学』の概要


吉沢譲治『競馬の血統学』。

1998年、JRA賞馬事文化賞受賞作である。
しかし、そんな煌めくような額面などなくとも、一読すればこの著作の価値は分かる。

競馬は古くはブラッドスポーツと言われ、父と母から受け継ぐ血脈が、生まれてくる競走馬の能力を先天的に大きく左右する。

17世紀イギリス、産業革命の始まりと軌を一にして始まったサラブレッドの生産は、わずか数百年の間に飛躍的な進化を遂げた。
そこには、サラブレッドの競争能力を極限まで高めようと、優秀な競走馬の能力を後代に残し、そして時には近親交配によって名馬の血を凝縮させようとする苦心の積み重ねがあった。

本書は、時代の流れを変えた名種牡馬からとくに8頭を取り上げ、彼らのエピソード、種牡馬としての経歴を通して、競馬において血統というものがいかに重要なのかを私たちに教える。

私は今回およそ14年ぶりに再読したのだが、これだけの時間が流れているにもかかわらず、本書の価値は少しも失われていないことがわかった。 
ほんらい、競馬・血統のサイクルは速い。
流行の血統はすぐに移り変ってしまうのが常だ。
しかし、出版から20年以上の歳月を経ても、この本を真に更新するものは書かれていないのではないか。そういう感想を抱くほどに本書の構成は見事だった。

本書の刊行は1998年。

ダービーを勝ったのはスペシャルウィーク。宝塚記念はサイレンススズカが逃げ切り、そして天皇賞・秋での悲劇。そういう年だった。
サンデーサイレンスの産駒が日本競馬を席巻し始めていた頃だ。
そしてブライアンズタイム、トニービンなどの種牡馬たちが、リーディングを競ってしのぎを削っていた時代ということになる。

だから情報としてはやや古い。
血統から現在の競馬予想に直接的に使える情報はここにはない。

だが、サラブレッド、競馬には血統という不変の法則がある。そう、この書は伝える。
いま、競馬場を走る馬たちは、そうした偉大な種牡馬たちや繁殖牝馬の創り出した土壌の上に成り立っている。
だから血統というものの奥深さ、そしてサラブレッドの歴史について知ろうと思えば、現在でも十分に読む価値のあるものだと言える。

本書の構成

本書の章立ては、全八章。そこに、2001年NHKライブラリー版での再刊に併せて、新たに終章が追加されている。
つまり九つの章にわたって、歴史的な名種牡馬について語られている。

第一章 血の宿命~革命の使者セントサイモン
第二章 約束の血~影の立役者ハイペリオン
第三章 血の盲点~近代サラブレッドの祖ネアルコ
第四章 喧しい血~偉大なる後継者ナスルーラ
第五章 辺境の血~サラブレッドの新種ノーザンダンサー
第六章 新しい血~雑草血統の選りすぐりネイティヴダンサー
第七章 稀少の血~日本に息づくトウルビヨン
第八章 血の相性~眠りから醒めたロイヤルチャージャー
終 章 「予感」を超えた現実

吉沢譲治『競馬の血統学』

すべての章を細かく紹介するわけにもいかないので、かいつまんで、いくつかの重要種牡馬とそのエピソードを紹介していきたいと思う。

第一章より 「セントサイモンの悲劇」


セントサイモンは19世紀、つまりは近代競馬最初の伝説的な競走馬・種牡馬である。
1881年の生まれで、デビューするや圧倒的な強さで連勝を重ね、10戦不敗で引退した。その推進力から「煮えたぎる蒸気機関車」との異名をとった。
その強さたるや、観ているものが競馬が馬と馬との競争を本質とするスポーツであることを忘れてしまうほどで、セントサイモンは現役最後のレースでは同世代のクラシックホースたちが勢ぞろいしていたにも関わらず、ニ着の馬を20馬身もぶっちぎっていた。

やがて種牡馬となったセントサイモンの血を当然誰もが追い求め、その期待に違わず活躍馬を幾頭も送り出し、10年ほどが経過すると競走馬市場にはセントサイモンの血が溢れた。
しかしそのことにより逆にセントサイモンの血脈は急速にその力を失ってしまう。
当然のことだが、セントサイモンの仔とセントサイモンの仔を交配することは出来ない。あまりに血が近すぎる近親交配になるからである。
つまり極端な飽和状態は、ひとつの血統にとっては不利な条件となるのである。

このことは後に「セントサイモンの悲劇」と呼ばれることになる。

一方でサラブレッド生産の歴史は、近親交配の歴史であると言っていい。
近親交配によって優れた特長を持つ馬が生まれることを人類は知り、サラブレッドの改良を重ねてきた。
近親交配は競走馬の配合においてクロスあるいはインブリードと呼ばれる。

インブリードのなかでも、とくに相性の良い組み合わせがある。
それは三代前と四代前に同じ名馬の血が入っている馬は、特に走る、というものだ。
「奇跡の血量4✕3理論」と呼ばれる。
その馬の4代目と3代目の祖先が同じ場合、つまりその祖先の血量が18.75%であるとき、優れたサラブレッドが生まれる確率が高いとされる。

しかし、セントサイモンの場合、あまりに皆がこぞってセントサイモンの血を求め、インブリード交配を繰り返した結果、世にセントサイモンの血が溢れ過ぎてしまったのである。
これでは、「4×3」のような適切な血量の近親交配を実施することができず、その血統は次第に忌避されるようになってゆく。

それは血統の閉塞状況、飽和状態というべきもので、強い近親繁殖の繰り返しが積み重ねられたり、ある特定の優秀な血統に片寄っていくと、一定の時期から活力、頑健さ、生命力、遺伝力といったものが急速に衰えていき、そのうちぱったりと走らなくなる傾向があるのである。

『競馬の血統学』21頁


過度な近親交配は、体質の弱い馬を生んでしまう要因となる。
セントサイモンの血統は皮肉なことに、そのあまりの強さゆえ、繁栄しすぎてしまったために滅びた。

ここに、サラブレッドの血統の恐ろしさがある。
こうして1930年代に至ると、イギリスにおけるセントサイモン系は完全に崩壊し、群雄割拠の様相を呈する時代となった。

一時期は隆盛を誇った血統も、いつしか途絶えてしまう。
セントサイモンはその血統のあまりの優秀さゆえ、自分の首を絞めることになった。
これが「セントサイモンの悲劇」と呼ばれる由縁である。

第三章より 名伯楽テシオの結晶 ネアルコ 


セントサイモン系の直系血統は衰えたが、それでもセントサイモンの血の影響力は強く、やがてイギリスから遠く離れた国で歴史的な名馬を生み出した。

それがネアルコである。
ネアルコは当時競馬の後進国とみなされていたイタリアに生まれた。
生産者はフェデリコ・テシオ。イタリア陸軍の騎兵士官だった彼は、サラブレッドの生産を思い立ち、北イタリアのマジョーレ湖畔にドルメロ牧場を開いた。1898年、テシオは29歳だった。

豊富な資金力があったわけではないテシオだが、彼には競走馬の生産に関しての確固とした哲学があった。それは早熟性とスピードの重視だった。
さらに彼は名馬の血の凝縮が、優れた競争能力とともに体質の弱さを生む危険性があることもはっきりと認識していた。
だからテシオは高い金を払ってやみくもに名馬の血を求めることなく、安価で良質な繁殖牝馬を買い求め、牧場の質を徐々に向上させていった。

Federico Tesio nel 1921

このような実績からフェデリコ・テシオは、それまでのイギリス貴族のように趣味や道楽ではなく、サラブレッド生産を初めてビジネスとして捉えた人物だと言える。

やがて1935年、彼のもとに待ち望んでいた馬が誕生する。
鹿毛の牡馬、ネアルコである。
デビュー以来連勝を重ねたネアルコは、伊ダービーを勝ち、さらに古馬相手のミラノ大賞でも楽勝した。
テシオは悲願であったフランス・パリ大賞へとネアルコを遠征させ、ここでイギリスとフランスのダービー馬を打ち破って見事に勝利を飾る。
競馬後進国だったイタリアの馬が、本場イギリスとフランスの馬を圧倒したのである。

当然テシオはこれだけの実績を残したネアルコに種牡馬としての期待を寄せていたはずだが、意外なことに自分の牧場に引き取ることなく売却してしまう。
そこにはムッソリーニ率いるファシスト党が政権を奪取したイタリアの将来に対する不安があったとも言われる。


ネアルコの血統表 セントサイモン(St. Simon)の名が4つもある(netkeiba.comより)

こうして、イギリス・ニューマーケットで供用が開始され種牡馬となったネアルコは、さらに優れた能力を持っていることを証明する。

その影響力はなんとも凄まじい。
今では日本の競走馬の血統表を遡ればほとんどの馬にこのnearcoの表記があるはずだ。

何と言ってもノーザンダンサーはネアルコの孫にあたるし、サンデーサイレンスもネアルコの直系である。
だから現在の日本の競走馬の血統を辿ると、ネアルコの血が入っていない馬を探す方が難しいほどだ。
それだけネアルコの血は現在の日本競馬に影響を与えている。

そして吉沢は、このネアルコが当時ヨーロッパでは競馬後進国だったイタリアから登場したことを強調する。

事実、過去から現在にいたるまである一定の周期をもって「血の警告」は繰り返されてきた。血統が飽和状態になり、あるいは特定の種牡馬の血に片寄りすぎると、自然はかならず傍流の異父系から名種牡馬を誕生させてきた。

『競馬の血統学』66頁

ネアルコの母系には、アメリカ由来の「雑草血統」が入っていた。
過度な近親繁殖で行き詰まりつつあったイギリス伝統の名門血統は、競馬の中心国から離れ、新大陸からの異系の雑草血統との交配によってその力を取り戻したのである。

第五章より 血の一滴の価値 ノーザンダンサー


世界的に見ると、現代競馬の血統に最も強い影響力を与えているのが、ノーザンダンサーだ。
特に欧州ではこの傾向が顕著になっている。

欧州では長らくノーザンダンサーの血統が主流血脈として競馬界の頂点にある。
ノーザンダンサー⇒サドラーズウェルズ⇒ガリレオ⇒フランケルと、ノーザンダンサー直系の馬たちが40年経った今でも欧州の種牡馬リーディング界を支配しつづけている。

“ノーザンダンサーの血の一滴は1カラットのダイヤモンドより価値がある”

そのように、ノーザンダンサーの仔の強さは形容された。
ノーザンダンサーもまた、祖父ネアルコと同じく辺境の地から頭角を表してきた競走馬だった。そしてそれは新大陸アメリカだった。
馬名からもわかる通り、競馬の主要国の一つであるアメリカの北、カナダでノーザンダンサーは1961年に生まれた。

ノーザンダンサーの血統表 母父にネイティヴダンサーの名が見える(netkeiba.comより)

代表産駒には、ニジンスキー、ヌレイエフ、リファール。ノーザンダンサーの馬名の連想から、歴史的なバレエダンサーの名が冠された馬が目を引く。いずれも主要レースを制し、種牡馬としても成功を収めた。

そしてサドラーズウェルズ
欧州の重い芝で抜群の強さを発揮し、種牡馬として圧倒的な存在となりイギリス・アイルランド・フランスで計17回もチャンピオンサイアーを獲得した。
サドラーズウェルズは欧州での活躍の一方で、アメリカや日本の軽い芝では活躍できず、日本での重賞勝利はサージュウェルズのステイヤーズSのみにとどまった。

ノーザンダンサーの血統は、日本競馬にも大きな影響を与えた。
それを繋いだのが、ノーザンダンサーの直仔であったノーザンテーストである。

1971年カナダに生まれたノーザンテーストは、1歳時に現社台ファーム会長の吉田照哉によって10万ドル(約3080万円)で落札され、引退後の1975年に日本に輸入された。
当時24歳の若さだった吉田照哉は、父吉田善哉からノーザンダンサーの牡馬を購入するよう指令を受けていた。短い脚に大きな顔と、決して見栄えのする馬体ではなかったし、G1はフランスのフォレ賞を勝利したのみで競走成績も一流とは言えなかったが、照哉の相馬眼は確かだった。

ノーザンテーストは日本で供用が始まるとその力を遺憾なく発揮する。ノーザンテーストの仔は条件を問わず走った。
1982年にテスコボーイからリーディングサイアーを奪取すると、その後10年という長きにわたってその座に留まり、社台ファームの躍進の立役者となった。
代表産駒にはダイナガリバー、アンバーシャダイ、ギャロップダイナなど。
勝馬率が非常に高く安定感があり、産駒は堅実に走った。

ノーザンテーストの活躍により当時世界最先端だったノーザンダンサーの血脈が日本でも大きく根を伸ばし、日本競馬のレベルが格段に向上することになったのである。

ノーザンテースト 社台スタリオンステーションウェブサイトより


第六章より 新大陸の雑草血統 ネイティヴダンサー


もう一頭だけ、吉沢の著書の中から紹介しておこう。
アメリカの1950年代、戦後のゴールデンエイジを代表する馬、ネイティヴダンサーである。

判官贔屓の日本人とは違い、とにかく強い馬を、アメリカ人は好む。

とにかく負けない。そして、強い勝ち方をする。

そういう馬が、アメリカ人は大好きだ。
ネイティヴダンサーはそんなアメリカ人にはうってつけの名馬だった。
生涯成績は22戦21勝で、唯一の敗戦がケンタッキーダービー2着のみという戦績を残した。主な勝ち鞍はプリークネスステークス、ベルモントステークス。

テレビが一般家庭にまで普及したものの、まだモノクロのテレビが主流だった頃である。
芦毛の馬体のネイティヴダンサーは、テレビ画面でもよく映え、黒い馬群の中でどこにいるかすぐにわかった。
その姿は、「灰色の幽霊」・「グレイゴースト」と呼ばれた。
芦毛の馬は、成長するにしたがって黒と白の入り交じった毛色が、段々と白くなってくる。白さを増した馬体こそが、ネイティヴダンサーの強さをより際立たせていた。

The Grey Ghost ~Hero of a Golden Age~

ゴール前の白熱した優勝争いは、当時全米に普及しつつあったテレビをとおして流されたが、まだカラー放送ではなくモノクロの時代だったから、芦毛が白さを増していくにつれネイティヴダンサーの存在と強さはひときわ目立った。それがこの名馬を国民的英雄に押し上げる原動力になり、気がつくといつのまにか先頭に立っているというレースぶりから"灰色の幽霊"のニックネームで米国民に愛され親しまれるまでになった。

『競馬の血統学』189頁

テレビのディスプレイに映えたこのネイティヴダンサーの芦毛は、ダンシングキャップを経てあのオグリキャップにも受け継がれている。

吉沢は、ネイティヴダンサーの強さは、アメリカの「雑草」血統から生まれてきたのだという。
確かにネイティヴダンサーにはアメリカ在来の血が色濃く入っている。

「雑草」というのは、イギリスで19世紀に作成された血統表に記載されていない、という意味だ。
19世紀末、イギリス競馬はアメリカ産の馬によって席巻されようとしていた。二流以下の血統とみなされていたアメリカ産の馬によって母国の大レースが制圧されていくという事態は、イギリス貴族にとって耐え難い事態だった。

そのため1913年に『ジャージー規則』なる排除行動に出た。
それは「イギリスの血統書に産駒登録されるものは、父系、母系の先祖すべてが、その第一巻までさかのぼってはっきりしていなければ受けつけない」というものだった。
つまりイギリスの血統書に載っていない先祖を持つ馬は、「サラブレッド」として認められない時代が、1949年まで続いた。

ネイティヴダンサーの母系も、こうした血統書に記載されていないアメリカの在来血統が色濃く入っている。
しかし、このアメリカの「雑草血統」こそが、停滞状態にあった名門血統に活を入れ、ふたたび力を取り戻させることになった。
競馬の故国イギリスでも、その強さを認めないわけにはいかず、ついには新大陸からの新しい血脈を受け入れることになった。

ネイティヴダンサーの血統表(netkeiba.comより)

ネイティヴダンサーの血脈が日本競馬に与えた影響は計り知れないが、ここではレイズアネイティヴを経て、現在の主流血統のひとつであるミスタープロスペクター系の祖となったことを指摘するにとどめておく。

競馬予想における血統の重要性


ところで、競走馬の血統について詳しくなることは、競馬の予想にどのくらい役立つのだろうか。どの程度馬券の的中率を上げることと相関性があるのだろうか。

もちろん親子のつながり、血脈のつながりを知るだけで、競馬は何倍も面白くなる。だが、せっかくであれば、血統に詳しいから馬券も当たる、という結果も欲しい。

しかし、個人的な視点で言うと、ここ10年ほど競馬予想においてあまり血統には重きを置いてこなかった。言い方を変えると、血統面オンリーでレースを予想するというスタンスは、かなり難しいと考えている。
その理由は明確で、サンデーサイレンス系の種牡馬の圧倒的優位、中でもディープインパクトの産駒の成功の中で、血統面での成績傾向に特徴を見出しづらくなったからである。

周知のことだが、1990年代からゼロ年代中盤までのサンデーサイレンスの圧倒ぶりは凄まじかった。
ついにはゴールドアリュールなどサンデー産駒ながらダートで力を発揮する馬が続々と現れ、アメリカ産のダート血統と遜色なく活躍するのを見るに及んで、血統云々の面から競馬を把握しようとするのがバカらしくなってしまったという経緯がある。
それほどまでにサンデーサイレンスの衝撃は絶大だった。
芝・ダート、短距離・長距離にかかわらず、サンデーサイレンスの産駒はとにかく好成績を上げたのである。

サンデーサイレンスの強さの秘密


日本競馬を席巻したサンデーサイレンスの強さの秘密はどこにあったのだろうか。
この問いへの分析が、吉沢譲治『競馬の血統学』第八章の内容にあたる。
吉沢はサンデーの強さの源はその闘争本能にあるという。

「なんと荒々しく、猛々しいことか」
「猛獣そのものだ」
 サンデーサイレンスが勝ったアメリカ三冠レースの第二弾プリークネス・ステークスのビデオを見て、つくづくそう思った。ゴールまで長きにわたって宿敵イージーゴーアと激しい競り合いがつづくが、イージーゴーアが内からぬけ出そうとするたびに、外からサンデーサイレンスが馬体を寄せて顔面にかみつかんばかりに襲いかかっていくのである。

『競馬の血統学』239頁

吉沢の言うことは本当なのか。
「かみつかんばかり」という闘争本能とはどのようなものか。

以下に挙げるのが、吉沢の言及する1989年のプリークネスステークスである。

サンデーサイレンスの気性の荒さは、そのまま競争能力に転化して産駒へと伝わった。

確かに、ステイゴールドやダンスインザムードなど、気性難が囁やかれたサンデーサイレンス産駒は多い。彼らはゲート入りを嫌ったり、レース中もジョッキーの指示に従わなかったりと、なかなかに扱いが難しかった。

しかしその気性の荒さは競争能力の裏返しであり、関係者の努力が実りステイゴールドは引退レースでようやくG1を勝利し、ダンスインザムードは古馬になってヴィクトリアマイルを制覇するなど、気性難を克服して栄冠をつかみとっている。

吉沢譲治はサンデーサイレンスのように激しさを競争能力に転化できる種牡馬の条件として、

①二歳戦から活躍できる仕上がりの早さ
②並外れたスピードと瞬発力
③たぐいまれなる闘争心
を挙げる。

これらの特徴を備えたサンデーサイレンス産駒は、デビューから高い勝ち上がり率を示し、しっかりと賞金を加算してクラシック戦線に乗り勝利するという、抜群の適応力を見せた。
吉沢にすれば、サンデーサイレンスの成功は決して偶然の産物ではなく、時代に適応するその能力適正にこそあったのである。

サラブレッド三大始祖


さて、ここではさらに時間を遡って、『競馬の血統学』ではまとまった言及がない、現在のサラブレッドへと連なる歴史的な種牡馬の話をしよう。

サラブレッド三大始祖といわれる馬たちのことだ。
ダーレーアラビアンバイアリータークゴドルフィンアラビアンがサラブレッドの三大始祖と呼ばれている。
「アラビアン」というのはアラブの馬、「ターク」というのはトルコの馬、という意味である。現在のサラブレッドの父系血統を辿ると、必ずこの三頭のどれかに行き着く。
そしてこれ以前の馬名は定かではない。

速さを究極的に追い求めてきたサラブレッド生産では、能力のある種牡馬にそのつど繁殖依頼が集中するということが繰り返されたため、血統構成としては非常に人為的で極端なものになった。
有り体に言えば、優れた競争能力を見せた馬以外は、牡馬(オトコ馬)は子孫を残すチャンスを与えられず、種牡馬として選定された馬だけに、交配(種付け)が集中してしまうのである。
ウマは基本的に一年で一頭の子を産むため、牝馬(オンナ馬)には繁殖牝馬としての価値があるが、多くの牡馬にはそれが無い。オトコ馬の辛いところである。つまり交尾を一度も経験することなく死んでゆくオトコ馬の方が多数なのである。
いわゆる殺処分の件数も、オトコ馬の方が圧倒的に多い。

同じ種牡馬から場合によっては年間に100頭を超える馬が生まれるので、父親が同じというだけでは、彼らはきょうだいとはみなされない。
結果として、苛烈な淘汰が進み、先に挙げた三大始祖以外の血脈は、父系では完全に途絶えてしまった(逆に言えば直系の父系以外の血脈構成には関与している)。

しかし、三大始祖といってもここ二十年ほどの間に種牡馬の淘汰がさらに進み、実質的にはダーレーアラビアン系の独占状態が続いている。これは世界共通の状況となっている。
少し競走馬の血統に詳しい方なら知っているような昨今の名種牡馬たちはほとんどがダーレーアラビアンを始祖とするものである。

ダーレーアラビアン系

Darley Arabian(1700-1730)

ダーレーアラビアンはイギリスへ輸入されたあと、フライングチルダーズという名馬を生み出し、さらにその弟バートレットチルダーズの系統からはエクリプスが生れ、大きく隆盛した。
現在ではダーレーアラビアンの血統のほとんどはエクリプスを経由するため、エクリプス系と呼ばれることも多い。

言わずと知れた名種牡馬ノーザンダンサー。サンデーサイレンス、ブライアンズタイムへと続くヘイルトゥリーズン。ミスプロ系、の通称で知られキングマンボ→キングカメハメハの隆盛著しいミスタープロスペクター
現在の競馬界を支配していると言っても過言ではないこれらの血脈はすべてダーレーアラビアン⇒エクリプスに端を発する。


一方で三大始祖のうち残るバイアリーターク系、ゴドルフィンアラビアン系の血統は直系では廃れてしまい、もはや風前の灯火となっている。

バイアリーターク系

先述したように「ターク」というのはトルコの馬、という意味。

1688年にイギリスに輸入されたバイアリータークは、玄孫であるヘロドを通じて、後世のサラブレッドに多大な影響をもたらした。

Byerley Turk(1679-1705)

1980年代に日本競馬を席巻した種牡馬パーソロンが、このバイアリーターク系にあたる。
無敗の3冠馬シンボリルドルフ、そしてルドルフからは親子二代ダービー制覇を成し遂げたトウカイテイオーが生まれた。
さらにメジロアサマ→メジロティターン→メジロマックイーンという天皇賞三代制覇の偉業を成し遂げたのもパーソロンの血脈である。
少しマニアックなところで言うと、スプリングSで最後方から直線ごぼう抜きの脅威の追い込みを見せたマティリアルもパーソロンの産駒だった。

このように80年代から90年代にかけてバイアリーターク系は日本で活躍を見せたのだが、トウカイテイオーもメジロマックイーンもともに後継種牡馬を生み出せず、血脈はほぼ途絶えつつあるのが現状である。

ゴドルフィンアラビアン系

ゴドルフィンアラビアン系の種牡馬に関しては、『競馬の血統学』ではひとつの章を割いて扱われることはなかった。

Godolphin Arabian(1724-1753)


ただ、この系統からはマンノウォーという競馬というカテゴリーを超えた、アメリカの一時代を象徴するようなスターホースが生まれている。
生涯成績21戦20勝。2頭によるマッチレースとなった1920年のローレンスリアライゼーションステークスでは100馬身の差をつけて圧勝したと言われるマンノウォーは、ベーブ・ルースらとともに時代を象徴する英雄とされる。

そしてマンノウォーの血は、ウォーニングを通じて日本にも確かに受け継がれていた。その圧倒的な加速力とスピード能力から、活躍馬にはやはり短距離馬が多い。2004年スプリンターズS覇者でアイビスサマーダッシュを得意とし、直線1000m 53秒7の日本レコードを保持しているカルストンライトオ。同じくスプリンターズSを制したサニングデールがいた。
カルストンライトオやサニングデールが後継種牡馬になれるよう願っていたが、結局成功しなかった。このことにより残念ながら日本においてマッチェム系つまりはゴドルフィンアラビアン系の血脈が途絶えてしまうことはほぼ確実な情勢になっている。

このことについては以前に書いたこちらの記事を参照していただけると、もう少し詳しいことがわかるようになっている。
ぜひご覧あれ。


2020年代日本の血統


さて、では2020年代の日本の血統事情はどうなっているのだろうか。
吉沢譲治『競馬の血統学』が成し遂げたように、この先の展望を見晴かすことができるだろうか。

数年ぶりに購入した種牡馬辞典 読み込んでいくのはなかなか楽しい

2019年には、ディープインパクトの死という大きな出来事があった。長く日本競馬に君臨した大種牡馬が、17歳という若さでこの世を去った。今年(2022年)デビューの馬がディープインパクトのラストクロップとなるが、国内6頭・海外6頭とその数はとても少ない。ディープインパクト亡き今、日本競馬の種牡馬事情は群雄割拠の情況を呈することになるのだろうか。現状を分析することから始めよう。

圧倒的な日本産種牡馬の優位


結論から言えば、吉沢も予想していたように(本書282頁)、現在の日本競馬の種牡馬リーディングは、日本産、つまりは内国産種牡馬が上位のほとんどを占めるという状況になっている。
かつてのように国内産の種牡馬は劣るとされ、次々に輸入される欧米産の種牡馬がもてはやされていた時代はとうに過ぎ去った。
リーディングサイアーのランキングを賑わすのは内国産馬、つまりは競馬ファンなら競馬場やテレビ画面で現役時代をよく知っている、国内で活躍した馬ばかりである。

異論はあろうが、私は現在の日本の競走馬の能力は世界トップレベルだと見ている。
毎年その馬場状態が取り上げられるフランス・凱旋門賞こそ制覇できていないが、その他の世界の権威あるレースでの活躍は、20年前と比べても格段に向上している。
ディープインパクトなどがその萌芽を見せているが、日本産の血統を受け継ぐ種牡馬がヨーロッパやアメリカを支配する日もそう遠くないと思える。

サンデーサイレンス系


現在日本で最も勢いがあるのは、サンデーサイレンスを父祖とする血統である。
この流れはここ20年ほど変わらない。

ただ、サンデーサイレンス系の種牡馬にも明暗がある。

初年度(1992年)の産駒フジキセキは、キンシャサノキセキからの系統が何とか踏ん張っており、2021年に産駒がデビューしたイスラボニータに父系存続の期待がかかる。

だが初期の産駒であるダンスインザダーク、スペシャルウィーク、アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、ネオユニヴァースなどは種牡馬として一定の成功を収めたものの、後継種牡馬を残すのは難しい情勢になってきている。

これは父サンデーサイレンスがそのまま長く活躍を続けたため、そのまま種牡馬としても強力なライバルとなり、さらにはディープインパクトという傑出馬が参入してきたことで、サンデーサイレンス系の種牡馬たちのなかでも苛酷な競争が行われたことを示している。

現在サンデーサイレンス系の種牡馬たちのなかで、なんとか血脈を保ちそうなのは比較的後期の産駒ばかりである。
もちろんこれだけ数がいれば、同じサンデーサイレンスを父祖とする種牡馬でもそれぞれに傾向が出てくる。
ここではサンデーサイレンスを父に持つ種牡馬から、各々の傾向を探っていこう。

ダイワメジャー(2022年リーディング10位)

ダイワメジャーは2004年クラシック組。キングカメハメハ、コスモバルクらと同世代の皐月賞馬で、その後安田記念・マイルCSなどG1を計五勝した。

そして現役時の活躍と同じく、ダイワメジャーはサンデー産駒の中でも、短距離での活躍馬を多く輩出した。主な活躍馬はカレンブラックヒル(2012年NHKマイルカップ)、コパノリチャード(2014年高松宮記念)、レシステンシア(2019年阪神JF)など。
ただ、いまだ有力な後継種牡馬はおらず、G1を3勝したアドマイヤマーズに父系血脈の存続が掛かっている。
さらに今年(2022年)のマイルCSをセリフォスが優勝し、ダイワメジャーの血脈は勢いづいている。

ディープインパクト(2022年リーディング1位)

日本の競馬史のなかで、ディープインパクトは種牡馬としてその父サンデーサイレンスに次ぐ存在になった。
11年連続リーディング1位、産駒のG1勝利数は国内海外合わせて100に迫るという他馬を圧倒する驚異的な数字である。

現在の状況を鑑みると、サンデーサイレンス系の種牡馬の中ではディープインパクト、ハーツクライといったサンデーサイレンス晩年の産駒の方が、種牡馬として血脈をつなぐ可能性が高い。
ディープ、ハーツともに五代前までにクロスは入っていない。このことが、配合相手の繁殖牝馬を集める上でのアドバンテージとなった。
そして、サンデーサイレンスは2002年に急死したため、偉大な父が種牡馬としてのライバルとならなかったことも要因のひとつかもしれない。良質な配合相手の繁殖牝馬を集められることが、種牡馬として成功する条件なのだから。

すでにディープインパクト産駒種牡馬の能力の高さも明らかで、ディープインパクト系と名付けてもいいほどの実績を築こうとしている。

キズナ(2022年リーディング4位)


映える青鹿毛の馬体をしたキズナの2013年ダービー制覇、大外からの強襲で武豊に5度目の勝利をもたらしたレースのことは誰もが覚えているだろう。
キズナの配合、父ディープインパクト✕母父ストームキャットは相性の良いニックス配合となり、国内外で九頭のG1馬を生み出している。

キズナは父ディープインパクトに比べ大型の馬体の産駒を送り出す傾向がある。アカイイト、ディープボンドら代表産駒はいずれも500キロ超の大型馬である。安田記念をソングラインが勝利したように、短距離でも強さを発揮する。
さらにハピ、バスラットレオンなど父に比べてダートへの適正が高いのも特徴となっている。

ミッキーアイル(2022年リーディング19位)


キズナがパワーをよく伝えるディープインパクト系種牡馬とすれば、スピードをよく伝えているのがミッキーアイルである。
本馬は現役時NHKマイルカップ、マイルチャンピオンシップを制覇。産駒もスピードに定評があり、メイケイエール、ナムラクレアといった短距離の活躍馬を送りだしている。

シルバーステート(2022年リーディング27位)

シルバーステートは現役時5戦4勝。1600万下の垂水Sを勝ってはいるが、怪我がちな体質もあり重賞勝ちはなかった。
しかしレース内容と母のシルヴァースカヤが仏GⅢ勝馬だったことを買われて種牡馬入りすると、手頃な設定価格もあって人気を集めた。
その中から、ウォーターナビレラら活躍馬が生まれ、2023年度は種付け料が600万円まで上昇した。重賞勝ちのない種牡馬としては異例のことと言える。

ブラックタイド(2022年リーディング30位)⇒キタサンブラック(2022年リーディング14位)

ブラックタイドは母ウインドハーヘア、つまりディープインパクトの一歳上の全兄にあたる。
その良血から将来に期待がかかったが、現役時の実績は2004年のスプリングSを制する程度にとどまり、大成することは出来なかった。
しかし全弟ディープインパクトの大活躍を受けて種牡馬入りし、派手ではないが堅実な実績を上げていた。
そんな中で2015年クラシック組からキタサンブラックが現われた。
豊富なスタミナを持ち、先頭を切ってレースの主導権をにぎりそのまま押し切る、という力強いスタイルは主戦の武豊復活の印象とも相まって、競馬ファンの記憶に深く刻まれた。

そしてキタサンブラックは、早くも今年(2022年)の秋に天皇賞馬イクイノックスを送り出し、G1初制覇を飾った。
持久力が特長だったキタサンブラックから、32秒台の上がりを繰り出すキレを持つイクイノックスが生まれるのだから、血統というのはわからないものだ。
今年は100頭程度とやや種付け頭数は落ち着いているが、イクイノックスが有馬記念を勝利し現役最強馬の誉も高くなり、産駒の活躍により来年以降人気が高まると考えられる。

ハーツクライ(2022年リーディング3位)


2005年の有馬記念でディープインパクトに国内唯一の土をつけたのがハーツクライだったが、時を同じくして繁殖入りし、種牡馬となってからもディープインパクトの強力なライバルとなった。
主なG1馬には、ワンアンドオンリー、スワーヴリチャード、ドウデュースなど。やはり父と同じように芝の中長距離での活躍馬が多い。

なかでもジャスタウェイ(2022年リーディング21位)は種牡馬としての能力の高さを示し、ダノンザキッドなどすでに活躍馬を数多く送りだしている。

ステイゴールド(2022年リーディング48位)


競走馬時代はシルバーコレクターと言われ、GⅠ2着3回の末、引退レースの香港ヴァーズでついにG1初勝利を飾ったステイゴールドは、種牡馬となってからさらに大きな成功を収めた。
代表産駒には、ドリームジャーニー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル、ゴールドシップ、インディチャンプなど。
豊かなスタミナを伝えクラシックディスタンス以上の距離で強さを発揮するが、マイルG1を制覇するなど確かなスピードも伝えている。
ナカヤマフェスタ、オルフェーヴルと凱旋門賞2着馬を二頭も送り出しているのは、欧州の長い芝にも適正があるということだろう。

そして産駒の中からは、種牡馬として活躍中の馬が何頭もいる。

オルフェーヴル(2022年リーディング11位)

ゴールドシップ(2022年リーディング23位)


オルフェーヴルの産駒にはラッキーライラック、エポカドーロ。ゴールドシップの産駒にはユーバーレーベンがいる。
なかなか勝ちきれない印象の馬が多いが、やはり芝の長距離になると強さを発揮する。
両馬のような大物が、今後登場するだろうか。

そしてステイゴールドの母オリエンタルアートの父はメジロマックイーン
ステイゴールド系が存続することで、直系ではないがマックイーンの血が日本の競馬界に残り続けることになる


非サンデーサイレンス系の種牡馬たち


2000年代初頭、サンデーサイレンス系の寡占状態の中で、純ヨーロッパ系の種牡馬から鮮烈な走りを見せる馬が現れた。オペラハウスを父とするテイエムオペラオーメイショウサムソンである。
テイエムオペラオーは2000年には天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念を含む年間8戦全勝、年間記録として史上最多のGI競走5勝という成績を挙げるという未曾有の活躍を残した。
メイショウサムソンは皐月賞とダービーの二冠を制覇し、古馬となってからは天皇賞春秋連覇を成し遂げた。
しかしその競走実績とは裏腹に、この2頭は種牡馬として成功することは出来なかった。
もともと思うように繁殖牝馬が集まらなかったこともあるが、サドラーズウェルズ直系という欧州仕様の血筋の濃さが影響して、自身の競走能力を仔に伝えることが出来なかったのだと考えられる。

実は、サンデーサイレンス系の血の飽和状態を避けようと、血統背景のかけ離れた種牡馬を輸入するという試みは幾度も行われている。その代表格がフランスから2009年に輸入されたチチカステナンゴだった。
ナスルーラ→カロの血を受継いでいることから、日本に多くいるサンデーサイレンス系の牝馬との相性の良さが期待されたが、ダイワスカーレット、キストゥヘヴンといった名牝と交配したにも関わらず、成功例を残すことはできなかった。
動物というナマモノを扱う競走馬の生産は、なかなか人間の思うようにはいかないものだ。

吉沢譲治も指摘していたように、あまりにも一つの血脈が興隆し、独占状態を呈するようになると、いつかはサラブレッドとしての進化が停滞するようになる。同系統の種牡馬だけではなく、出来るだけ異種の血統を導入していくことが望ましい。
では、サンデーサイレンス興隆の後、日本競馬の血統構成はどのようになっているのだろうか。

キングマンボ系(ミスタープロスペクター系)


現代の日本競馬が停滞に陥っていないのは、非サンデーサイレンス系の種牡馬に成功例がいくつも生まれたことによる。
中でもキングマンボの産駒は日本競馬へ抜群の好相性を見せた。

エルコンドルパサーは残念ながらわずか三世代しか残せなかったが、キングカメハメハがその優れたスピード能力を余すところなく発揮した。
キングカメハメハは松田国英調教師によるいわゆる松国ローテで2004年のNHKマイルカップとダービーを連覇して評価を高めたが、種牡馬となってからもその日本競馬への適性の高さは周囲の注目を集めた。

キングカメハメハ(2022年リーディング6位)はディープインパクトに次ぐリーディング2位を長く堅持し続けた。産駒のロードカナロア、ルーラーシップなどはすでに活躍馬を何頭も送り出し、キングカメハメハ系の確立に向けて視界は良好だ。

ロードカナロア(2022年リーディング2位)


キングカメハメハ産駒の中でも勢いがあり、これから数年、種牡馬リーディングの先頭を切っていく可能性が最も高いのがロードカナロアだ。
現役時にはスプリンターズSと香港スプリントをそれぞれ2勝するなど短距離で抜群の強さを見せ、2013年のJRA年度代表馬に選ばれた。
スプリント(1200m)を主戦とする馬が年度代表馬に選ばれるのは極めて異例のことだ。
同世代のスプリンターでは、ロードカナロアが世界最強だったという評価だろう。

さらにロードカナロアは種牡馬入りした初年度からアーモンドアイ、ステルヴィオと産駒はすでに大活躍を見せている。
ディープインパクトという巨星なき今、次の種牡馬リーディング首位に就くのはロードカナロアだという公算が高い。

ルーラーシップ(2022年リーディング7位)

ルーラーシップは名牝エアグルーヴを母に持つ。
現役時に制したG1は香港のクイーンエリザベスCのみだが、その良血とサンデーサイレンスの血を一滴も含んでいない血統構成から種付の人気は高く、供用初年度から7年連続で200頭以上の種付をこなした。
G1馬にはキセキ、メールドグラースがおり、全体的に層が厚く距離にかかわらず多彩な産駒が生まれ、種牡馬リーディングは7位まで上昇している。

ドゥラメンテ(2022年リーディング5位)

ドゥラメンテはエアグルーヴを祖母、アドマイヤグルーヴを母に持つというノーザンテースト⇒ダイナカールという日本競馬の名血を体現したような血統背景の超良血馬である。
良血馬にはありがちだが、能力は高いものの気性の荒さが目立ち勝利を取りこぼすことも多かったが、皐月賞では4コーナーでふらつきながらも直線で突き抜け、続くダービーでは他馬を寄せ付けず完勝。実績以上の強さを印象付ける馬だった。
2021年に急性大腸炎により急死したため実働5年の短さで、父キングカメハメハ・母父サンデーサイレンスという配合の難しさもあったが、初年度産駒からタイトルホルダーという個性派の傑出馬を送り出し、さらに今年(2022年)にはスターズオンアースが牝馬二冠を制した。

早逝が惜しまれるドゥラメンテだが、2022年は種牡馬リーディングを5位にまで上昇させた。まだ産駒は2024年デビュー組まで残っており、さらなる活躍馬を送り出すことが見込まれる。

ロベルト系


1990年代、サンデーサイレンスに対抗できる種牡馬のもう一つの雄がブライアンズタイムだった。サンデーサイレンスの仔がとくに切れ味に優れていたのに対し、ブライアンズタイムの仔は長く良い脚を使えるスタミナを持ち、自ら展開を動かしてレースを支配して勝利するというパターンをもつ産駒が多かった。

しかし、ナリタブライアンマヤノトップガンという稀代の名馬たちも後継種牡馬を残すことができなかった。タニノギムレットも名牝ウオッカを生んだものの、他にはG1勝馬を送り出すことができなかった。
こうしてロベルト系ではブライアンズタイムの系統は途絶えつつあるが、意外にも外国産馬グラスワンダー(父シルヴァーホーク)からの系譜が繋がった。

スクリーンヒーロー(2022年リーディング15位)

モーリス(2022年リーディング8位)


グラスワンダーの仔スクリーンヒーロー。G1勝ちはジャパンカップのみと競争成績は超一流とは言えないが、名牝ダイナアクトレスの血を受け継ぐという血統背景もあり、初年度産駒から早くもモーリスという名馬を送り出した。
モーリスは香港カップ、香港マイル、天皇賞・秋などマイルから中距離で強さを見せた。古馬になって本格化してからは破竹の7連勝を続け、引退するまで一度も連対を外さなかった。
さらに繁殖入りしたモーリスはすでに初年度産駒ピクシーナイトがスプリンターズSを制し、順調に軌道に乗っている。現役馬ではジェラルディーナジャックドールがおり、さらなる活躍が見込まれる。とくに母父ディープインパクトとの配合であるジェラルディーナがG1エリザベス女王杯を制したことの意義は大きい。
スクリーンヒーロー、モーリス親子はリーディング上位に揃って名を連ねており、これからも安定した成績を残す可能性は高いだろう。


エピファネイア(2022年リーディング9位)


2000年代初期に活躍したシンボリクリスエスはアメリカからの持込馬だったが、父はクリスエスという日本ではあまり知られていない種牡馬だった。
本馬は有馬記念を連覇(二度目はニ着に9馬身差の圧勝)するなどG1を4勝して引退。ときに鞍上の指示に従わない不安定さも見せたが、ハマったときの強さは歴代でもトップクラスの傑出度を誇っていた。

産駒にはサクセスブロッケン、ルヴァンスレーヴなどダートに活躍馬が目立っていたが、名牝シーザリオとの配合から、エピファネイアが生まれた
ダービーではキズナの強襲に遭い2着に敗れたが、その後菊花賞を制し、4歳時のジャパンカップでは底力が爆発しジャスタウェイに4馬身差をつけて圧勝した。
そして種牡馬入りしたエピファネイアは、競走馬としての実績を超える成功を手にしつつある。

サンデーサイレンスのクロス


現時点(2022年7月時点)で、エピファネイア産駒の重賞勝ち馬は4頭いるが、その全てがサンデーサイレンス4×3のクロスを持っている。その中には、牝馬三冠を制したデアリングタクト、ダービー馬エフフォーリアも含まれている。

吉沢本についての項目の中でも言及したが、近親交配の中でも、4✕3つまり血量18.75%のクロスが最も効果的だとされている。
最近(2020年頃)になって世代が進み、日本に最も深い影響を及ぼしたサンデーサイレンスの4✕3の血量をもつ馬が増えている。
それが多く見られるのが、エピファネイアの産駒なのである。

エピファネイアの2022年時の種付け料は1800万円まで高騰している。この価格は全種牡馬の中でトップである。これはもちろん、エフフォーリアとデアリングタクトの活躍によるものだ。

エピファネイアには同じくシーザリオを母に持つ弟、リオンディーズ(2022年リーディング20位)、サートゥルナーリア(2023年産駒デビュー)が控えており、やはりサンデーサイレンス4✕3を狙った配合が増えるはずだ。
この現代日本競馬の結晶とも言うべき配合から、次のスターホースが生まれることが予感される。

ノーザンダンサー系


ノーザンダンサー系は、前述したように80年代にノーザンテーストが導入されて隆盛を誇ったが、サンデーサイレンスがさらに上を行く地位を作り上げて以来、主流血統の座から遠ざかっている。
ノーザンテーストの直系も、アンバーシャダイ⇒メジロライアン⇒メジロブライトなど有力なサイアーラインがあったものの、現在ではほぼ途絶えてしまった。

サドラーズウェルズ⇒オペラハウスの血統はテイエムオペラオー、メイショウサムソンという名馬を送り出したが、日本に定着することはなかった。

他では、1986年の凱旋門賞を制したダンシングブレーヴが日本に導入され、キングヘイロー、テイエムオーシャンという活躍馬を生んでいる。

クロフネ(2022年リーディング34位)


今もっとも人気のある白毛馬、ソダシの父がクロフネである。
フレンチデプュティ産駒のアメリカ産馬、まさに「黒船」として日本にやって来たクロフネは、ラジオたんぱ賞3歳Sでアグネスタキオン、ジャングルポケットと激闘を繰り広げたあと、年明け初戦の毎日杯に勝ち、勢いに乗ってNHKマイルカップも連勝し、勇躍ダービーへと向かうが、2400mという距離の壁もあったのか5着に敗れた。
秋は天皇賞への出走を予定していたものの、賞金額の不足からダート路線へと変更。これがクロフネの伝説を生むこととなる。

ダート初戦となったG3武蔵野Sで後にジャパンカップダートを制するイーグルカフェに9馬身差の圧勝。
さらに続くG1ジャパンカップダートでは持ったまま4コーナーで先頭に躍り出るとそのまま前年覇者ウイングアローに7馬身差をつけて余裕の勝利を飾った。
その後ドバイワールドカップを目標に調整が続けられていたものの、屈腱炎を発症し引退。
あのまま現役を続けられていたら世界を相手にどこまで強い競馬を見せたのか、ファンの夢を膨らませたまま、クロフネはターフを去った。

そして種牡馬としてもクロフネは、同時期のノーザンダンサー系の中では特出した成功を収めた。
ホエールキャプチャ、アエロリット、スリープレスナイト。ソダシの他にも、クロフネ産駒にはなぜか牝馬の活躍馬が多かった。

クロフネには有力な後継種牡馬はいない。
どんなに活躍馬を生み出しても、牡馬の産駒が種牡馬として活躍しないと直系の血は繋がらない。それが競馬の血統の難しいところだ。

ハービンジャー(2022年リーディング13位)

ハービンジャーという種牡馬の印象は、「強い馬を何頭も出しているけど、なぜ走るのかよくわからん」という感じだ。
たぶん他の人も同じなんじゃないだろうかと勝手に思っている。
そんな印象のまま、血統辞典を手繰ってみると全体的に「パンチに欠ける」とある。
どういうことかと言うと、やや勝率が低く、2着3着に入ることは多くても、勝ちきれない馬が目立つというデータが出ている。
他では、欧州血統らしく札幌芝コースが好条件になっているとのこと。

二代父はデインヒル。日本ではファインモーションが秋華賞、エリザベス女王杯を連勝するなど目ざましい活躍をし、他にもブレイクタイムなど日本競馬への適性を見せていた。

ドレフォン(2022年リーディング16位)

おそらく現在日本で最も勢いのあるノーザンダンサー系血統が、ドレフォンである。
ほぼ謎の種牡馬という存在だったが、なんと皐月賞馬ジオグリフを送り出し、若葉Sを勝ったデシエルトもダートがやはり本領なのか、まだまだ底が見えない素質馬だ。

ドレフォン産駒がこの先どのような活躍を見せるのか、注視が必要だ。

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